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感情の時代によせて - インフォデミックに飲み込まれないためのEIとメンタルヘルス・リテラシー

みなさんこんにちは。ゴールデンウィークも明け、いかがお過ごしでしょうか。突然ですが、2020年代は感情の時代になると思います。ごく個人的な主観や一定のポジショントークでもありつつ、さまざまな事実や問題がそうなることを予見しています。「心理的安全性」や「サーバント・リーダーシップ」、「コーチング」や「アサーティブ・コミュニケーション」など、ビジネススキルとして注目の集まる分野の多くが、人間が大変に感情的な動物であることを前提としています。今回はその話しをします。

感情の時代では、人々が自他の感情と向き合うこと、感情と向き合うスキルを高めることが最も大切なこととして扱われます。感情の時代では、AI(Artificial intelligence)や AI に関する知識と同じくらい、EI(Emotional Intelligence・感情的知性)が重要視されます。感情の時代では、ITリテラシーの格差と同程度に、メンタルヘルス・リテラシーの格差が生まれ、必然的にその教育が重要視されます。

COVID-19 とインフォデミック

インフォデミックはエピデミック(Epidemic)と情報(Information)を合わせた造語です。COVID-19 の世界的流行はパンデミックであると同時に、インフォデミックでもあるとされています。WHO の公式サイトにインフォデミックの説明があります。 

かいつまむと、どのような状態がインフォデミックであるかについて、以下のように説明できます。

1. 病気や健康、安全に関する正確な情報と不正確な情報が大量に拡散され、人々の不安が増大する
2. 不安が増大することで不正確な情報の拡大が促進される
3. 結果、正しい情報にアクセスできなくなり、根拠のない情報に基づく考えや行動が生じる状態

COVID-19 の流行を起因とするインフォデミックの事例は、国内だけでも枚挙に暇がありません。特定商品の買い占め、根拠のない予防策の流布などがその一例です。

インフォデミックは COVID-19 の感染拡大によって広まった言葉ですが、Wiktionary の infodemic の項の編集履歴 を見ると、2010年には項目が追加されています。2010年というと、日本国内で Twitter の月間利用者が1,000万人を越えたり、奇しくも公式RT(リツイート)機能が搭載された年でもありました。

2019年以前にも、明らかにインフォデミックである思われる例を探すことができます。例えば、震災時におこる「災害デマ」はそのままインフォデミックと呼んで差し支えないでしょう。

SNSの炎上もインフォデミックも「心の反応」が原因

誤った情報が拡散されることで何らかの社会的不具合が起きている状態ということが狭義のインフォデミックと言えますが、昨今問題視されることが多くなった「SNSの炎上」についても、発言の一部が切り取られ、悪意持ってあることないこと雪だるま式に拡散していく性質をみると、広義のインフォデミックとして区分ができます。

共通するのは、人々の「心が反応」してしまうことで起きている、ということです。「心の反応」の問題が顕著になったのは、人々の心が変わったのではなく、人々の反応を喚起するようにネットメディアが最適化されてきているとも言えます。この最適化は SNS や バイラルメディアに特に顕著です。Search Engine Optimization(SEO・サーチエンジンへの最適化)に代わって Cognitive & Emotional Reaction Optimization(CEO・認知と感情の反応への最適化)に企業が心血を注ぐようになったということなのかも知れません(このくだりは冗談です)。

炎上やフェイクニュースに巻き込まれなかったとしても、Twitter のハッシュタグや総合ニュースサイトの見出しをみて、嫌悪や怒り、モヤモヤした気持ちを感じるといったことは日常的に起こり得えます。友人の幸せそうな Facebook の投稿を見て嫉妬心にかられることもあるかも知れません。SNS疲れ、はまさにこうした心が反応してしまうことに対する疲労の蓄積だと言えます。

過剰に反応することで人生を損している

ごく個人的な体験を話します。僕は2015年から2019年まで、起業をして法人の代表をつとめていました。そのときのトライがどれもこれも上手くいかなかったのは過去に note に書いたとおりなのですが、起業したことや上手くいかなかったことへの後悔は全然ありません。しかしながら「その瞬間瞬間を充分に楽しめなかった」ということに対しては後悔があります。

恋人と別れたときのつらさと悲しみ、惨めさを想像してほしい。そして、その翌週に宝くじに当たったと想像してみてほしい。新興企業を創設する人は、そうしたジェットコースターのような感情の起伏を体験することになる。

CNET Japan - 新興企業の創設者を襲う精神的ストレス--感情の激しい起伏に対処するには https://japan.cnet.com/article/35017762/

起業した人が自分自身の感情やストレスに苦しめられるというのは万国共通なようです(もっとも僕は宝くじを当たったような気分を経験できませんでしたが...)。

まず、起業前に所属していた組織の上場期を駆け抜けたあとの疲労を充分に癒す前に新しいことを始めてしまいました(バーンアウト)。リリースしたプロダクトが期待していたより収益を生みださない現実に直面したとき、あるいはピッチ大会の反応が好意的でなかったとき、自分がやってきたことは間違っていて、自身の人格が欠落しているのだと感じるようになりました(認知的フュージョン)。次第に、事業に対して正面からフィードバックを受けることが嫌になりました(体験の回避)。そののちに、自分という人間にはまったく価値がないんだという考えを持つようになりました(認知の歪み・全か無か思考)。また、この次期は他人の成功を横目で見るのがとても苦痛でした。タイムラインを嫌な気持ちで眺めながらさまざまな考えが頭に浮かび、目の前のことに集中できないときもありました(マインドワンダリング)。

もちろん、全ての瞬間が苦痛だったというわけではないのですが…。とにかく、起業中に自分自身を苦しめていたのは自分自身の考えや感情でした。それらを手放し、新しいことに挑戦しているという「いまこの瞬間」に気づき、大切にできていれば、最終的に廃業という結果は変わらなくとも、もっとあの体験を楽しめたのではないか。人が、人の心の働きについて学び、訓練をすることで感情に飲み込まれない自分をつくれる可能性について知ったいま、僕が唯一後悔していることはそうしたことです。

この経験をつうじて、自分で自分の人生を毀損することはやめ、自分の人生を生きよう、と考えるようになりました。

「反応しない」はつくれる

心の反応が自分を苦しめることはわかったし、あるいはもうわかっている。ではどうすればよいのでしょう。『反応しない練習(KADOKAWA/中経出版)』によると、トレーニングによって培うことができるそうです。

ただ、実際に〝執着〟を手放す修行法──世間では「座禅」とか「ヴィパッサナー瞑想」と呼ばれています──を振り返ってみると、もう少し「深い原因」が見えてきます。人はなぜ、悩み、執着を手放せないのか。なぜ日頃、さまざまな問題を抱えてしまうのか。そうした悩ましい現実を作り出しているのは、〝心の反応〟であることが、明らかになってくるのです。(Kindle Locations 237-240.)

「修行」というとストイックな印象を持ちますが、伝統的に精神修行と呼ばれているものは「反応しない練習」をしていると置き換えれば、少し身近になるでしょうか。

人が悩んでしまう理由の一つは、「判断しすぎる心」にあります。「判断」とは、この仕事に意味があるとかないとか、人生は生きている値打ちがあるとかないとか、彼と自分を比較すれば、どちらが優れている、劣っているといった「決めつけ」「思い込み」のことです。(Kindle Locations 527-530.)

タイトルがおあつらえ向きでしたので書籍『反応しない練習』を取り上げましたが、ここに書かれていることはマインドフルネスが伝えようとしていることとじつに多くの点で共通しています。引用文に出てくる「ヴィパッサナー瞑想」は「観瞑想」とも呼ばれ、マインドフルネス瞑想のベースになっている瞑想方法です。じっさい、『反応しない練習』の中でもマインドフルネスに直接言及があります。

これらの二つの方法──①言葉で確認する、②感覚を意識する──は、ブッダが生きていた時代には、「サティ」(sati)と呼ばれていました。禅の世界では「念じる」、瞑想の世界では「マインドフルネス」と呼ばれています。(Kindle Locations 419-421.)

マインドフルネスと EI

ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)には、EI シリーズというラインナップが存在します。EI とは(Emotional Intelligence・感情的知性)のことで、EIやEQ に対してはさまざまな人々がさまざまな立場を取っているようですが、個人的には、AI (Artificial intelligence)、BI(Business Intelligence)などに続く xI ワードとして、EI という呼称は気に入っています。

HBR はビジネスリーダー向けに書かれているためリーダーシップや組織改善の文脈の説明が多い傾向にありますが、なぜ EI が大切か、マインドフルネスが EI をどのように向上させるのかについていくつかの実例を元に説明しています。

ここで主張したいのは、マインドフルネスが素晴らしい、ということではなく(それも伝えたくはあるのですが!)、自分の心と向き合うことがじつにさまざまな場面で真剣に研究・議論されているということです。コーチングやサーバント・リーダーシップなどがマネジメント論とセットで語られるように、今後 EI もそのラインナップに加わっていくでしょう。

マインドフルネスと心理療法

アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT、アクト)と呼ばれる心理療法があります。心理療法というと、「心にダメージを受けてしまった人のもの」というイメージを抱くかも知れませんが、ACT が体系だって伝えるメッセージからは、普遍的な価値が見出せます。

『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない(ラス・ハリス(出版社、筑摩書房)』では、次の4つは神話(幻想であって真実ではないもの)であると説明しています。

1. 幸福はすべての人類にとって自然な状態だ
2. 幸福でないのはあなたに欠陥があるからだ
3. より良い人生を創造するためにネガティブな感情を追い払わなければならない
4. 自分の思考や感情をコントロールできなければいけない
(18-20頁より抜粋)

同著には、前述の「反応しない心」に関連するものとして、「思考する自己」と「観察する自己」という2つの「自己」について言及するトピックがあります。

思考する自己はラジオのようなものだ。(略)二十四時間ひっきりなしにネガティブな物語を流している。(略)まずいことに、このラジオはスイッチが切れない。(略)止めようとすればするほど音は大きくなる。(83頁より引用)

ラジオのノイズは、まさにインフォデミックによって押し寄せる情報の波、それに付随して生まれる自分の思考や感情だと言えます。

思考する自己が役に立たないことを言っても、観察する自己がそれに注目する必要はない。観察する自己はその思考を認め、自分がしていることに注意を戻せばよい。(83頁より引用)

観察する自己を培うための一つの手法として、マインドフルネスが挙げられています。

ACTは価額に基づいた手法で、宗教やスピリチュアルな信仰とは無縁だ。ACTではマインドフルネスの手法を素早く効果的に、ほんの数分ででんじゅすることが可能だ。(46頁より引用)

自他の心について理解するメンタルヘルス・リテラシーを高める

心の健康に関する知識全般を、メンタルヘルス・リテラシーと呼びます。それほど馴染みのある言葉ではなかも知れませんが、英語圏に追従する形で国内でも近年注目が高まっています。

メンタルヘルス・リテラシーには、精神的な障害や問題を認識する能力、メンタルヘルスに関する情報を入手する方法を知っていること、危因子や原因、セルフケアの方法、利用可能な専門家の助けについての知識、および認識と適切な援助を求めることを促進する態度が含まれます。

メンタルヘルス・リテラシーを向上させることで、自分の心に対する課題を解決する助力を内外に得ることができます。自分で自分をケアすることをセルフケア・またはセルフヘルプと呼びます。

「過剰に反応することで人生を損している」の本文で括弧書きした用語は、僕の経験してきたことにあとからラベルを付けたものです。抽出して下記に再掲します。

・バーンアウト
・認知的フュージョン
・体験の回避
・認知の歪み・全か無か思考
・マインドワンダリング

これらは、統一された一つの理論からもたらされたものではなく、さまざまなものから "つまみ食い" したものであることはご容赦ください。いずれにしても「いま、自分は体験の回避に陥っている状態だなということに気づくというだけで自分の思考に飲み込まれることを避けられるし、余裕のあるときは、身につけた対処法を実践することもできます。

つい先日、日経新聞に「メンタルヘルス・リテラシー」に言及する記事が掲載されていました。

義務教育や10代の教育の過程で、メンタルヘルス・リテラシーについて学ぶのは大変よいことだと考えています(僕も学びたかった)。

感情の時代によせて

冒頭に書いたとおり、これからますます「感情の時代」になります。日常生活や仕事、ひいては自分の人生をどのように過ごすか、あるいは過ごせるかが、自分自身の感情との付き合い方にかかっていると考えています。インフォデミックはこれからも続きます。SNS やワイドショー、ニュースポータルの情報の渦に飲み込まれてしまわない、防衛のための手段が必要です。

心の病気や課題は人の弱さが招くものではなく、そこかしこに存在するものです。そもそも、メンタルヘルス・リテラシーは「病気に対処する」ためだけに身につけるものではありません。先進的なテック企業やプロスポーツチーム が EI やマインドフルネスに注目し実践していることからもこれは明らかです。

人々が自分で自分の人生を毀損することなく、自分自身で選んだ人生を生きているという社会の到来を望みます。

最後になりますが、僕は仕事としてもメンタルヘルスケアおよびメンタルウェルネスの分野に取り組んでいます。

今回書いたトピックに興味、共感いただける方、ユーザーとして、パートナーとして、ともにつくるメンバーとして、歓迎いたします。ぜひご連絡を!

Cover Photo by Tim J

お読みいただいてありがとうございます。