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【姪は干されてなお、ふかふかと】

 姪っ子から連絡があり、久方ぶりに顔を合わせることになった。私の前職が多忙を極めていたため長年会う機会がなかったが、数年前に辞めてからというもの私は、比較的おだやかな日々を過ごしている。

 記憶にある姪は、鼻水を足らし、ドレミの歌を延々くちずさみつづけていた活発な幼児だった。膝小僧をよく擦りむいていて、姪の母親、言い換えれば私の妹に、私はよく苦言を呈していた。

 傷になったら困るだろ、女の子だろ、と。

 よもや久方ぶりに会った姪っ子に開口一番、同じセリフを口にするとは思ってもみなかった。

「おじさん、そういうのもう古いんだよ。女の子だから、なんて何の理由にもなってない」

「あ、ああ。そうだね。そのとおりだ」

 とはいえ、その歳にもなってまだ膝を擦りむいているとは思わなかった。聞けば、ストリートダンスを習いはじめたらしく、友人に止められたにもかかわらずアスファルトのうえで踊り、傷を負ったらしい。

 姪は、すっかり背が伸び、イマドキの若者らしい装いに身を包んでいた。というよりも、彼女の真似が流行っているだけのことなのだろう。

「きょうは奢りだからね、遠慮しないでね」姪が歩きだす。駅前から徒歩十分といった距離にあるレストランを予約していたようだ。

「ご馳走になるわけにはいかないよ。これはきみが女の子だからとか、姪っ子だからとか、そういうのとは違うからね」念を押しておく。

「でもきょうはこっちから誘ったし。話を聞いてもらうだけじゃなくて、なんていうか、助言をもらいたいっていうのもあるから」

「なら支払いの判断は保留にして、その話とやらを聞かせていただこうかな」

 まずはさておきご飯を食べよう、と言って道を進んだ。ふだんならそばに客人がいた場合、背中に手を添え、エスコートしているところだが、おそらく一般的ではないだろう。セクハラと捉えかねない。風習や文化は多様化しており、それがよい方向に働いていることもあれば、なかなか判断がむつかしくなっている要因にもなっている。ただ、こうして目上の男相手でもはっきりと意思表示できる時代になったのはよいことだと素直に評価したい。

 レストランに到着するまで姪が黙りこくってしまったので、脳内でかような思索を巡らせた。

「ぼーっとしすぎじゃない?」

 店内でスタッフにコートを渡してから姪が言った。薄暗くて表情が見えなかったが、おそらく笑っているのだろう。

「ふだんいる付き添いがいないせいかもしれない」それとなく言いわけを口にしてみせるが、通じたかは五分五分だ。姪は、ふうん、と気のない相槌を打ち、スタッフの案内のもと、奥にある個室に入っていった。あとにつづく。

 椅子に腰かけるなり、コースで、とスタッフに指示し、姪はそそくさと注文を済ましてしまった。料理はなんでも構わなかったが、手慣れた調子に、

「よく来るのかな」思ったので、そう訊ねた。

「ときどきね。仕事の打ち合わせとかで。ほら、じょーほーろうえいとかこわいでしょ」

 え、なんで笑ったの、と問われ、いいや、と誤魔化す。言い方が微笑ましかったのだ。

 料理が運ばれてくるまで姪はここ数年にはじめた仕事について語った。インスタグラマーとして名を馳せ、それから会社を興し、モデルから企画のプロデューサー、ラジオのMCから俳優業まで、いったいきみの正体はなんなのか、と目が回るほどに、多彩な方面で活躍していた。

「順風満帆じゃないか」

「そう見えるよね、やっぱり」

「引っかかる物言いだね。何か問題が?」

「んー」

 間がわるいことにここで料理が運ばれてくる。コースだと聞いていたが、テーブルいっぱいに料理が並ぶ。ありがとー、と気さくにスタッフに手を振るあたり、特別な計らいでこうしてもらっているのだと推量がつく。おおかた、これ以上、話の腰を折られないようにするためだろう。

 案の定、姪はスープを一皿カラにするあいだに、ひと通りの経緯を説明した。

 つまり、と私は話を要約する。「干されていると?」

「んー。どうだろ。それが判れば話が早いんだけどさ」

 ジョウキョウ証拠ってやつ?

 言いながら切り分けられたステーキに箸を突き刺し、一口に頬張る。

「しかし、ことごとくのオーディションに落ちているわけだろ」まずは意見する。「以前は受かっていたにも拘わらず。だったらそこには何かしらの作為があると見ていいんじゃないのかな」

「断言できればいいんだけどねぇ。だってさ。ただわたしの演技がわるかっただけかもしれないし。ひょっとしたら審査基準が変わっただけかもしれない」

「それにしても一次審査にもあがれないってことはないだろう、それだけの実績があって」

 それほど差があるのか、と訊ねる。審査にあがったほかのコたちと、それほど歴然とした差が、と。

「さあどうだろね。あるから落とされてる。そう思ってたし、べつに干されたなら干されたでべつにいいんだよね。そこの事務所だけが仕事相手なわけじゃないし。じっさいこうして不自由はしてないし」

 まずはそこでほっとした。姪が理不尽な事態に巻き込まれ、精神的にまいっているのではないか、と心配だった。それはないようだ。

「なら放っておいたらいい」

「わたしはいいんだよ。でも、ほかのひとたちまでそうやってイチャモンみたいに不当に評価されてたら、ううん、評価もされずに無視されてたら、それはちょっと見過ごせないなって」

 ああ、と急に懐かしくなった。彼女の母親、つまり私にとっての妹もまた、太古の日にそうやって眉間にシワを寄せ、子猫の姿で猛獣の威圧を放っていた。似ていると言ったら彼女のことだ、気をわるくするだろうと思い、

「きっかけはあるのかな」まずはさておき、さきを促す。「干されたと言うからには、何かきっかけがあったわけだろう。ひょっとしたらきみのほうに過失がないとも言い切れない」

「それはそうだね。うん。ザッツライ」姪は唇をすぼめ、ある種ヒョットコのような顔を浮かべながら、「仕事を断ったんだよね。約束破られたから。そしたらなんか、つぎからのオーディションにいっさい、受からなくなった。コメント一つもらえなくなったよね。なんなんだろ」

「その約束っていうのは?」

「絶対に舞台に立たせるっていう確約があって、じっさいそう説明されてたのに、白紙にされちゃった。インスタグラマーではなく、ちゃんと女優として起用したいからって、つぎの舞台にどうぞってさ」

「それほどわるい話には聞こえないような」

「だからさ。わたしはいいんだよ。得するよ、それでも。でも、じゃあ真面目に毎回オーディション受けてるひとたちは何なの? わたしはその舞台のオーディションで選ばれて、でもその舞台には立てなかった。だったらまた最初からオーディションを受けるのが筋じゃない?」

「だから断った? ホントに」

「あ。ばかだなって思ったんでしょ」

「いや」

 とっさに首をよこに振るが、そのじつ、内心ではそのとおりのことを思っていた。生真面目にすぎる。甘いと言ってもいい。とうていその世界でやっていけるとは思えない。

「わかってる。だからべつに、わたしが干される分にはべつにいいんだよ。ただ、ほかにもわたしみたいなコがいたらやだなって。あとは、そうそう、干すなら干すでちゃんと説明してほしいなって。出禁ってあるでしょ。わるいことしたひと入れないようにするやつ。あれって理由を説明してたら出禁だけど、そうじゃなくて一方的に排除してたら、それって差別だし、ハラスメントだと思うんだよね。おじさんはどう思う?」

「うーん。そこまで客観視できていて、何が知りたいのかな。きみはどうしたいの」

「独占禁止法ってあるって聞いたから。ほら、条件が合わずに仕事を断られたからって、つぎからその相手のこと不当に評価して仕事の機会を奪うようなことしたら、それって違法なんでしょ」

「そういうことか。たしかにそういう法律がある。さいきんはきみたちみたいなフリーランスを守るための法律が整備されてきているのは事実だ。ただし、因果関係をハッキリさせるのがむつかしい」

「ジョウキョウ証拠だけじゃダメなんでしょ」

「すくなくとも、きみを審査から弾くように指示した証拠か、それか数値的にきみの技量が一次審査に受からないのがおかしいことを証明しないと独占禁止法としての適用は厳しいだろうな」

「技量の数値って、そんなの無理じゃん。表現の世界に絶対的な評価なんてなくない? ないよね。ないもの」

「たとえばほかのオーディションで受かってみせれば」

 合格させなかったことが不当だと証明できるかもしれない、と言い切る前に、

「審査基準が違うって言われておしまいだよ。時代が変わっただけ、って言われておしまい。何の根拠にもならない」

「だとしても、きみがオーディションに受からなくなったのは、仕事を断ってからなのは確かなのだろ。だったらまずは状況証拠をもうすこし固めて、確実に、箸にも棒にもかからなかったという事実をつくりながら、ほかのオーディションを受けて合格するのが、妥当な気がするな。ただ、そもそも仕事の契約時に確約していたことを反故にされたらその時点で独禁法違反なんだがな」

「契約はしてないんだよね。そう説明されただけで」

「実際の条件より好条件に見えるように説明するだけでも充分に独禁法に抵触するはずだよ。契約書なしで仕事を発注したりするのも下請法に違反するし。公正取引委員会に相談してみたらどうかな」

 ただしその場合、彼女の名が申告者として公表されることになる。以降の仕事に影響が及ぶのは火を見るよりも明らかだ。

「うーん。むつかしいな。まあいいんだ。とにかく、そういうよくない風習をとっちめるには時間がかかりそう。いますぐには無理。それが判っただけでもありがとうだよ、おじさん」

「お役に立てなくてすまないね」

「ちっ。つかえねぇ」

 陽気にうそぶくところを鑑みれば、彼女のそれは愛嬌だ。彼女は誰かの威を借りて問題を解決しようと考えるような姑息な人物ではない。本当にただ、助言を欲し、そして疎遠だったおじに会いたかっただけなのだろう。希望的観測にすぎないが、相談事のほうはむしろついでだったのではないか、と彼女の徹頭徹尾あっけらかんとした様を眺め、そう思う。

「わたしの話はもういいよ。おじさんの話をしよう。仕事辞めたんだよね。いまは何してるの」

 聞かせて聞かせて。

 皿の山をかき分けるようにテーブルに身を乗りだし、頬杖をつくと、彼女は餌を欲しがる野良猫のように目を細める。

「そうだなぁ。いや、仕事自体はしているよ。前職は引いたけど。そうそう、このあいだ妻とな」

 そこから二時間ほど、姪との食事を楽しんだ。

 姪はこのあと仕事があるらしく、店のスタッフに頼んでタクシーを呼んでいた。聞けばお手洗いに立ったときにすでに会計を済ましたそうで、ざんねんでした、と勝ち誇られた。駅まで送ってくよ、とあごをしゃくられたが、お腹がいっぱいだ、と言って断った。「もうすこし休んでからいくよ」

「ふうん。そ。じゃ、またねー」

 手を振ると、友達と別れるような気さくさで彼女は個室をあとにした。

 久方ぶりに人間扱いされた心地がした。姪にご馳走になったからだけが理由ではない。新鮮というよりも感動にちかい。こういう人間関係もあったのか、とだいじなものを思いだしたような感慨がふつふつと湧く。

 しばらく椅子にもたれかかり、天井を眺める。

 姪はああ言っていたが、業界を敵に回すことの苦しさを知らないわけではないだろう。ややもすれば、いままさに苦しんでいるさなかであったのかもしれない。それをおくびにもださずにおじを楽しませ、清々しい気持ちのまま別れてくれた。

 礼の一つでもしておくのが、おとなとして、おじとしての役目ではないか。

 余計なお節介だとは分かっているが、せめて因果関係くらいは調査してやってもばちはあたるまい。

 ――姪の勘違いである可能性だってあるのだから。

 じぶんに言い聞かせながら、職務乱用にあたらないような方便を頭のなかで展開しつつ、私用のメディア端末を手に取る。秘書を通さずに連絡をするのは初めてだな。思いながら、むかし懇意にしていた便利屋の番号を押し、端末を耳にあてる。

「私だ。そう、前大統領の」

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掲載元:カクヨム【零こんま。132話
電子書籍:短編集【千物語(桃)

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