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#1『ウィル・レ・プリカ』




第一惑星 パラサイト・エデン

(一)原風景 /サクヤ




 僕の原風景は、死と一面の白から始まった。
 まだ幼いころ。十歳の誕生日を迎えたその日。ぼくは懐中時計を片手で握りしめていた。もう片方の手は、冒険家の父が握っている。どきどきしていた。誕生日はなにがいいと問う父に、ねだって、ねだって、はじめて冒険についていくことを許された日だった。
 ぼくは、見渡すかぎりが白く、陰影だけで世界が表現されたようなその大地に降り立った。
 そしてその大地で、父は死んだ。
 はじめのうちは、父を揺り動かした。まだ死というものがわからず、ぼくは何度も何度も父を呼んだ。となりで赤子のように横たわる父。いつもなら、眠ったらうるさいくらいに、いびきをかくのに。眠そうな目をこすって、起きあがってくれるのに。泣いていたら、どうしたんだと抱きあげてくれるのに。

――どうして父さんは、ひとつも動かないのだろう。

 時間が経つごとに、父は色を喪っていった。肌はなめらかな光沢を帯びて蝋のようになり、次第に血液の紅をうすく透けさせていった。徐々に、父はぼくの知っている父から遠ざかっていく。怖くなって。どうしようもなくなって。ぼくは必死に声をあげた。けれども、色はなくなった。
 まるで惑星ほしと同化するようだった。なめらかな白い光を返すだけの父。ぼくはもう一度、湿った声で助けを呼んだ。

――誰か。誰か助けて!

 誰でもいい。誰か。――そうやって、服の裾を両手いっぱいに握りしめながら、お腹に響くぐらいの声で叫んだ。

 一面の白。

 人の色がない。花も、葉っぱの色も。虫の色も。
 なにもない。

 孤独。

 残されたぼくは、彷徨さまよい歩いた。幼い手足を必死に動かして、うんと長いあいだ必死に色を捜したものの、とうとう見つけられずに泣きくずれた。誰もいない。おなかが減って動けない。どうやって帰ればいいのかわからない。自分はここで死んでしまうんだと思った。
 ぼくは初めて〈死〉というものを知った。
 来た道を戻る。行きよりも、ずっとずっと長い時間がかかったと思う。それが、不安や恐怖に苛まれていたからなのか、それとも来た道の半分も覚えていなかったからなのかは、いまとなってはもう、わからない。ただ、ずっと孤独で。寂しくて、怖くてたまらなかったことを覚えている。泣きながら歩いたから、ほっぺたはヒリついて、ぱりぱりに乾いたところにまた新しい涙が染みて痛かった。どんどん眠くなってきて、足はのろまになっていく。それでも独りが怖かった。父のとなりで眠りたかった。

 白く横たわる父の元へたどりついたとき、ぼくは思った。

――父は、この惑星ほしといっしょになったんだ。

 うんと赤子のころに、病で母が亡くなってから。ぼくの帰る場所は、いつだってこの腕の中だった。父の腕に身をよせて、横たわる。記憶のなかの色が、白い父に重なる。

――帰ろう。

 耳の奥で、父の声が聞こえた。ちょっとだけ変になった父の手を握って、もう少し。ぎゅう、と身体を寄せて、目を閉じる。――帰ろう。父さんの、腕の中に。
 まどろみのなかで次々と浮かんだのは、生まれ故郷の星空だった。海辺で星空を眺めた思い出を昨日のことのように思いだしながら祈る。どうか、どうかこんなことはぜんぶ夢でありますように。
 寂しくてたまらなかった。泣きながら思った。もう一度、悠明ハルアキに会いたい。独りぼっちで死ぬなんて嫌だ。もう一度、悠明ハルアキと一緒に星空を見ながら笑いたい。だって約束したじゃないか。――なのにこんな死に方は、嫌だ。
 父さんが誕生日にくれた懐中時計を握る。
 さいごに、たった一度だけまぶたをあけた。
 白く、白く。
 ぼくは父と同じように、死んでゆく。


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