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#3『ウィル・レ・プリカ』




第一惑星 パラサイト・エデン

(三)憧憬




『三日前に帰還した民間探査団体〈ロマン〉が、本日二十時から記者会見を行うと発表し――……』

 ハルアキは十三番街の路地を歩きながら、次元統括局――通称、イブリ広告塔の巨大液晶パネルを遠目に見た。最新の情報や特集を次々と流すそれは、この〈交易中央都市インターブリーディング〉では日常の光景ともいえる。
 惑星パラサイト・エデン。
 それが、ハルアキが現在暮らしている惑星ほしの名前だ。
 中心は〈交易中央都市インターブリーディング〉と呼ばれる十三の街を束ねたに集約する。
 次元統括局――通称、イブリ広告塔を軸に、各方面へめいめいの次元回廊が伸び、その先にはそれぞれ識別記号を振り分けた〈時空越境門ボーダーゲート〉が待っている。それらを超えると、遥か遠い大地へ一瞬にして移動することができるというわけだ。

 つまり、本来であれば長い時間をかけて移動しなければならない地続きの大地や険しい峡谷。あるいは広大な海を、この門ひとつで超えることができる。古来人間が行っていた飛行機や船などの輸送手段に代わってこの〈時空越境門ボーダーゲート〉が現代の主要輸送機器であり、また各都市・各国の境界になっていた。
 つまるところ、イブリ広告塔を中心軸に、本来バラバラの場所にあるめいめいの国が、次元を超えて集約している。それがこの〈交易中央都市インターブリーディング〉だ。

『民間探査団体〈ロマン〉は、会見で未探査領域について調査報告をするとのことで、いっそうの期待が高まっています』

 三日前の映像とともに、軽やかな音響が流れる。探査機から団員が降りてくるようすが拡大され、そのなかに、ひときわ若い青年が映った。幼なじみのサクヤだ。ふとカメラに気がついたのか、彼は一瞬だけこちらへ視線を向けると、微笑を浮かべてゆるやかに手を振った。――あの、天然たらしはまた凝りもせず。この映像を観たファンたちは、いまごろ熱狂しているのだろうな、とハルアキは口の端を引きつらせた。

 映像の向こう。さらりと流れる灰白色かいはくしょくの髪は陽ざしを受けると虹色にきらめき、左目は深い思慮のブラックオパール。右目は希望を宿したシンセティックオパールの輝きを魅せる。特異かつ人間離れした美しい容姿もさることながら、行方不明事件からの生還や史上最年少での探査団入りと、経歴も常人から一線を画している。――それが、サクヤ。自分と同じ十六歳でありながら、自分ハルアキとはどこまでもちがう選ばれた者エリート。そのくせ、平凡な自分へごくふつうに接してくれるのだから、きっとサクヤは聖人君子かなにかなのだろう。
 いつだって、幼なじみサクヤはまぶしい。
 ニュースキャスターが今回の探査任務の概要を説明し、さらに探査団のメンバーが役職と共に表示される。そこには、誰かが考えたのだろう異名も記されていた。

――〈白眉の冒険王子〉。

 プロフィール画像のサクヤは、凛とした美しい笑みをたずさえている。それは、努力と才能に裏打ちされた確かな自信を持つ人間だけが許されるような特有の表情だった。
 幼なじみの活躍が嬉しい反面、彼と自分を比べてしまうおこがましさに辟易へきえきとして、画面から目をそらす。止まりかけていた足を、どうにか動かした。

 番組は次いで、惑星ルナのアメジストコロニー(いわゆる国や集落のような、社会的な集団らしい)の女王の逝去から数ヶ月経った現地の様子や、その後継者問題について報道したが、正直あまり耳に入らなかった。

 流れる情報が昨晩起こった十三番街での傷害事件へと変わって、またか、と息をつく。三日前は強盗、先週は誘拐、この前はバスジャックだったか。雑居ビルが所狭しと立ち並ぶこの十三番街は、悪いニュースに事欠かない。事件事故はしょっちゅうで、他の街……とくに、愛国心ならぬ愛街心を鼻高々に持ち上げた一桁台の街の連中は、この街を異邦人の坩堝るつぼだの、掃き溜めだなんだのと揶揄やゆする。たしかに、二番街の豪奢な街並みとも一番街の先進的な街並みともちがって寂れていることは否定しようもないし、治安も最悪だ。

 店長がサクヤを迎えに行ってやれというのは、こういった犯罪や危険に巻きこまれることを杞憂してのことだ。ちゃらんぽらんなクーでは役に立たないだろうし、なよやかなランではむしろ危険が増える。自分が迎えに行くのは、消去法でも反対する理由がなかった。もっとも、サクヤは護身術を会得しているし、正面から戦えばハルアキはこてんぱんに負けるのだが……。少なくとも、天然たらしなサクヤに釘を刺す程度のお守りは、できるだろうか。
 

『次に、本日未明に目撃された〈終末を与える者エスカトロジー〉についてです。目撃者によると数分間のほつれが見られ、その後消失したとのことです。政府対策機関〈コーザリティ〉は、民間討伐隊と連携し警戒を強めると発表し、注意を呼びかけています。ほつれを発見した場合、すみやかに安全な場所へ避難し、各機関に連絡を……』
 

 自然と歩を早くして駅へ向かう。約二十分。どこも変わらないようなくたびれたビルばかりの街。戦争のない惑星ほしだが、犯罪はあり、またそれ以上に生活を脅かすモノがある。
 〈終末を与える者エスカトロジー〉――それが、この惑星ほしの暮らしを脅かす存在だ。まるで野生動物のように街へ出没しては人を襲い、生活を壊していく化物バケモノ。災害と呼んでも過言ではない、人智を超えた正体不明・原因不明の脅威。
 薄曇りの空を見上げて、薄汚れた空気のにおいを嗅ぐ。雨が降る前は、空に蓋がされたように、排気ガスのにおいが立ちこめるのだが……。
「!」
 ふと、気づく。灰色の空。その中空に、ほつれたようなひび割れが存在している。
「こんな時に……ッ!」
 舌打ちをして、ハルアキは駆けだした。

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