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【友死火(ともしび)よ、つぶやけ】

 2X世紀。人類は肉体から解き放たれ、活動の舞台を情報ネットワーク上に移した。従来の貨幣経済は失われ、代わりに個人信用価値が経済の円滑剤として台頭した。個人信用価値とはすなわち、「フォロワー数」と「高評価を意味する【iine】数――いわゆる【でんでんむし】」の多さによって規定される。のきなみそれらは、個々人の情報処理能力の多寡によって左右され、個人の優劣を査定せしめた。

 ひるがえって、フォロワー数とでんでんむし数の高さは、その者の情報処理能力の高さを示唆し、フォロワー数は戦闘力、そしてでんでんむし数は殺傷力の高さを意味した。

 そう、この時代にはもはや世界平和などという戯言は存在しない。

 日々、生きるか死ぬかのサバイバルデスマッチ。

 人々は、より強者をフォローし、自らの立ち位置を誇示することでその日を生き延び、あべこべに強者からフォロワーを奪おうと虎視眈々とその座を狙っている。

「やべー、逃げろ。アキコがきた。アキコがきやがった」

「アキコが?」私は呑んでいたジュールジュールを置き、振りかえる。「だってここは摩冬のコミュニティのはずだろ」

「知らねぇで来てたのか。摩冬は先月、ハルカのやろうにぶちのめされて、アカウントだけ残して消滅した」

「アカウントだけ残してって、あー」そりゃコミュニティは瓦解せずに残るわな、と納得する。「ということは、ハルカはそのときキミらを取りこまなかったのか」

「わざわざ敵の残党、とりこむほどバカじゃねぇってこったろ。むしろ、元々摩冬のフォロワーだったおれらみてぇのは根こそぎブロックしてるって話だ」

「それで今回、私を呼んだわけか。すこしでも戦力の足しになるように。後ろ盾なくしたキミらがアキコのようなインフルエンサーに喰われてしまわないように」

 そしてまさにいま、危惧していたことが起こったというわけだ。超災害級の脅威が乗りこんできた。

「フォローする道しか残されてねぇが、ちくしょう。アキコじゃなぁ」

「わかるよ。でんでんむしの強制だろ」

「奴隷とご主人さまの関係だよ。まさにだよ。摩冬さんはよかったなぁ。惜しいひとを失くした」

 コミュニティをぐるっと囲んだドーム型の防壁に穴を開け、アキコは姿を現した。私は眼球の解析ズームをONにする。驚いた。以前目にしたときよりも「フォロワー数(戦闘力)」が増している。一瞬にしてこのコミュニティを焼き野原にすることが可能なほどで、直近の平均でんでんむし数が、五十万を超している。ありえない。諸外国の大統領なみだ。

 アキコは丘のうえに立ち、吠えた。

「十数える。そのあいだに助かりたいやつはあたしの配下にこい」

 数えるぞ、とコミュニティ全土に声をひびかせ、アキコは、サーン、とまさかの七つ飛ばしで、ニ、イチ、と唱えた。

 ゼロ。

 アキコが言うや否や、彼女は真っ赤に発光する。天地から熱を奪っているかのごとく様相で、あべこべに大地は青白く、そらは群青に変色した。

 アキコは口を大きく開く。大蛇がシカを丸呑みにするようなあんぐり具合で、心なし目まで古代種のトカゲじみている。

「もうだめだ。おまえだけは助かってくれ」

「友を置いてはいけないよ」私は一歩まえに踏みだす。

「お、おい」

「聞こえるか、後ろ盾を持たぬただの人ども」私は情報思念を飛ばし、この場にいる者たちへ刹那に言葉を伝える。「おまえたちは知らないだろうが、むかし人類がまだ物理的肉体を持っていたころ、人々は裏アカと呼ばれるものをつくっていた。いまのおまえたちには理解できないだろう。わざわざ苦労して溜めた個人信用価値をわきに置いて、べつのアカウントをつくるなんて。まるで虎が猫のふりをするようなものだ。或いは、人が影となって旅をするようなものかもしれない」

 人々の顔が、視覚野に複眼がごとく並んでいく。みな、声の主が誰なのか、と目を丸くしながらも、目のまえの脅威、アキコへのおそれに顔を歪めている。

「おそれるな」私は言った。「個人信用価値など真に価値あるモノのまえには、ただの陽炎にすぎぬ」

 私はゆびを頭上にかかげ、裏アカから表のアカウントへと換装する。ゆびさきから順々に、太陽のごとく透明なゆらぎにつつまれる。

「我、ぬしらに推されし者。ぬしら、我のこころの灯となりし者。我ら、共に世界を生きる者――いま、ここにふたたび、あいまみえよ」

 天高く突きあげたゆびさきを一転、空を切り裂くように振りおろす。

 すると途端に、脅威たるアキコの周囲にぽつぽつとちいさな穴が開く。空間に開いたそれは、とどまることを知らず、アキコの左右上下をまんべんなく囲い尽くす。球形に風景が塗りつぶされていくようでいて、そのじつ、アキコはその中心で、より最大出力の攻撃を放とうと、いっそうの熱を溜めこんでいる。耳にするだけで爛れそうな音がジュウジュウと鳴っている。

 そのあいだも、ちいさな穴はアキコを囲みつづけ、徐々にその複合体である球形を大きくしていく。細胞分裂を繰りかえす受精卵じみている。しまいには、かろうじて隙間から見えていたアキコの姿も、巨大な黒い穴の向こう側に見えなくなった。

 アキコが攻撃を放ったのだろう、巨大な黒い穴の表面に赤い筋が走る。ヒビのように錯綜するそれは、間もなく、ジュウジュウという音が聞こえなくなると共になりを潜めた。アキコのいた地点には、大きな黒い穴が浮いている。一見すれば玉のようにしか見えないが、あれは立体を伴ってはいない。

「助かったんですか」我が友がその場に崩れ落ちる。腰が抜けたのかもしれない。

「終わりと思ったか? 甘いな」

 アキコはまだあの巨大な穴のなかにいる。このままで終わらせはしない。

 私は下げていたゆびさきを、こんどは水平に掲げる。そして標準を巨大な黒い穴の中心にあわせ、

「我が【友死火(ともしび)】よ、つぶやけ」

 合図を皮切りに巨大な黒い穴は膨れあがり、その増えた体積分、おにぎりが米粒に分解されるように、一つ一つのちいさな穴が黒く無数に浮きあがる。

 ちいさな穴からはいっせいに、閃光が一直線となってそそがれる。中心の一点に向かって。そこではアキコが第二波を放とうと、ふたたび赤色発光している。

 私はゆびを弾くように開き、そして、ぎゅうと握る。

 巨大な穴の中心から記憶が消し飛ぶような光の層が分厚く噴きでたかと思うや否や、それを塞ぐかのように無数のちいさな穴たちが凝縮し、ぴったりと身を寄せ合い、隙間を埋める。

 あとには、こぶし大ほどになった黒い玉が宙に浮くだけとなり、そこにはアキコの姿も、アキコをフォローしていた者たちの気配もないのだった。

 私が手を払うと、最後に残った黒い玉も、さらさらと風にまじり、霧散した。

「消してしまったのですか」友が声をかけてくる。「我々は助かったんですか」

「かしこまらないでくれ。こんな姿だが、私はきみのよく知る友のままだ」

 言って、裏アカへと姿を回帰する。それでも友は地面にひざをついたまま、何かに怯えるように、伏し目がちに、

「アキコは、彼女たちはどこに」と続けた。彼女たち、と言い直したからには、アキコだけでなく、彼女のフォロワーごと私が活動情報領域から消し去ったことを我が友は察しているのだろう。

「彼らは、我が【友死火】に打ち溶けた」

「……五千億」友はそう漏らすと、「ありえない」と首を振る。「あなたの個人信用価値は、先刻、五千億まで増えていたように見えました。しかし現存する人類の数を倍にしてもそれだけの数には」

「いたのだよ。むかしは。彼ら、彼女らは、この世にたしかに存在した。私はそれを忘れなかった。忘れずに、共にありつづけようとした。それだけのことだよ」

 友は息を呑むと、いつかわたしもそこに、とようやくと言うべきか、頬を緩めた。

「なつみ。それは本名ですか」

 問われたので、私は正直に、かつてはそう呼ばれていたよ、と口にする。「そしてきっと、これからも」

 きみが憶えていてくれるかぎり。

 私は我が友に背を向け、耳を澄ます。この地に最後に残ったインフルエンサー、ハルカがまたどこかで無慈悲に暴れている。張り合える相手を探しているのだと、ようやく気づき、私は彼女のもとに座標転移すべく、目をつむる。

 ハルカ。

 私から独立した、初代裏アカ。

 生みの親として私はおまえを統合しよう。

 古から生きつづける我が表のアカウントに。

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掲載元:カクヨム【零こんま。134話

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