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パスの答え

しばふ

11月の秋晴れ、雨が続いていた近頃には珍しく空にはパステルカラーの水色が広がっている。

そんな天気とは裏腹に僕はどんよりとした気持ちが続いていた。

そう、4月から始めたシェアハウスの同居人が持ち込んだ低気圧だ。

同居人とは元々幼い頃からの知り合いで家も近所同士、大学こそ違うものの定期的に遊びに行く気心の知れた仲だった。

2人とも就職先が東京ということもあり、上京したらシェアハウスしようと持ちかけられていたのだ。

僕としてもいきなり1人での社会人生活は不安だし、学校でもムードメーカーだった彼なら一緒に住んでも大丈夫だろうと快諾した。

これが全ての間違いだった。

まるで今までの常識が通用しない。
トイレから出た後に手は洗わないし、使ったティッシュもゴミ箱に入れない。挙句の果てに僕の部屋から勝手に物を持って行っては片付けない。

仮に僕が女性だったら絶対にこいつとは結婚できない、と誰も得をしないたらればを心の中に閉じ込めて我慢しているうちにどんどん心の気圧が下がって今に至るのである。

悪いヤツではないのだが、共同生活となるとストレスが溜まるので最近はもっぱら自室でゲームに興じている。

最近はサッカーゲームにハマっている。
僕自身はスポーツの経験はほぼないのだが、昔から見るのは好きで知識だけは一丁前にある。

今はまっているサッカーゲームも思い通り動かせるようになり、たまにうまく行ったプレーがあるとマンガや雑誌で選手が話していたこととリンクしてさらに沼にハマっていく。

「ゲームみたいに自分の思い通りに色々と操作できたらいいのになぁ」

と、独り言を漏らしていると部屋の入り口から「そんな甘くねえよ」と声をかけられた。

不意をつかれた僕の奇声と宙を舞うコントローラーを、勝手に入ってきた同居人は「何してんだこいつ」みたいな目で眺めていた。

良かったな、やっていたのがサッカーゲームで。
格闘ゲームだったら一発レッドの一撃をお見舞いしてたところだ。

「香水借りるわ」とおもむろに僕の香水を持ち去ろうとする同居人を僕は制止した。

「お前いっつも元の場所戻さねえし、片付けもしねえし貸したくねえよ」と僕が言うと、

「いいじゃんか、お前にだからお願いしてんだよ。
信頼してる仲じゃなきゃオレこんな自由にしてないぜ?」と同居人。

バラエティー番組で「私が認められる人って本当に少ないから光栄に思ってほしい」と話していた女の子がいて、こんなヤツさすがにヤラセだろと思っていたがホントにいた。しかも身近に。

怒るどころが呆れてなにも言えない僕に、「そんじゃ借りてくわ」と返答を聞かずに同居人は香水を持ち去った。

しばらく呆然としていたが、なんだか諦めがついて僕は再びゲームを始めた。

同居人はひとつだけ正解を言っていた。それは全て思い通りになるほど世の中は甘くないという事だ。

しかし、思い通りに行かないと言うことは解っているのに、なぜ自分が信頼していると言うことが傍若無人な態度の免罪符になると思い込んでいるのだろうか。

Jリーグの得点王を取ったトッププレイヤーが「もっと気持ちいいパスを出したいと思ってると僕は思ってます。だからそのパスを引き出せるように僕も必死です。」と話していた。

もし「気持ちいいパスを出せるように頑張ってほしいですね」なんて答えていたら、その人の評価はさておき、なんとも感じ悪い人だという印象は付きまとうだろう。

重要なのは立場と状況なのだ。

パスを出したのであれば、そのパスの良し悪しは貰い手が答えを持っているし、逆にパスの貰い方の良し悪しの答えはパスの出し手が持っている。

信頼もされて嬉しいかどうかは受け取り手次第じゃないだろうか。
少なくとも、この一件に関しては「都合よく使ってるやつを言いくるめるための一言」としか僕は捉えられない。

せめて僕は自分ができることに目を向けて、相手からもらえる答えを自分が欲しい答えと合わせられるように頑張ろうと思う。

が、画面上で通らなかったパスに「なんで通らねえんだよ」と言ってるあたり、僕の心が晴れ渡るのはまだまだ先の話だろう。

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