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#5『ウィル・レ・プリカ』




第一惑星 パラサイト・エデン

(五)休日




 休日の午前中。ハルアキは地下ランドリーで洗濯機を回していた。
「おはようございます。ハルアキさん」
 入口を見れば、ランが洗濯かごを片手に立っている。ハルアキはちいさく会釈をした。ランは、クーから借りたのだろう薄手の長袖を上に着、下はハルアキがあげた細身のジーンズというラフな格好だった。サイズが合わずタンスの肥やしになっていたものを、そのままにしていてはもったいないからと彼にあげたのだが、見事に着こなしている。
 とはいえ、いま時期は冬のただなかだ。いくら四方をコンクリートに囲まれ、吹きすさぶ風がなくとも地下ランドリーは冷える。

「それ、寒くないか」
「寒いです」
「服、買えばいいのに。討伐報酬だって稼いでるだろ」
「ああ」
 ランは考えたことがなかった、というように声をあげた。

 自分と同じように、ランもまた〈レ・プリカ〉の使い手だ。優美なヴェールをあつかう彼の戦いは艶麗であり、まるで舞台芸術を観ているかのような気分にさせられる。ヴェールの波でひと息に敵を呑みこむ範囲攻撃を得意とした彼は、相棒クーの生体感知能力と相性が抜群だ。二人は三ヶ月半前に出会ったことが信じられないほど息ぴったりで、とりわけこの一ヶ月においては〈終末を与える者エスカトロジー〉の討伐数も上位に食いこむ。討伐報酬もそれなりにもらっているはずだが……。

 ランはすこし考えたらしかった。
「……どこで買えばいいか、わからなくて」
「ああ、そゆこと」
 まだ街には不慣れなのだろう。
「だから、いっしょに行ってくれませんか?」
「は?!」
 自分の声が大きく反響した。脱水をはじめた洗濯機がガタガタと揺れる。空耳だろうか。いやきっと空耳にちがいない。服を買いたいなら、外出になれたクーと行けば事足りるはずだ。
「クーとは趣味が合いませんし……」
 ランはほとほと困ったように言った。いわば、彼は自分と同じ異邦人だ。――自分が十三番街に住み始めた頃を思い出す。豊かな自然が美しかった温和な故郷とはまるでちがうさびれた灰色の街。ゆいいつ頼れる大人は、伯父である店長とその奥さんだけで、かといって、それまでほとんどしゃべったことのない他人であることも事実だった。事件事故だってしょっちゅう起こる。そんな慣れない街を歩いていくのは、誰だって不安だろう……。
 ……案内だけなら。言いかけて、飲みこむ。気ごころ知れない他人と歩くのは想像がつかないし、どうやって場をもたせればいいかがわからない。

 迷っているうちに、ランが苦笑する。
「冗談ですよ。一人でも行けます」
「ああ、なら……」
 ほっとしてしまった自分にすこしの嫌気。――ランに気を遣わせてしまった。
 と、向こうの階段から足音が響く。
「あれ、二人とも早いね?」サクヤが顔をのぞかせた。
 ハルアキはぎくりとして肩をこわばらせる。昨日、サクヤから冒険に行こうと誘われたのはいいが、状況が状況だけについ強く言い返してしまった。はっきりと断ったわけではないが、かなり気まずい。
「早いね、って。もうお昼になりますよ」
 ランがくすくすと笑う。二人はそのあともいくらか言葉を交わした。ふと、サクヤの興味がこちらへ向いたのがわかる。
「ねぇ、ハルアキ。昨日の話だけど」
「ラン!」
 立ちあがって、ランの腕を引く。めずらしく、ランは驚いたように紫紺の瞳を丸くした。
「十分後。玄関だ。遅れんなよ!」
「え? ああ、はい」
 状況を理解していないランをその場に残して、サクヤの横を抜ける。バタバタと階段を駆け上がっていくとき、サクヤがなにか言ったような気もしたが、それどころではなかった。

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