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  • 水色日記〜鹿日和〜

    • 8本

    瑞希と今鹿の公開交換日記。

最近の記事

【サンプル】透明なリボンで結んで

11月23日開催 文学フリマ東京に出展します。 スペース:サ-33 水色バンビ イベント詳細はこちら 新刊は、別々の学校に通う見た目も性格も反対な二人の少女の物語。 --------------------------------------------------- 彼女の手は、文庫本を持つためにある。 ほっそりと長い指が本の背に沿って回り込み、親指は優しく表紙を支えている。そんなありふれた仕草からわたしは目が離せなかった。  四月。入学式へ向かうバスでのことだ。  急

    • 黄昏ブランコ

       沙織が身体を揺らすたびにブランコの錆びた鎖はキィキィ悲鳴をあげた。いまにもちりぢりに千切れてしまいそうなのに、その音は昔からちっとも変わらない。高くなることも低くなることもない。そのせいなのか取り換えられる気配もなかった。黒く変色したサビが永遠に消えない刻印のように輪っかを斑模様にしている。  乾いてざらついた表面に陽があたる。ふいに、サビの奥底で炎が息づくように煌めいた。瞬く間に消える炎に沙織は当然気がつかない。  わたしは鎖の軋む音が苦手だった。人には発せられない鋭さで

      • 春に

        瑞希ちゃんへ 随分久しぶりのお返事になってしまいました。 早いもので、もう2月も下旬です。 直接お会いしたのは、昨年11月の文フリが最後でしょうか。 瑞希ちゃんの新刊を心待ちにしていたので、私も当日受け取ることが出来て嬉しかったです!あのときはまず表紙の手触りにときめきました。 感想会したいですね。そのときはやっぱりチーズケーキとコーヒーを並べたいな。 年末に瑞希ちゃんからもらった記事を何回か読みました。 文章がとても素敵で私も瑞希ちゃんの足取りを追って福島に旅立った気分に

        • おやすみハチミツあります

          日がとっぷりと暮れた頃、森の入り口にひとつの灯りが点ります。 それはちいさな灯りでしたが、辺りがとっぷり暗いので、お月様が落としたかけらのように明るく見えました。 灯りの下にはちいさな看板が吊られています。 おやすみハチミツあります。Dr.クマ 灯りも看板もウサギの背丈くらいの高さですから、わたしのような人間がその文字を読むのは少しばかり面倒ですが、森の動物たちにはちょうど良い高さでした。 リスの紳士が木からするする下りてきて、看板を見つけました。 「おやすみはハチミツと

        【サンプル】透明なリボンで結んで

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        • 水色日記〜鹿日和〜
          8本

        記事

          【サンプル】うそつきのきつねのはなし

          11月22日に開催される「文学フリマ東京」にて頒布する本のサンプルです。 スペース:シ-08 水色バンビ イベント詳細はこちらをご確認ください ⇒ https://bunfree.net/event/tokyo31/ 通販ページ⇒ https://pictspace.net/imashika ---------------------------------------------------------------- 『うそつきのきつねのはなし』 てっぺんから流れた

          【サンプル】うそつきのきつねのはなし

          だから書きたい

          瑞希ちゃんへ なかなかお返事が書けないまま、夏が過ぎてしまいました。 この前の話は今思い出しても耳を塞いで蹲りたくなるような自分のなかで乗り越えられていない話だったので、瑞希ちゃんが「自分の弱さを取り繕わずに書ける今鹿ちゃんは、かっこいい」と言ってくれて励まされたような気がしました。 そういえば創作スタイルについてじっくり語ったことはなかったですね。 「作品は自分の中で答えのあるものを書かないといけない」 あまり考えたことがありませんでした。たしかに《答えがある=読者に

          だから書きたい

          いつか、あの子みたいに

          8月10日(月) 晴れ 瑞希ちゃんへ すっかり夏らしい気候になりましたね。 花火の音、私のところも聞こえました。ベランダへ飛び出したのですが1回ドンッと聞こえたきりだったので聞き間違いかな?とすぐ部屋に戻ってしまいました。 本当は出来ないことが増えるほど練習しなくちゃいけないのに嫌になってしまう気持ち、とてもよく分かります。出来るぞ、できるぞ!というときは調子よく頑張れるんですけどね。 小さな瑞希ちゃんがステージで演奏する姿が浮かぶようでした。憧れの曲を弾いて満足できた

          いつか、あの子みたいに

          思い出の絵本/今鹿

          7月18日(土) 雨のち曇り 瑞希ちゃんへ 1頁目の日記ありがとう。 こちらこそどうぞよろしくお願いします。 交換日記懐かしいですよね。私もやっていました。 いつだったか鍵付きの日記帳を使っていたことがあって、重要なことや秘密の話はなにも書いていないのに特別な気がして嬉しかったのを覚えています。 本当はもう少し早くお返事を書きたかったのですが、瑞希ちゃんのエピソードを読んでいたらいろんなことを思い出してまとまらなくなってしまいました。 「きょうはなんのひ?」を私は大人に

          思い出の絵本/今鹿

          さよならマリー

          その男の子はいつも私をマリーと呼んでいました。 おはようマリー、おかえりマリー、垣根の向こうから呼ぶ声がします。小さな黄色い花が水玉模様のように咲いた垣根をよく探ると、青い瞳と目が合うのです。 それは私がまだ5つか6つの時の記憶でした。 私の名前はマリーではないし、マリコでもマリナでもありません。それでも、たしかに私はマリーだったのです。 「ママ、むかしこの辺りに外国人の男の子が住んでいたよね。くるくるの金髪でおめめの青い」 マーガリンを塗ったトーストを齧りながら聞くと、マ

          さよならマリー

          私は彼女の名前のただ一文字すら知らない。当然、彼女の名前を呼んだこともなければ、回想のなかですら“彼女”と呼ぶほかにない。 そう思うと自分が憐れなのか滑稽なのか、どちらとも決めがたい気がするのだ。 高校一年の夏、学校も通学路も真新しさを失い日常と化した頃だった。 だらりと垂れる汗の不快に目を細め、なんの気なく道路の対岸を見やった。丁度向かいの店から背広姿の男が出てくるところだった。真上に太陽が座り、眩むような熱が満ちていた。あんな格好でよく蒸されないものだ。感心して男を見送っ

          春待ち

          歩け 歩け 誰も彼もが そう急かす けれど わたしは 歩けない だって わたし まだサナギなもので

          春待ち

          5月のアイスクリーム

           午後6時  私は小さなトートバッグに財布だけを入れて外へ出ました。夕食と、向こう1週間分の食材を買う為に。もう少し早い時間に行くのが常だけれど、日が暮れるのを待っていたらチャイムも遠く鳴り終わっていたのでした。  それでも出たくなかったのだから仕方がありません。私は梅雨を飛び越えてしまったように急に強くなった日差しに辟易し、アスファルトから立ち昇る熱にうんざりしていたのです。厄介な太陽がいなくなったあとの街は、ほのかな温もりとそよぐ風が心地良く頬を撫でていきます。それなのに

          5月のアイスクリーム

          雨と街灯

          しとしと雨の降る夜でした。 初夏の兆しを感じさせる晴れ間に浮かれて選んだ白いシャツワンピースは薄く、微かに雫を被った肩が震えます。両手で肩を抱きながら、私は閉まった駄菓子屋の軒下に立っていました。 いつ止むとも知れぬ雨をこうして凌いでいても意味がないことくらいは分かっていました。しかも、私の家までは速足で5分とかからないところにあったのです。それでも、どうにも帰る気にはなれませんでした。 ここは確かに寒くて暗いのですが、帰ったところで凍えた窓と凍えた床があるばかり。そんな部屋

          雨と街灯