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『インサイド・ヘッド2』を観て思った、職場の自分

『インサイド・ヘッド2』の
レビューを投稿しました。

この作品は本当に
胸に刺さるものがありました。

タイミング的なものもあって、
仕事ですごく嫌なことが
あった直後に観たので、
いろいろ重なる部分もあり、

余計に感情移入できた
というのもあります。

そういう意味では、
現実世界の嫌なことが
非常にいいスパイスになったかな
という感じもあって、

なんというか、
感謝したい気持ちがありますね。

嫌な思いができたことに(笑)

いや、ホント、
実生活の中ではそういった
ネガティブなことはままあって、

そういうことも捉え方次第なのかな、
と思ったりもします。

私が今までの人生で味わった
「嫌だったこと」が一切なくて、
そういう感情を知らなかったら、

たぶん、全然違う人間に
なっていたことでしょう。

もちろん、それには
いいことばかりではなくて、
プラス、マイナスの両面が
あると思います。

例えば、私がものすごく優秀で、
なんでも思い通りに
できてしまう人間だったら、

こうやって文章を書く能力は
育まれなかったと思うんですよね。

現実の物事があまりにも
思うようにいかないものだから、

それを言語化する能力を
身につけざるを得なかった
とも言えます。

スルッとなんでもできてしまうなら、
それを言語化することに
意味もないですし、
なんにも考えないでしょう。

そして、そういう人間だったら、
私はどこに行っても
自由気ままにふるまえる
勝手な人間になっていたかもしれません。

あくまでも「if」の世界なので、
わかりませんが、
たぶん、本来の私の気質から考えると、

そういう調子に乗った人間に
なっていただろうということが
簡単に想像できてしまいます。

若い頃は結構、
調子に乗ってましたからね(^^;

『インサイド・ヘッド2』の
レビューの中でも書きましたが、

人は成長する過程で、
いろんな「公」の顔を演じなければ
ならない時が多くなってきます。

そこをうまく割り切れたらいいのですが、
いつもうまくいくとは限らないんですよね。

例えば、最近の私は職場では
ほとんど「機械」みたいだなぁ
と思ったりするんです。

周囲の人たちの
私に対する振る舞いも含めて、
非常に「機械」然としてきた
感じがあります。

これにはいいところもあれば、
悪いところもあります。

若い頃の私は不遜にも
自分の意見を公の場で、
堂々と言ってしまうところが
あったんですよね。

それが若い頃の私の
「アイデンティティ」でも
ありました。

なんで、みんなは、
自分の意見を言わなんだろう?
と不思議にすら思っていたんです。

しかし、段々、歳をとっていく中で、
徐々にそういう立場から
降りるように、

ひたすら、黙り込むようになりました。

『インサイド・ヘッド2』で言うと、
「シンパイ」が全面に出て、
「ヨロコビ」が引っ込んでいる状態です。

なぜ、そういう変化が
あったのかというと、

自分の意見を言うことで
損をすることが圧倒的に
多かったからです。

もし、周りが私の考えを聴いて、
「それはいいアイディアだ」とか
「助かった」という人がいれば、
全然結果は違ったでしょう。

以前のように、どんな場でも
自分の意見を主張する
人間のままだったはずです。

なぜならば、
それが人の役に立つからです。

実際は逆だったんですよね。

意見を言っても無視される、
アドバイスをしても、
反感を持たれることが
圧倒的に多かったんです。

つまり、何かに対して、
自分の考えを述べることは
「損」なので、

私は自分の「得」になる方を
選ぶことにしただけなんですよね。

もしかしたら、私のことを
よく知らない同僚の中には、
「アイツは考えることをやめた」
と思っている人もいるかもしれません。

でも、別に考えるのを
やめたわけではないんです。

職場では考えを口にすることを
やめただけなんです。

まぁ、今となっては
どう思われようともいいんですが。

そして、主張することで、
背負うことになる
一番大きなリスクは
「責任」を追うことです。

これが一番厄介ですね。

私は責任なんて持ちたくないんです。

できるだけ「無責任」な立場で
いたいんですね。

これは職場に限らずです。

「責任」が一番持ちたくない荷物です。

「無責任」が一番楽で、
自由にいられるんですよね。

いや、逆に言えば、
私に「責任」を負わせるなら、
それなりの見返りがほしいです。

「責任」を持つからには、
なんでも私の言うとおりに
周りも動いてほしい、
くらいに思います。

それはそうでしょう。

何かあったら私が責任を負うのだから。

そういうことをわかっていない人が
すごく多いんですよね。

都合のいい時だけ
「責任」を負わせる、

こういう態度が一番ダメですね。

責任を負わせるなら、
権限もセットで与えないと、
まったく意味がありません。

少なくとも、私の今の職場は、
そういうことを
わかっていない人たちが
取り仕切っているので、

私はこれからもなるべく
「無責任」な立場で乗り切るつもりです。

『インサイド・ヘッド2』を観て、
こういった職場のあれこれを
思い出しました。

これからも職場では
「機械」として働くつもりです。

本当の私のヨロコビ、
カナシミ、イカリ、
イライラ、ビビリは
ここ(note)にあるので。

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