納得とは?

高校生とのてつがくカフェ、もう何回目になるだろうか?

進路選択の話、プロジェクト発表の内容の話を通して、彼らと共有したもやもやは「納得する」ということであった。自分が納得する進路とは?納得して相手に伝えるには?自分のプロダクトのクオリティを納得いくまで追求するとは?

最初に出てきたのは「気持ちがついてくること」「ピーンとくること」「理由をごちゃごちゃつけずによいもの」といった意見であった。

なんとなく「しっくりくる」という体感は共有しているのだが、「気持ちがついてくる」と「理由をごちゃごちゃつけずによいもの」は「ことが起こってからの解釈」の話で、「ピーンとくること」は直観として「ことが起こる前」の話をしていた。

また、「納得していたけどあとから考えると納得できなくなった」とか、逆に「納得していなかったのに後から納得できた」ということも成り立つことも話に挙がってきた。

と、「納得する」というのはその一瞬でしか考えることができないのではないか?むしろ「納得する」という動詞で使っているが「納得している状態」というBe動詞でしか考えられないのではないか?

考えていくと、そもそも「納得」したことがあるのだろうか?完璧に納得するなんて経験は、振り返ってみてもなかなかない。もしかしたら、私たちは「納得」したと勘違いしているだけなのかもしれない。

もう少し、反対から掘り下げてみよう。「納得していない状態」とは「もやもやしている状態」「疑問がわいてくる状態」である。では、「もやもやしていない状態」や「疑問がわいてこない状態」が「納得」だろうか?というと、いささか「納得できない」。なぜなら「考えていない」という状態は「納得している」ということだけでなく「ただ、ぼーっとしている」という状態も過程できるからだ。おそらく、もっと「意志」が関係してくるだろう。

ここから先は

553字

¥ 500

本文は基本的に無料です。読み終わった後、ちょっとでも「はっ」とするものがあったら、「投げ銭」をお願いします。本を購入する資金にします。その数百円が、かけがえのないものになります!