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無意識の殺人

人を殺すのは大罪である。法律でも厳しく禁じられている。このことは、この世に生を受けて以来、ありとあらゆる機会に教え込まれている。

しかし、それでも殺人は止まない。他人を殺さねばならないこととはなんであろうか?強い憎悪が一番理解し易い。しかし、実際に起きたケースの中には、人が死ぬのを見てみたかったというのがある。また、特定の他人の存在が無意味であるばかりか、他の人の負担になるので、こういう人の命を断つのは正義であるから殺人に及んだというのもある。

実に様々な理由がある。もちろん、ほぼ例外なく納得できないものであるが、中には考えさせられてしまうものがある。それは、高齢の女性が長年寝たきりの夫を夫の頼みで殺してしまったとか、重度の障害のある我が子を年取った両親が殺してしまった等のケースである。また、息子の暴力に耐え兼ねた父親がやむなく息子を殺してしまったような場合もある。安楽死、家庭内暴力…などが絡むと、殺人者に同情を禁じえない場合が多い。

しかし、これらとは全く違うケースがある。それが無意識の殺人である。手を下した者には自分が殺人をしたという自覚は全くないが、紛れもなく殺人者である。どういうことかと言うと、疫病の感染者に関連してこういうことが起こる。

目下、新型コロナウィルスが蔓延している。このウィルスの感染者は感染してもすぐには発症しない。未発症で回復してしまうものも多い。したがって、感染者が知らず知らずにウィルスを撒き散らしてしまう。特に若い人が感染した場合は、このようなことになることが多い。

若い者の場合には、発症しても重症になることは少ないと言われる。問題はこのような若者が、高齢者や基礎疾患のある人にウィルスを感染してしまうことである。見ず知らずの他人に偶然感染させてしまい、感染した者が不幸にして亡くなってしまうことがあるだろう。若者は自分が原因で亡くなった人がいることを知ることもないであろう。これは正しく無意識の殺人に他ならない。

新型コロナの感染が多発する場所があるが、その一つが歓楽街や飲み会である。コロナ禍のために活動の自粛が長く続いているので、歓楽街に出かけたり、飲み会で騒ぎたい若者の気持ちはよく分かるが、感染拡大につながる行為は徹底的に避けて欲しいと思う。

そのためには、下手をすると、自分は殺人者になってしまうことを自覚していただくしかない。もしも、自分が原因で自分の祖父や祖母が死ぬようなことがあったら、一生苦しまねばならないであろう。

若者に歓楽街に出かけたり、飲み会を自粛してもらう、言葉で言うのは簡単であるが、実際には簡単ではない。コロナのウィルスが目に見えるものであるならば簡単であるが、ウィルスは目に見えない。目に見えないものを避けなさいと言われてもピンと来ない。感染の危険を頭では理解できるが、まさか自分が感染してしまうなどまず有り得ないと思ってしまう。

ではどうしたら若者に感染の危険性のある行動を自粛してもらえるだろうか?対策は二つしかないと思う。一つは感染の恐ろしさを十分に理解してもらうことである。もう一つは、人間社会とは何かを理解してもらうことである。

感染の恐ろしさを理解してもらう方法はいろいろあろう。繰り返し、繰り返し、いろいろなメディアを通して、いろんな角度から若者に毎日、毎日働きかけることである。格調高い学者の解説や患者の体験談から始まって、ドラマ、漫画、歌、落語、漫才、講談などあらゆるメディアを通して若者に働き掛けることである。うまい理由を付けて、若者の好きなポイントで釣るのもいいであろう。

人間社会の理解については、自分という存在が社会によって支えられていることと、自分も社会の重要な構成員で自分も社会を支えているのだという自覚を持ってもらうことであろう。人間の一人一人の力は微微たるものであるが、それは一人一人が微々たる存在で自分の行動が社会にまったく影響を与えないということではなかろう。

自分一人の行動がコロナの感染と無関係と思うならば、同じような考えを持つ若者が何千人、何万人いるであろう。仮に、自分が行動を自粛しょうと思うならば、必ずや何千人、何万人の若者がそう考えていると思う。だから、一人の若者が行動を変えるならば、間違いなく何千人、何万人の若者が行動を変えるであろう。何か変な理屈みたいだが、多数の人間からなる人間社会では、一人が考えを改めることは、何千人、何万人が考えを改めることに通じるのである。

ここに死刑の判決を受けて、正に刑の執行を受けようとしている死刑囚がいるとする。電気椅子で刑が執行されるとしよう。執行のボタンを押すのは一人であっても、複数の人間であっても殺人という行為に係わるということに代わりがあろうか?人数分だけ心の負担が和らぐというものでもないであろう。

俺一人ぐらい、私一人ぐらい、ハメを外したって思ったとき、無意識の内に自分が殺人に係わっているかも知れないと言うことを思い起こして頂きたい。



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