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3人が語るニューアルバム『WHO?』のすべて <前編>

予定していた全国ツアーの全公演中止が余儀なくされた2020年、いきものがかりはアルバム制作に踏み切った。
タイトルは『WHO?』。
“今だからこそ届けたい”全9曲に込められた想いから制作の舞台裏まで。
メンバー3人がたっぷりと語り合ったスペシャルインタビューを前後編でお届けする。


-独立からもうすぐ1年が経ちますが、この1年は本当にいろいろなことがありましたね。

山下:そうですね。去年の今頃にはツアーのリハーサルをやっていたんですけど、そこからもう、いろいろなことが起きてしまって。

水野:あのときの空気はすごく覚えてる。曲も全部さらって、あとはゲネプロで流れを確認するだけという段階だったんですよ。だけど途中で制作スタッフの人が来て、「そっかあ……」という空気になって。

吉岡:突然ちぎられちゃった感じだったよね。そこからは「次、何ができる?」という話を常にしていたし、慌ただしく動いていたけど、例えば「今ここの会場を押さえようとしててね……」ということはファンのみなさんには言えないじゃないですか。自分たちの動きが外に伝わらない、伝えられないという状況があったから、みなさんにとっては空白の時間だったんじゃないかと思う。それが心苦しかったです。


-先日3月14日には無観客配信ライブがありましたし、4~6月には全国ツアーとして久々の有観客ライブを行うことが発表されました。今年に入ってからはどのように過ごしていたのでしょうか?

水野:ライブのリハーサルやリリースに向けたプロモーションをしてきましたが、そのスケジュールもイレギュラーでしたね。コロナ以前は、例えば3月にライブがあるとしたら2月にリハをして……と順を追ってスケジュールを組めたんですよ。だけど今はいつ会場がとれるのか分からない状況だし、僕らの場合、ライブをサポートしてくれるミュージシャンのみなさんのスケジュール調整も必要になる。なので、ライブの本番は3月や4月以降だけどリハーサルは1月にやる、という具合に間が空いてしまったんです。1月にリハーサルをしてライブモードになったと思いきや、2月からはプロモーションが始まってテレビモードになって。またライブモードに戻る、みたいな。


-そういう難しさが出てくるんですね。

水野:この1年間はそういうモードの切り替えがたくさんあったから、体力的な忙しさよりも、精神的な疲弊があったかもしれません。

吉岡:そんな中でも、話し合う機会を設けて、コミュニケーションをとりながら一つひとつを進めることができた。気持ち的にすごく密だったのは、よかったことなんじゃないかな?


-独立するとき、そういうチーム環境を目指したいと仰ってましたからね。

水野:やっぱりこのタイミングで独立しておいてよかったと思います。というのも、これほどの苦境ってそんなに訪れないと思うんですよ。嵐の中、3人でできないなりにいろいろなことをやって、スタッフのみなさんとも連携をとりながら、支えてもらって……ということができたのは、今後の糧になるというか。5年、10年経ったあとに「2020年を経験してよかったよね」と言えればいいなと思います。

-3月31日にリリースされる『WHO?』は、前作『WE DO』以来1年3カ月ぶりのアルバムです。2020年はツアーをまわる予定だったということは、そもそもこんなに早いスパンでアルバムを出すつもりではなかったのでは?

水野:仰る通りですね。2020年はライブをやる年という認識だったんですけど、夏ぐらいから「ライブができないならアルバム作ろう」という話になって。

山下:最初はミニアルバムを出そうかって言ってたよね。

水野:そう。7曲ぐらいしかなかったから「ミニアルバムという呼び方にしようか」って。アルバム名を数字にしようと思っていたんですよ。7曲入っているから『7』みたいな。だけど制作が進んでいく中で曲数が増えて、「だったらもうアルバムと呼べるんじゃないか」というふうに変わっていって。


-なるほど、だからいつもよりも曲数が少ないんですね。アルバム全体の尺がこんなに短いのは初めてじゃないですか?

水野:そうですね。これまでは、できるだけ長くしたくて。

山下:だから、今までは結構フルフルで入れてきたんですよ。14~15曲はザラにあったし。

水野:最初は曲数が少ないのも結構不安だったんですけど、スタッフさんたちから「いや、9曲でも全然いけると思うよ」と言われて。

山下:でもまあ、アルバムで9曲というのはライトに聴けて今っぽいのかもしれないですね。


-いきものがかりは、アルバムのコンセプトを決めてから制作を進めていくタイプではなく、新曲を作っていくうちに「こういうアルバムだよね」というのが徐々に見えてくるというタイプでしたよね。

水野:そうですね。今回もそんな感じです。アルバムの話を始めた頃は、「生きる」と「きらきらにひかる」はあったけど、「BAKU」と「TSUZUKU」はまだできていなかったような……。どちらにせよ、先行してあったのは全部自分の曲だったんですけど、なんとなくストイックなトーンのアルバムになりそうだったんですよ。だから「重くなりすぎないように」ということはすごく考えてました。そこで聖恵に「気持ちが抜けるような明るい曲を書いてほしい」と頼んだりして。

山下:自分も聖恵と同じタイミングで曲を書き始めて、最終的にこの9曲になりました。


-出揃った曲を自分たちで見てみて、どう思いますか?

吉岡:アルバムの1曲目と9曲目に「TSUZUKU」と「生きる」が来ているから、始まりと終わりが生死に関するテーマの曲なんですよ。「きらきらにひかる」もそういうテーマですし、やっぱりコロナ禍で作ったアルバムだなあと思います。それは特別意識したわけではなく、自然とそうなっていたと思うんですけど……リーダー、そのあたりいかがですか?

水野:すごいパス(笑)。まあ、手探りでやっていたというのが正直なところかもしれない。この1年間はライブもできなかったけど、制作に集中するのも意外と難しくて。独立したばかりだから、最初の半年は作業量が単純に多かったし。1回目の緊急事態宣言のときは、人に会わないことにまだ慣れていなかったから、自分も含め、みんなの心に負荷がかかっていることをなんとなく感じていたし。レコーディングも「大人数でブースに入っちゃダメだからストリングスの大編成は使えない」という時期があった。今回のアルバムに入っている曲たちの断片はそういう時期に作っていたから、その重力がずっと残っている感じはありましたね。


-『WHO?』というタイトルはどのタイミングで出てきたんですか?

吉岡:「もうタイトルを決めないといけないよ」という時期で、多少追い詰められていた覚えがあります(笑)。

山下:タイトルはいつもギリギリまで引っ張るんですよ。

吉岡:メンバーとスタッフさんで思いついた言葉をホワイトボードに書いていって。ちょっと時間が経って、もう出ないかもな~と思ったときに、リーダーがポロッと「『WHO?』みたいな言葉ないですかね?」と言って。「それでいいんじゃない?」ってなりました(笑)。

水野:そもそもタイトルを数字にしようとしていたのは、全体を包むようなコンセプトがない方がいいんじゃないかと思ったからなんですよ。例えば7曲入りの『7』というアルバムだったら、「『七人の侍』みたいな感じで、7曲をデフォルメしたキャラクターをジャケットに使おうかな」「とはいえ曲のトーンは明るくないから、キャラクターの顔を全部真っ白の覆面にしたらどうだろう?」みたいなことを考えていて。要は、聴いた人自身に感情やストーリーを立ち上げてほしいということですよね。「あなたはどういうふうに生きていますか?」「今どういうふうに過ごしていますか?」と問いかける意味で『WHO?』という言葉がいいんじゃないかと思いました。

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-このまま収録曲について伺います。まず、アルバム名が『WHO?』で1、2曲目が「TSUZUKU」「BAKU」とアルファベットばかりですよね。

吉岡:リーダーは、大文字大魔王なんですよ。「SAKURA」も「HANABI」も「NEW WORLD MUSIC」もそう。

水野:そう言われると恥ずかしい(笑)。「TSUZUKU」の表記はひらがなでも問題ないんですけど、最後まで悩んだ結果、英語の大文字がいいなあと感覚的に思ったんですよね。


-「かわいい」という言葉は英訳にあたる「cute」とも「pretty」とも違う「KAWAII」として世界に輸出されているじゃないですか。そういうふうに概念化させたかったのかなと思いました。

水野:あ~、でもそれに近いと思います。生々しさを減らして抽象的にさせたかったのもあるし、タイトルだからちょっと堂々とした感じを出したかったのもある。……説明するのが難しいんですけど、最後まで迷って、結果アルファベットにしました。

-この曲は映画「100日間生きたワニ」の主題歌ですが、曲調的にも歌詞的にもいきものがかりの王道といえるバラードです。

水野:上田(慎一郎)監督、ふくだ(みゆき)監督と喋る中で、「先に繋がってほしい」という話になって。友人を失ってしまったということや、友人との思い出を抱えながら、悲しみを連れて、でも楽しく生きていこうとする。僕らはそれを「泣き笑い」と言っているんですけど、そういうことをテーマにしたいという話になりました。聴いてくださったみなさんは「いきものらしい曲だね」と言ってくださるんですけど、それを聞いてちょっと安心している自分がいるというか。……というのも、作っているときはめちゃくちゃ苦心していたんですよね。近年まれに見るくらい、全然できなくて。

吉岡:何年かに一度そういうことがあって。確か「なくもんか」のときにもそうだったよね?

水野:あ~、そうだったね。今回はデモもちゃんと作れなくて、弾き語りのものを「いったん聴いてください」という感じでメンバーやスタッフに聴いてもらったんですよ。僕としては「どうかな……」という感じだったけど、みんなは「大丈夫じゃない?」と。

吉岡:その結果、1曲目になっているという。

水野:そうそう(笑)。僕もマスタリングのときに「いい曲だな」と思えました。ちょっと話がズレますけど、「TSUZUKU」の締め切りのあとに「BAKU」の締め切りがあったんですよ。「TSUZUKU」を逃すと「BAKU」も逃しちゃうという状況だったんですけど、「BAKU」はいける!と、なんとなく思ったから、一度頭を切り替えて「BAKU」の下準備だけ先にして。

吉岡:すごい。職人芸だね。


-分かる気がします。私も「締め切りの早い原稿から着手するべきなのに、なぜかしらないけど他の原稿の方が筆が乗る」みたいなことがあるので(笑)。

水野:そんな感じです(笑)。その結果、上手くいったから……多分、途中で違うことをする感じがかえってよかったんじゃないかな。新鮮な湖に手を入れるみたいな(笑)。「TSUZUKU」はいきものの王道でもなきゃいけないし、「生きる」で「100日後に死ぬワニ」のテーマソングを1回書いたあとだったから、この作品と改めて向き合うことの重さもあったんですよ。きくち(ゆうき)さんや監督のお二人にいいと思ってもらえるものを絶対に書かなきゃいけないという気持ちもあって。

吉岡:その重圧を知らずに唄えてよかったです(笑)。


-〈さよなら〉という言葉から始まるアルバムだけど、むしろ爽やかに感じられるのは吉岡さんが唄うからこそだと思いました。

吉岡:ありがとうございます!言葉が悲しかったりしても、大丈夫です!

水野:すごい自信(笑)。

吉岡:亀田(誠治)さんもそこをくみ取って、爽やかで温かい仕上がりにしてくれていますよね。だから私も暗い曲だとは思っていなくて、温かいもの、明るいものに目を向けて唄えたのかなと思っています。


-続く2曲目が「BAKU」なので、ボーカルの声色の差がはっきり分かる曲順になっていますよね。

水野:あ~、なるほど。


-余談ですが、昨年末の音楽番組で「ブルーバード」を披露する機会がありましたよね。それを聴いて、「BAKU」を唄ったことで「ブルーバード」の唄い方も変わったのかな?と思ったんですよ。

吉岡:え、そうですか! 


-一音一音の輪郭がはっきりしていて、強くなった印象を受けました。

吉岡:20代前半は喉の強さだけで押せるんですけど、30代になってからも強さばかりで押していくと、喉がへたってくるんですよ。だから喉を滑らかに使いたいと日頃から思っていて。例えば、ボールをバットで打つときって、直前までは肩をリラックスさせていて、打つ瞬間にグッと固めるじゃないですか。そういうふうに、喉を緩めたり力を入れたりして使いたい、しなやかな声帯を持ちたいと思っているんですよね。


-つまり、20代の頃はずっと固めながら唄っていたけど、今は必要な瞬間に焦点を絞って、そのときだけ固めているというイメージですか?

吉岡:そうです。そういう意味で唄い方は変わっているんだろうなと思います。「ブルーバード」はみんなが好きでいてくれる曲だからこそ、今の声帯でできる最大限のことをしたいと思いますし、今の感じの「ブルーバード」も結構気に入ってますね。「BAKU」は「ブルーバード」とはまた違う新しさがあって、唄っていて面白いんですよ。ちょっとテクニカルというか、リーダーが書いてくる曲の中でも珍しいタイプで。

水野:「ボカロみたいな曲を作ろう」と思って書いた曲だからね。仮歌を唄ってもらうまでは「このスピード感で唄えるのかな?」って不安だったんですよ。でも、吉岡が普通の顔して軽々唄っていたから、すごいなあと思って(笑)。

吉岡:「BAKU」を紹介するときに「唄うのが難しい曲だけど、歌詞とメロディがピタッとハマるとすごく気持ちがいいので唄ってみてください!」とよく言っているんですよ。本当にそんな気持ちで。

水野:ちょっとしたスポーツみたいな?

吉岡:そうなの!だからシリアスな曲だけど楽しいです。すごく面白い曲。


-「きらきらにひかる」の次に収録されている「からくり」は、インディーズ時代からある曲の再録です。ライブでもほとんど演奏されてこなかった曲なので、昨年9月の「いきものがかり結成20周年・BSフジ開局20周年記念 BSいきものがかり DIGITAL FES 2020 結成20周年だよ!! 〜リモートでモットお祝いしまSHOW!!!〜」や、デビュー10周年記念ライブ「超いきものまつり2016 地元でSHOW!! ~厚木でしょー!!!~」で披露されたときには話題になりましたが……これはアルバム収録への伏線だったんですか?

山下:いやいやいや(笑)。15年でその2回だけなんですよ。

吉岡:10周年ライブのときは普段あまりやらない曲をやっていたので、「じゃあ『からくり』やる?」みたいに何気ない気持ちでやったら、ファンのみなさんが「わあ……!」となったんですよ。私たちはそれにビックリして。

水野:あ、知ってるんだ!と思ったよね。

吉岡:しかも「あなたが選(え)LIVE 上位をJOYしまSHOW!!!」(※いきものがかりの過去のライブから、ファンクラブ会員の投票によって選ばれたライブ映像を公開する企画。現在は公開終了)で1位になりましたからね。

水野:2020年はライブができなかったから「みなさんに少しでも喜んでもらえたら」という想いでデジタルフェスでもやったんですよ。今回のアルバムの相談をしていたとき、初回生産限定盤の特典にデジタルフェスの映像を入れることが先に決まったんですよね。「『からくり』も入っているし、みんな喜ぶんじゃない?」って。だけどそうじゃなくて、「普通にレコーディングしようか」という話になって。

吉岡:(アルバムに)そろそろ入れたいと思ってたしね。

水野:そう。せっかくだから、今のいきものがかりの曲としてレコーディングしようということで、アレンジを本間(昭光)さんにお願いしました。

吉岡:アレンジについては本間さんの事務所にお邪魔していろいろ話したよね。そこに関してはすごく強い意思があったんですよ。「からくり」は路上ライブから大事にしてきた曲だけど、いきものとファンのみなさんだけの物にしちゃうよりも、もっと大きなステージに乗せてあげたい、新曲として堂々とみんなに聴いてほしい、という想いがあって。


-初めて聴いたときは驚きました。まさかこんな硬派なアレンジになるなんて、と。

水野:ストイックですよね。


-線の細い曲だと思っていたのに、自分の足でこんなに堂々と立っちゃって……という感慨がありました(笑)。

吉岡:(笑)確かに仁王立ちしちゃってる!だから面白い曲なんですよ。初回生産限定盤の特典DVDに路上時代の「からくり」が入っているんですけど、あの頃は、針金みたいに高くて細くて固い声で唄っていました。でも今は全然違って。

-リスナーのみなさんの反応が楽しみですね。

(後編につづく)

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取材日  : 202103月
取材/文 : 蜂須賀ちなみ (@_8suka)
編集   : 龍輪剛
企画   : MOAI inc.

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