銀

ストレンジャー・ザン・パラダイス 2

翌朝8時半頃に目覚めた僕は、ぼんやりとしたあの男の言葉を、ヘリウムではなく空気を入れた風船が落ちてくるのをキャッチするような感覚で思い出し、一応砂浜へ行ってみることにした。僕の部屋から歩いて行ける距離にある浜だ。散歩のつもりで浜まで歩いた。そしてそれを発見してしまった。

砂浜に1台の車が停まっていた。嘘だろ?フォードGT40じゃないか!歴史的な名車だぞ!?


それはまるでCM撮影だとかスチール撮影に使うような角度で波打ち際に停車していた。しかしこの浜の前にはとんでもなく高いというわけはないが防波堤があって、とても車を入れられるような隙間はない。浜にはタイヤ痕もない。これはひょっとして漂流物なのだろうか?


だが車体は工場から出てきたばかりのような美しいシルバーで、錆びてもいないし窓から覗き込んでみても車内も濡れているようには見えない。僕は試しに運転席のドアをおそるおそる開けてみた。鍵はかかっていない。やはり潮の匂いはない、おそらくはほぼ新車だ。しかも信じられないことに鍵が挿さったままだ。


思い切って運転席に座り、エンジンをかけて吹かしてみる。暴力的なサウンドが砂浜に響き渡った。なぜこんなものが浜にあるのか全く分からない。そもそもタイヤ痕すらないのだから。だがこのエンジン音からは何かが大きく変わりそうな気配がした。


ただひとつだけ明らかなことは、これが誰かの所有物であったことは間違いがないということだ。車体には外国のナンバープレートが付けられていた。そしておそらくは、所有者はここにはいない。


僕はGT40から降りて、浜を隅々まで見て回った。どうやって漂着したのかも分からないハングル表記の大きなペットボトル、タイかどこかの文字が入っている洗剤容器、切れたロープや割れたプラスチックブイの欠片、そして無数の何か分からないもの。GT40の所有者に関する情報はなさそうだった。だが所有者が僕をどこかで身を潜め息を殺しながら観察している可能性だってゼロじゃない。僕はできるだけ自然な速度を心掛けながら浜を後にした。

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