子どものマインドフルな学び2

No.13|育児・教育|子どものマインドフルな学び#2:グリットとマインドセット

才能や能力で未来を切り開く時代は終わった!

自分なりに頑張っていたことが報われなかった時は、「才能がなかった」とか「自分には向いていなかった」と諦める人は多いと思います。それでは、子どもの時から誰もが羨むような才能やIQを持っている人が成功しているか、または、自分自身に満足しているかというと、決してそうではないことが分かっています。

アメリカでの調査では、IQが高い人よりも「ある特性」を持ち合わせている人の方が成功していることが明らかになりました。その特性は「グリット(GRIT)」と呼ばれる「やり抜く力」でした。私がこの概念に出会った時に驚いたのは、IQが高い人ほどグリットが弱い傾向にあるという結果でした。これらの結果をもとにアメリカでは、知能指数などを代表とした認知能力ではない「非認知能力」に教育的重点をおくことに舵をきりました。

今回は、GRITなどの土台となるマインドセット(mindset)という動機づけに関連する非認知能力について紹介したいと思います。マインドセットは、子どもの時に形成され、大人になってからの生活に大きな影響を及ぼすことが明らかにされています。子育てや教育に関わっている人にはぜひ知っておいて頂きたいキーワードになります。

マインドセットとは?

 マインドセットとは、心理学的な日本語訳にすると「思考態度」と訳されます。「マインドセット」と検索すると、様々なマインドセットの概念が紹介されていますが、今回紹介するのは、動機付けに関係するマインドセットになります。

マインドセットの提唱者であるキャロル・デュエック先生の研究によると、マインドセットは「成長的思考態度(growth mindset)」「固定的思考態度(fixed mindset)」に分けられるようです。成長的思考態度は「能力は努力次第で向上できる」という思考態度であり、固定的思考態度は「能力は生まれながらのもので変えられない」という思考態度です。

成長的思考態度の子どもと固定的思考態度の子どもを「挑戦」「障害」「努力」「批判」「他者の成功」の次元について比較したのが下のスライドになります。

固定と成長

先ほど、IQが高い子どもが必ずしも成功しているとは言えないということを紹介しましたが、その背景の1つとして考えられているのが「固定的思考態度」の影響だと言われています。IQの高い子どもは小さい頃から能力を褒められることが多いため、失敗経験のたびに「才能がない」と才能に帰属しやすいことが原因ではないかと言われています。子どもにとって褒められることが多いことは良いことですが、大人が「天才だね!」などと褒め続けることは子どもにとって良くないと言えます(詳細は以下の「No.2|「天才だね!」と子どもを褒めてはいけない理由を参考にしていただけます)。

自分で能力の限界を決めつけることの弊害

固定的マインドセットは長い過程で身につけた「思い込み」の思考態度ですが、短期的な思い込みでも自分の能力に疑問を持ってしまうと、パフォーマンスが低下してしまうことが明らかになっています。

女子大学生を集めてランダムに2つの教室に振り分けて、数学の問題を解いてもらいました。ただし、片方の教室においては「女性は男性に比べて数学が苦手だと言うことが分かっています」という話を女子大学生にしています。ランダムに女子大学生を振り分けていますので、本来であれば、2つの教室における平均得点は同じはずです。しかし、結果には差がついてしまいました。つまり、「女性は数学が苦手だ」と事前に聞かされていた教室の平均点が低くなってしまったのです。

このように、「自分にはできないかもしれない」という短期的な思い込みでさえ、パフォーマンスに影響してしまうわけですから、固定的思考態度になってしまうと、自分の持ち味を十分に発揮するのも難しくなってしまうのは想像に難くありません。

成長的マインドセットを強くし、固定的マインドセットを弱くするためには?

学習心理学の分野では、古くから「モチベーション(motivation:動機づけ)」の研究が多く行われてきました。ここでは、マインドセットの観点から成長的マインドセットを強くする方法や固定的マインドセットを弱める方法について紹介していきます。

再帰属法のトレーニング
ドゥエック(Dweck)先生の研究は今から40年以上も前のものですが、現在でも十分活用できる手続きが含まれています。それは、学習意欲を失っている子どもたちを集めて、1日15回の算数問題を解くことを25日行います。グループは「成功体験群」と「再帰属訓練群」に分けられました。「成功体験群」は容易な問題を解くグループです。「再帰属訓練群」は難しい問題が必ず2・3個入っており、失敗を誘発するようになっています。子どもたちが失敗したら(問題が解けないなど)、実験者が回答の手助けをし、失敗の原因は努力が足りなかったからだと励ましました。そして、失敗経験の次の回では、必ず子どもたちで解ける問題が準備されており、失敗経験→努力の教示→成功経験が25日間繰り返されるというものです。結果は成功体験群は無気力が改善されませんでしたが、再帰属訓練群は無気力が大きく改善されたと言う結果でした。

ドゥエック先生の研究結果から考えると、「成功体験をつませよう」という学習目標だけでは子どもの成長は望めないことがわかります。問題は失敗した時の原因をどのように考えるか、もっというと、自分の能力ではなく、努力が足りなかったのだと思えるかどうかにかかっています。そのためには、「努力によって失敗を克服できた!」という成功体験こそが重要になるのだと考えられます。

マインドフルネスでマインドセットを固くしない!

幼い時の子どもは成長的マインドセットが強いのが特徴です。何でもできると思って、時に無謀とも思える挑戦もどんどんしていきます。しかし、小学生になる頃には固定的マインドセットの影が見え始め、中学生になる頃から、その影は次第に濃くなっていくようです。

失敗体験を生かして挑戦すること・やり遂げることの重要性については、先程紹介した通りです。しかし、失敗経験を積み重ねると、失敗した自分を許せなかったり、失敗しないように挑戦しないという選択肢を選ぶようになります。その背景には、失敗した時の自分を受け入れられないという心の状態が関係しています。

もし、あなたの子どもが頑張って挑戦したことに失敗してしまったら、親としてどんな言葉をかけるでしょう。または、あなたのお子さんは、友だちが失敗した時にどのように励ますか想像してみてください。きっと、挑戦したことの素晴らしさや、頑張っていたことを認め、次も挑戦してみようと励ますのではないでしょうか。しかし、子どもたちは、自分自身を労るような優しい言葉がけを自分自身ですることは難しいのが実情です。

マインドフルネスのなかには、自分に優しくするというキーワードが含まれています。類似したマインドフルネスの分野に「セルフ・コンパッション(self-compassion:自己への慈しみ)」という概念もあります。子どもが社会でもまれる過程では、辛いこともたくさんあると思います。最も身近で最も自分のことを知っており、大切にしてくれる存在は「自分自身」です。

自分への優しさというマインドフルネスの態度を持ち続けることができれば、マインドセットは固定的にはならず、より成長的にることでしょう。セルフ・コンパッションについては、別のnoteでも紹介したいと思います。また、日本の子どものマインドセットについて、私たちの研究室で取り組んでいる活動についても、今後紹介できればと思っております。

今日のポイント

この時代に必要なのは「能力」ではない! だれもが持つことができる「あきらめない力」を磨きましょう。そのためには、「自分への優しさ」が大切になります。

GRITやマインドセットの研究結果を講演会などで紹介させていただくと、ご年配の方からは、「昔の日本人はみんなGRITをもっていた」という感想が寄せられます。私もそのようなイメージを持っていますが、現代の子供たちを取り巻く社会を見ていると、GRITを持ち続けることの難しさもあるような気がします。大学入試や就職活動を例にするまでもなく、失敗できない空気が蔓延しています(新卒採用という制度に全く共感できません)。だからこそ、GRITがより重要だといえるのかもしれませんが、子どもたちがGRITを持ち続けられるような環境を作っていくのも大事なことです。私たち大人ができることとしては、何度も挑戦できる世の中を作っていくことかもしれません。

私は大学に23歳の時に入学しました。入学早々に受けた衝撃的なエピソードは、「新卒枠で就職できないと思うけど・・どうするの?」と同級生から心配されたことです。私はGRITを持っていたのかと問われれば、その時はそのような情熱的なものは持ち合わせていなかったかもしれません。ただただ楽観的だっただけかもしれません。

心理学の知識を楽しくご紹介できるように、コツコツと記事を積み上げられるように継続的にしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。