『15時17分、パリ行き』

観たのは去年だけど。

考えれば考えるほど変な映画だ。こんなテレビの再現ドラマみたいな話がどうしてこんなに面白くて、泣けてしまうのか。

「実話を基にした」という謳い文句が好きではなく、この作品もまあ、無差別テロに遭遇した人達をドキュメンタリータッチで描いた作品、とかその類いだろうと思っていた。ところが始まって早々、、三人組の一人の語りとともに、映画はいきなり彼らの過去に飛ぶ。軍隊オタな子ども時代、パラレスキュー隊に志願するもうまくいかず落第を繰り返す青年時代、そして幼なじみ三人が久しぶりに再会したヨーロッパ観光。決定的な「事件」にはいつまで経っても辿り着かない。その事件もわりとあっさり犯人を制圧して、その後の負傷者の描写の方が長かったくらいだ。
作中でけっこうな時間を割いているヨーロッパ旅行なんて、ほんとに普通の人々のロードムービー(「ムービー」かどうかすら怪しい)、というかただの観光を映しているだけ。
旅先で出会った女の子はちょっと食事して名所巡っただけで次のカットでは普通にいなくなる。
なのに、なんか良いのだ。気の良い普通の若者が、ただ旅行を楽しんでいるだけ、という、物語から投げ出された現実の時間がポンと目の前に示される。しかし同時に、これら一連のシーンは過去の出来事の再現でもあるという目眩のするような二重性。

ある意味最大のクライマックスが勲章授与のシーンだ。「ラストに流れる実際の映像」「エンドロールに本人登場」みたいな実話映画の定番を逆手に取って(しかしまた近年のその定型を作ったのはイーストウッド自身でもある)、虚実をひっくり返す大仕掛けを打っている。それもきわめてさりげなく。この場面の異様な感動に思わず笑ってしまった。

「実話を基にした映画」というジャンルを揺さぶる最高の一発ネタ。しかし再見に耐える。むしろ観る度に良い。繰り返し観ることであの一瞬への全ての繋がりがわかってくる。この映画のキャスティングは重大なネタバレ要素だが、それを知ったうえで観た方が楽しめる。
いや、仕掛けなどという小賢しいものではないのかもしれない。なんというかフィクションの底が抜けている。90近い監督とは思えない作品の若さに驚かされる。

「実話を基にした映画」が今後どのような手法でこの映画を乗り越えていくのか楽しみだ(『アメリカン・アニマルズ』が虚実の描き方でとても面白いアプローチをしていた)

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