ペルーでの日々の記録

私の家賃の使い道

任地47日目。2記事目です。笑

私の家賃の使い道。

少しモヤモヤしていた霧が晴れたような感覚。金の切れ目は縁の切れ目だとしても変わらず私は家族と関係を作っていこうと思います。そんなことを書いた記事です。

青年海外協力隊の住居費事情


青年海外協力隊は、任地でホームステイや職員寮、アパートでの暮らしをします。その家賃も国によって差はあるものの、協力隊全体として不公平のないようにある程度のレベルが決められています。

その住居は現物支給となっており、JICAが決めた住居に住んでその大家さんにはボランティアから払う仕組み。その光熱費を引いた家賃補填はJICAからあります。

私の住居は食費を除いて1か月100ドル。そのうち10ドルは支給される生活費から自分で払う光熱費なのでJICAからは90ドル支給されています。ホストファミリーとは月初めに100ドルを払う契約をしているため、毎月月初に払います。

この額は協力隊内で差があり、例えば隣町の隊員は150ドルだったり250ドルだったりします。私はそう考えると低い方かもしれません。

ただ任地では家族と住んでいるのに100ドルの住居というのは高い方らしく、もっと安い家あるよとおすすめされることもあります。まあそれはいいとして。

今回はこの100ドルの使い道、なんか様子を見ていると少し興味深かったのです。

自転車操業?私の町の住民のお金の使い方


最近この町に来て感じたのは未来を描く人が少ないこと。1年先の未来、5年先の未来、10年先の未来、そういうのを見据えて何かをしている人は少なく感じます。ある意味みんな今を生きている。

そして自転車操業なのかな、、と思うことも多々。

例えば私のステイ先の家族はそんなにきっちりものごとを行ったり時間通りに過ごすほうではありません。そしてそれはこの町のほとんどの人がそうです。

家賃の支払いにおいても1日支払いと決まっているのですが、支払いは前月の31日だったり当月の2日だったりルーズに対応されるのかなと思ったりしてました。でもなぜか家賃の支払いだけはちゃんと1日に請求されるんです。

先輩隊員の話を真に受けすぎるのはよくないかもしれないのですが、最近「彼らは自転車操業だから家賃が入ることを前提にものを買ったり借金しているから、実際は1週間前くらいから支払日を待っている人もいるよ」と言われました。

・・・なるほど、合点がいった。

繰り返しますが、先輩隊員の話を真に受けすぎるのはいいと思いません。自分の目で確かめて先入観なく物事を見るのがいいと思います。ただ、ものごとにルーズなのに1日の支払いに関してはちゃんとしているというこの点がちょっと引っかかっていたので、今の私にはその言葉がすっと入ってきました。

なるほど。

ステイ先のファミリーの金遣いに自分はどれだけ関係しているのだろう


そういえば、私の家族は私が来てからというもの高価な物を買う話をしたりなかなか行かない街に出かけて買い物をしたりしていました。

もちろんたまたまのタイミングもあるかもしれないのですが、私の家賃が支払われる前提でものを買ったりするのはありえるなあと。

今日もサプリメントの販売に女性が来ていて長時間プレゼンをして帰っていきましたが、ステイ先の家族はこれからサプリメント生活を始めるそうです。そんなに安くないサプリメントを家族で一気にはじめるというのは若干私もびっくり。

サプリメントは私の感覚的には贅沢品だし、私はそこまで裕福ではないしこだわりもないので日本でも使っていません。

「・・・サプリメントとか買うんだ。」というのが正直な感想。

どこに私の家賃が使われているかなんてそんなの私が知る必要もないし興味をもつところではないのかもしれない。

しかし自分という人間の存在がこの家族に与える影響というのはなにも外国人の女の子が訪れたという単純なものではないはず。毎月支払われる家賃やその上での食費。そして私が持つ高価な何か。そういうものは彼らの生活に影響せざるを得ない。


「金の切れ目は縁の切れ目」なのか。


実際生活をしていると「金の切れ目は縁の切れ目」という言葉が頭をよぎることがあります。それはステイ先がどうのこうのの前に町で生活していて全体的に感じること。

たまにこの親切心は私の後ろにあるお金やJICAを見据えたものなんじゃないだろうか、お金の関係がなければ助けてくれないんじゃないだろうか。彼らは私が好きというより小判としての私が好きなんじゃないだろうか、と思うことがあります。

でも最近思うのは、それでいいかなって。金の切れ目が縁の切れ目、それならそれで仕方ない。どんなに心を繋げてももしかしたら彼らからは私はお金を落としてくれる外国人の女の子にしか見えないかもしれない。

でもそれでもいい。例えば私という人間が来たことが一つの家族にどんな影響をあたえるのかはまだわからないけれど、落としたお金でちょっと普段買わないようなものを買ったり少しいい生活をしたり。それでいいです。

私はこの家族を大切に思うのでその彼らがいい気になれるなら、お金がなくても良くしてほしいというところまでは求めません。

きっとどこかで期待していたんです。私は確かにこの家にお金を支払って住んでいるけれど、でも家族だしなんかあったら助けてくれるだろう。お金がそこになくても手を差し伸べてくれるだろう、と。でもその期待は少しずれているかもしれません。

どこかで、住んで関係を築けば信頼関係も生まれるかもという期待は捨てたくないです。

ただもし金銭でのみ成り立つ関係しか形成できないとしてもそれでいい。彼らから私が小判にしか見えなくても、彼らは私の支払いにしか興味がなかったとしても仕方ない。それが事実であってそれが結果だから。変に悲しむことはない。

もしそうならそうで小判としての任務を果たすまで。彼らがそれで何を買おうが私への愛より金銭的欲求が勝ろうが、別に気にする必要はないだろう。

金の切れ目が縁の切れ目だとしても変わらず私は家族と関係を作っていこう。

そんな風に思った夜でした。

念のため補足しますが、これはネガティブなものではなくてむしろ物事を見る際のポジティブな視点です。

モヤモヤしていたものが晴れて改めて家族を温かい目で見れるようになった今日という日でした。

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青年海外協力隊のコミュニティ開発隊員。ペルー北部、マンゴー🥭とレモン🍋の大地での日々を書き綴ります。TwitterやInstagram、ブログ「VOICE!!!!」もやってます(https://ikuminoheya.com/)

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