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千鳥の大悟のお父さんに、ありがとうって言いたいだけ

昨日何気なく「人志松本のすべらない話」を見ていたら、私の大好きな芸人さん、千鳥の大悟(坊主の方)が出ていた。

ちなみに千鳥は我が家のアイドルだ。私たち夫婦は、割と趣味が合わなくて、2人で見るテレビ番組は限られている。でも2人とも千鳥だけは好きで、相席食堂や千鳥テレビを毎週楽しみに見ているし、テレビに千鳥が映るとなんとなく嬉しくなって見ちゃう。千鳥は、そんな我々夫婦の架け橋的存在なのだ。ただ大悟のすべらない話は聞いたことがなくて、昨日初めて聞いたのだけれど、なかなか印象深かった。



それは、彼の父親の話だった。

大悟は瀬戸内海の小さな島出身。その島の人ほとんどが石材屋で、雇用主と雇われる側で、金持ちとそうではない人がはっきりしていた。

彼の父は雇われる側だったので、決して裕福な方ではなかったが、父親は大悟とは違い物静かな性格で、彼がクラスメイトと喧嘩したときも、一緒にクラスメイトの家に謝りに行っては頭を下げてくれたという。その帰り道の車中で「お前は好きなように生きろ。俺ならいくらでも頭を下げることは出来るから」と言うような父だった。

私はこの時点でわりとじーんときていたのだが(年々涙もろくなって困る)さらに大悟は自分が芸人になろうと思ったきっかけを語った。

ある日、父親は小さな船を買った。それを「幸福丸」と名付けて、彼と一緒に海に釣りに出かけた。その時、高そうなクルーザーが幸福丸の近くを通りかかり、いちゃもんをつけてきた。そのクルーザーには、父より10〜20才年下に見える社長らしき人がいて、

「貧乏人が!船を買ったからゆうて調子乗んな!」

そう父親を罵倒し、父親は何も言わずにその言葉を一身に受けていた。大悟はその父親の背中を見ながら、「この振り向きざまに父親がかけてくれた言葉で、俺の人生が決まる」と感じたらしい。(この感覚の鋭さも大悟らしくって好きだ)

そして、振り向きざま、父親が顔をくしゃくしゃにしながらかけてきた言葉は

「お前は、あっち側の人間になれ」

だった。

***


私は、人生の局面において、一番適切な言葉を選び取れる人のことを、尊敬する。 

この話を聞いて、彼の父親が、まさしくそうやって言葉を選び取った人だと、私は思った。

私が大悟の父親であったら、この時なんて言っただろうか。多分、負け惜しみ半分で「金持ちでも、あんな風にはなるなよ」とか言ったかもしれない。でも、それが何より一番カッコ悪い。別にお金をたくさん稼ぐことは悪いことじゃない。それは、父親が一番よくわかっているはずだから。

なら、「俺みたいになるなよ」はどうか。それも同じようで、違う。これは自分に対する卑下だ。父親だって、雇われの身というだけで、何も悪いことはしていない。

「あっち側の人間になれ」。あの時あの場で、息子にかける言葉としてこれ以上適切な言葉はなかったと思う。自分も金持ちも、どちら側の人間も否定していない、優しい言葉。心が普段から凪のように穏やかでないと出てこない言葉だ。私が同じように罵倒されたとき、冷静な頭で、この言葉を選び取れるだろうか。散々笑った後、しばらくこのことを考えて頭から離れなかった。

こうして、これが一つのきっかけとなり、彼は芸人の道を生きようと思ったという。

人生のターニングポイント。それは大きな決断みたいな、一つの時点に限ったことではなくて、こういう些細な出来事の積み重ねなんだろうなと思う。

彼のお父さんが、あの時、一つでも言葉選びを間違っていたら、芸人千鳥は生まれていなかったかもしれないし、千鳥の相席食堂を見ながら酒を飲むという、ある夫婦のささやかな団欒を生むこともなかったかもしれないのだ。

そう思うと、千鳥ももちろん、千鳥を生み育てたそのお父さん、もとい様々な人たちに感謝したい気持ちになった。

お父さん。千鳥はいつも楽しくて、私たち夫婦が共通して楽しめる唯一の存在であり、貴重な存在です。千鳥のおかげで、今日まで私たちは平和でいられて、美味しいお酒が飲めてます。本当にありがとう。

***

〜あとがき〜
キナリ杯に応募したいと思いながら、一向に面白い出来事は我が身に起きず(また起こす気もなく)締め切りの日がきてしまいました。結局誰かの面白話で感じたことで、駆け込みしてみたけれど、こんなんで読んでくれる方がいたとしたら、それは本当にありがたいことです。ありがとうございます。

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