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【もののけだものけものみち(5)】

     (五)

「コガラシちゃん。きみは今日、死ぬかもしれない」

 なにをしに街まで出てきたのかをなかなか白状しない少女に森羅はそう告げた。単刀直入に言ってもとうてい受け入れてもらえないだろうが、「死ぬ」という言葉のもつ緊張感は、相手に警戒心を抱かせるには充分だ。案の定、少女はにわかに表情をかたくした。

「死ぬって何? 脅すとかサイアク」

「脅しじゃない。ボクには解るんだ」

「なにそれ。お師匠さま、コイツ、なんか変なこと言ってくるんですけど」

 アリは欠伸をし、それから少女に向けて眠たそうな目を向けた。何を言うでもなく、しかし否定も肯定もしない。しばらくしてから少女はなぜかおとなしく口を割った。

「握手会があったの。モデルなのわたし」

「モデル?」

「ファンのひとたち向けの撮影会があって。今日はそのあと握手会して。終わったから遊びに出てきたの。それだけ」

 ほんとだよ、と少女が執拗に念を押すものだから、疑うことにした。

「どこまでホントでどこからがウソ?」

「ホントだって言ってるでしょ!」少女が語気を荒らげる。座ったまま地団太を踏んだ。テーブルが揺れる。上着から端末をとりだすと、少女はディスプレイを操作した。やがて少女の写真が表示される。一見すれば、雑誌の表紙のようでもある。「ほらこれ!」

 やや照れくさそうに手渡して見せてくれる。たしかに少女が映っている。インターネット上に公開されているサイトの写真で、プロフィールもちいさく載っている。活躍中のティーンモデルと書かれている。モデルであることはウソではないようだ。

「すごいね」と褒めた。アリを横目で窺いつつ、ひかえめに、「かわいいね」とも付け加える。口調は社交辞令のそれである。

 少女は当然のように、ふん、とソファにふんぞりかえる。

「それで」森羅は水を向ける。「どこに遊びに行こうとしていたのかな?」

「どこって……。だからさ、なんであんたに言わなきゃならないわけ?」

「じゃあ質問を変えます」と口調をただす。

 はい、と少女が表情をかたくする。

 条件反射のような態度の豹変具合に、自然と陽気が込みあげる。

「さいきん、誰かに執拗に追いかけまわされたりはしてない? モデルさんなんだよね、コガラシちゃん? 熱狂的なファンのひととかもいるんじゃない?」

「ストーカーってこと?」拙い口調で少女は言った。「いるよ。でも、普通だよそんなの」

 どういうことだろう。こちらが怪訝な表情を浮かべたからか、

「だからね」と少女は苛立たしげに説明した。「だから、モデルだとか――うんと、べつにアイドルでもいいんだけどね――そういうね、ひと目を惹くことをナリワイとしたお仕事はね、ストーカーさんがいちばんのお客さまなの。『追っかけ』っていったりするでしょ。あれなんて言い方かえているだけでストーカーとおんなじだもん。直接的な被害がわたしたちにまで届かないから――あのひとたちがお金をたくさん使ってくれるから――ただそれだけのために、訴えてないだけのことなの。あのひとたちのやっていることなんてね、もしも素人の女のコにやってたら、一発でケーサツザタになっちゃうようなことなんだよ? わたしたちみたいな、ストーカーを量産することをそのままビジネスとしているひとたちは、ただ自分のまわりを、たくさんのお金をつかってバリアしているだけなの。そのバリアがあるかぎり、ストーカーさんっていうのは、優良なお客さんなのよね」

 森羅は思う。そういった人物たちは一般的には、ストーカーではなくファンと呼ぶものではなかろうか。思うだけにとどまらず、そう指摘した。

「それも言い方かえてるだけじゃない」少女はぶつくさと不平を鳴らした。「へやの壁いっぱいにアイドルのポスターなんか張っちゃってさ。関係のあるものは片っ端から収集しちゃってさ。それってストーカーとやってることおんなじでしょ? 異常だとはおもわないの? あんた男だけど、そんなことされてイヤだとおもうくらいの想像力、もってないわけ?」

 ちらり、とアリを窺う。やはり窓のほうに顔を向けている。虚空を見詰めているようだ。

 彼女にストーカーされるなら、どんなにうれしいだろうかと森羅はさびしく思う。

「居ないほうがダメなくらいだもん。このギョウカイでやってくにはさ」少女はそう結んだ。口調は子どものそれであるが、言っている内容は草臥れた大人の言動そのものだ。なんだかやるせない。

 今日だって、と少女は苦々しくつぶやいた。「今日だっていきなり告白されちゃったもの。なにを勘違いしてんだか。あんなブサイクと付き合えるわけないのにね。自意識カジョウなんじゃないの、鏡みたことないのかって」

 少女は嘲笑した。

 自意識どうこう以前に、年齢的に大人がこのコと付き合うのは無理なのではないか、とお門違いにそんなことを考える。

「場所を変えよう」

 珍しくアリが嘴を挟んできた。

 彼女があごを振って周囲を示すので店内を眺めるようにすると、幾人かの客が顔をそらした。

 おさなくて可愛らしい少女が、男をまえにして、「お金」だとか「ストーカー」だとか口にしているのだから気にするな、というほうが無理がある。少女のうしろの席では眉目秀麗な青年がまだこちらを向いていた。威圧的な眼光ではあるが、子どもを見守るいち大人としてこちらを警戒しているのだろう。

 やれやれ。

 森羅は残ったコーヒーを飲みほした。

 アリの進言に従って、店を後にする。

 

 ふしぎと少女はアリに懐いている。気持ちは解らないではない。アリには人を惹きつける怪しい引力がある。見た目のうつくさだけではない。他人に無関心なようでいてその実、ぬくもりがある。そばにいるだけで安心できる。包まれているのだと護られているのだと実感できる。

 森羅ですらそのように感じるのだから感受性のつよい年頃の少女ならば、より顕著に感じられるだろう。

 歳のはなれた姉妹のように連れだって歩む彼女たちのうしろ姿を眺めながら、死なせはしない、と心に決める。

 コガラシちゃん。

 きみをけっして、死なせはしないよ。

 ――血に染めたりなどさせはしない。

 彼女に似合うのは、鉄くさいドロドロとした赤などではなく、紅葉したモミジのようにぬくぬくとした暖炉のような緋色である。

 風に舞う葉をひろうと、どの葉もすでにからからと干からびている。


      (六)

 少女が、そわそわ、としはじめた。控えめに周囲をきょろきょろと見渡している。

 突然、アリが立ち止まった。「このコはここにいた」

 少女をここで捕獲した。それからおまえのもとに連れていった――と、そう言いたいのだろう。けっこうな距離を歩いた。よくもまあ捜しあてられたものだ、と感心する。

 周囲の店はどれもグラフィックな外装で、アニメのキャラクタが、「いらっしゃいませ」とウェインクしていたりする。どれもみな可愛らしい女の子だ。一方で、客の大半はむさくるしい男どもだった。のこりの少数に、それらのむさくるしさに耐えられ得る強靭な精神を宿した女のコたちが含まれる。

 ひとつの絵柄に森羅の目はとまった。長髪で無表情の女性がデフォルメされて描かれている。なにやら、アリの雰囲気に似たキャラクタであった。吹き出しがついており、「気安くさわるなっ」と書いてある。思わず、まじまじと見入ってしまう。

「ロリコンのうえにオタクか」

 アリが呟いた。はぁ、と嘆息を漏らしている。「責めはせん」

 ちがいます、と森羅は必死に応じた。その必死さが裏目にでたことは想像に難くない。

 言葉を尽くすが、釈明が釈明の体をなさない。埒があかず、いよいよとなって、森羅は話題のほうを変えることにした。アリにではなく少女に向き直り、

「コガラシちゃん、ここへはなにしにきたの?」と訊ねる。

「あんたはどうして生きているの? 答えられるわけ?」

 くだらない質問はしないで、と少女が噛みついてくる。

 踏んだり蹴ったりだ。

 あ、と少女がアリの背後にかくれた。

 どうしたの、と声をかけると、少女は、シッ、と口元に食指を当てた。

 しずかにして、しゃべるな、といった高圧的な仕草だ。ともすれば、あっちにいけ、という威嚇かもしれない。

 やれやれ。

 森羅は他人のふりをした。

 少女の対角線上には店があり、そこから出てきた男に森羅は、はっ、とした。

 〝像〟のなかにいた男だ。

 胸を刺され死んでいた男。

 そして、

 悲哀に満ちた少女を抱きしめていた醜い顔の男である。

 アーケードに沿って男が去っていく。それに連動して少女もアリの周囲をじりじりとまわった。男との対角線が維持されるようにぐるりと半回転する。

 やがて男の姿は雑踏に紛れて見えなくなった。少女は最後まで男の姿を目で追っていた。

 もういいだろうと判断し、森羅は訊ねた。

「あの男、コガラシちゃんの知り合い?」

「……だからなんであんたに」

 教えなきゃならないの、と尻つぼみに反発する。これまでのような覇気はない。ダメ押しで、

「知り合いなんだよね?」と迫る。

 少女はうつむき、ちいさくあごを引いた。

「あのひとも、コガラシちゃんのファンなの?」

「ファン……なのかな」少女が言葉を濁す。「……ファンなんだよね」

 自分に言い聞かせているようでもあるし、信じられない、または信じたくないといった懐疑的な嘆声にも聞こえた。


      (七)

 少女の身の安全を考慮し、森羅たちは彼女を連れていったん帰宅した。客観的には児童略取のような犯罪まがいな連れ去りだが、事情が事情なだけに緊急避難的に目を瞑ることにする。

 森羅の話に半信半疑どころかまるで意に介さない少女ではあったが、「アリさんの自宅に招待してあげよう」と告げると満面の笑みをかがやかせた。

 少女をソファへと座らせる。

 アリはキッチンで珍しくコーヒーを淹れてくれるようだ。

 好奇心旺盛なお年ごろと見受けられる。少女は座りながらも室内を物珍しそうな視線で塗りつぶしていく。いずれ立ちあがり、室内を物色しはじめてしまうだろう、と危惧された。森羅はすみやかに口火を切る。

「あのひとも握手会にきてたんだね?」と断定的に訊ねる。

 仔細を俟つことなく、オタク専門然とした店から出てきたあの男のことである。

 ぴたり、と首のうごきをとめると少女はソファに座りなおした。

 やや間があってから、うん、と頷く。「今日も来てくれてた」

 今日も――とはつまり、これまでも幾度となく、少女の出演するイベントにあらわれていたということだろう。充分に熱狂的なファンであると呼べる。そんな男に対して、「来てくれた」と表現するあたり、さすがはプロ、と称賛に値する。

「これまでになにか、ひどいこととか、されたことない?」

「あのひとに?」

 そうだ、と頷く。

「とくにないけど……」

 なんだか煮え切らない返事だ。森羅は重ねて問う。「プライベートで接触してきたこととかないかな?」

「あのひとが?」

 そうだ、と肯定する。

「…………これって、答えなきゃなの?」少女が眉をひそめた。ここにきて重大な問題に気がついた、とばかりに、ねえ、と発する。「ねえ、なんで尋問されてるの、わたし?」

 もっともな指摘だ。閉口するよりない。

 仮にここで、きみを守るためだよ、と言ったとしても、やはり信じてはくれないだろう。なんと説明したものか、と腕を組む。

「死んでもいいなら今すぐ出ていけばいい。死にたくなかったら質問に答えればいい」

 ふたつにひとつだ、とアリがしずかに諭した。

 目のまえにカップが置かれる。ていねいな所作だ。

 少女はうつむき、意気消沈している。

「わたし、死んじゃうの? ほんとに?」

 どうしてわかるの、と疑問を並べた。森羅は正直に打ち明けた。

「ボクには視えるんだよ。きみの未来が」


      (八)

 ひと通り説明してみたものの、眉つばであると一蹴されてしまえばそれまでである。

 過去が視えるわけでもなし。

 視える像を選べるでもなし。

 証明のしようがない。信じてもらえないのは百も承知だが、事実視えてしまっているものを看過することはできない。いや、これまでは否応なく視えてしまっていた像であるが、現在の森羅は、それらの像を視ないようにすることも可能だ。

 だが看過できないことに変わりはない。

 いちど視えてしまったものを、視なかったことにはできない。意図的に忘却できるほど、森羅の記憶力はわるくない。このままでは目のまえの少女が死ぬ。確定されているわけではないが、確定的ではあるのだ。

 未来とはそういうものらしい。

 常に不定でありながらも、必ず確定されてしまう。

 そして霜月凩――この少女へ訪れるだろう今日の未来はおおよそ三つある。

 死か。

 絶望か。

 はたまた束縛か。

 いずれにせよ、死ぬことだけは避けなくてはならぬ。

 死なせるわけにはいかぬのだと森羅はつよく思っている。

 アリがそれを望んでいる。理由はそれだけでも充分だ。加えて、それ以外にもできてしまった。

 単純に、霜月凩――彼女に死んでほしくない。

 苦慮したのち、森羅は〝像〟の詳細を教えることにした。

 もっとも訪れる確率のたかい、少女の未来である。

 死の像・戦慄の像・悲哀の像、それぞれを包み隠さず説明した。少女の傍らで死んでいた者が、件の男であることも含めて伝えた。

 少女は最後までじぃと耳を傾けていた。

「信じられないよな……」

 意に反して少女は、「しんじるよ」と首肯した。

 こちらの必死な想いが通じたわけではないだろう。真摯な態度が功を奏したわけでもないだろう。

 ――森羅の説明をアリが肯定した。

 ただそれだけの条件によって、少女は森羅の〝特質〟を信じることにしてくれたようである。

「死にたくないもん」と少女は暢気に破顔した。

 

 少女をアリに託して森羅は街へ繰りだした。

 じっと家に籠るのも妙案ではあるだろう。だが守りを固めているだけでは不安だった。

 少女を死なせないのが優先事項である。とはいえ、ほかの未来もまた変えることができるならば、そうしてあげたいと思う。

 攻めにも打ってでるべきだと考えた。

「いちおう、コガラシちゃんに、なにか持たせておいたほうがいいかもしれませんね」護身用に、と提案するとアリが、うむ、とうなった。まかせろ、といった調子である。

 それではいってきます、と森羅は部屋を後にした。

「もどってくんなっ」

 少女の声が背に届く。

 マンションのそとで青年とすれちがった。どこかでみた顔だな、と歩をゆるめる。むこうはこちらに気づかない様子だ。森羅が直接に干渉していないからである。美形だな、と評価した。と同時に、ああ、と思いだす。喫茶店にいた、険のある眼光でこちらを威圧していた青年である。この近辺に住んでいたのか、と妙に運命じみたものを感じた。

 だが今はそれどころではない。一刻を争う。

 陽はすでに夕陽となって世界を赤く染めあげている。

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掲載元:カクヨム【もののけだものけものみち
電子書籍:長編【もののけだものけものみち

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