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ごきげんなひと

あの人、仕事デキるよね。それに比べて、あの人は。

こういう会話、ついついしがちだ。気を付けなければ、と思う。私が見ているのは、その人の「職場にいるとき」でしかなくて、みんな職場では見せない色々を抱えながら働いている。その見えない部分が順調でなければ、仕事に影響が無いとも言えないだろう。だから、仕事をデキる/デキないで簡単に切り分けることは、あんまりしたくないと思ってる。(自分もされたくないし)

そんな私だが、自信をもって言えることが一つだけある。私にとって仕事がデキる人の条件。それは「ごきげんなこと」である。(じゃじゃーん)

え?それだけ?と思う方もいるかもしれないが、本当にそれだけである。

知識やマネジメント能力がなくたっていい。(もちろんあった方がいいけど)
なんなら、仕事自体はできなくてもいい。できなくてもいいから、せめてごきげんでいてほしい。それだけである。

***

私の職場には、色んな経歴の人がいる。

大卒ばかりではなくて、高卒の人もいれば、専門卒の人もいる。そのせいか、みんな学歴を気にしない。あんまり興味もないのか、その辺聞かれることも無いし、他人の経歴なんてよく知らないまま、やんわりと働いている。

あるとき、うちの職場に新入社員が研修にきたことがあった。

彼は、東大出身の超エリート。ただ、見るからに覇気がなかった。

彼にはある先輩社員がついて仕事を教えていたけれど、聞いているのか聞いていないのかよくわからない態度で、「はい、はい」とやる気がなさそうに生返事をしていた。多分、うちの会社が不本意なんだろう。彼がまとうオーラには「こんなはずじゃなかった」という文字が透いて見えた。


「ねえ、ちょっと」

ある日、同じ職場で働くベテランさんから呼び止められた。

「あなたのとこの、研修に来ている子いるでしょ。東大卒って噂の」

ああ、○○くんですか。そう言うと、ベテランさんは私にずずっと近づき、

「あの子が話してるの、食堂でたまたま聞いちゃったんだけど。教えてる先輩のこと、何言ってるのかわからないとか、散々言ってたわよ。他の人に聞かれるかもしれないのに、わざわざ食堂で悪口言うなんてさ。馬鹿よね。」

東大卒だか、なんだか知らないけれど。

そう言って、そのベテランさんは去っていった。

私はそのことを、こっそり隣の席にいるYさんに話した。

Yさんは確か高卒だった。だから大卒の私より年下だけど、社歴は数年上の先輩で、確かな仕事っぷりで周りから信頼されている人だ。そして何より、いつも笑顔を絶やさない人だった。

Yさんも、新入社員くんに対しては、思うことがあったみたいだった。

「確かに、あの子の態度は、教えてもらう態度ではないよね。」

さらにYさんは続けた。


「職場では、みんなが気持ちよく働けるようにすべきでしょ。だから、お給料をもらっている以上、私はそうしなきゃいけないと思っているし、それを含めて仕事だと思ってる。


そうYさんは、言い切った。かっこよかった。

私は今でも、この言葉を心のひきだしに大切にしまっている。

お金をもらっているから、人に親切にする。ある意味、そんな風にも聞こえて、それはそれでなんか冷たいと思う人もいるかもしれない。でも何であれ、目の前にいる人が不快な思いをしないのであれば、私はそれでいいんじゃないかなと思う。

***

友人は、上司からのパワハラに悩んでいるとき、その上司のことをこう言った。

「でも、仕事はすごくデキる人なんだよね」

私はすぐ言い返した。
「そんな人、仕事デキる人じゃないよ」と。

それは、Yさんのあの言葉があったからだ。

私の職場でも、威圧的な態度でまくしたててくる人、たまにいる。そんなとき、相手がどんな知識豊富であっても、営業成績が1番だろうと、「ああ、この人ほんと仕事ができないんだな」と思うことにしている。だって、目の前の相手を気遣うという最低限の仕事すら、まともに出来ていないんだから。

その反対に、知識や技術が無くても、感じの良い人を見るとそれだけで「ありがたや」と言いたくなる。私は、そんな「ごきげんなひと」こそ、もっと評価されるべきだと思う。

でも、働く人の多くは、目に見えて分かりやすい成果を追い求める。だから、相手を言い負かしたり、自分の正当性を押し通すことが、仕事だと思っている人も多い。でも、本来なら、他人の意見にごきげんに耳を貸すことの方が、立派な仕事だと思うのだ。しかし、残念ながら「こきげんでいること」の効果は見えづらい。でも「ごきげんなひと」でその場が満たされたら、それは偉い誰かのありがたいお言葉よりも、働く人により良い効果をもたらすと思うんだけどな。

最後に。東大卒の彼、元気だろうか。彼も「東大卒」とか「エリート」とか言われる一方で、周りにはもっとすごい人がいることを知っているから、うちの会社に就職することになって苦しんでいたんだと思う。「東大」という武器が足かせになることもあるだろう。食堂でちょっと愚痴ったくらいで、「東大なのに馬鹿」と言われてしまうように。今思えば、愚痴くらい食堂で言ったって構わないよ。私だって、仕事がデキる/デキないみたいに切り分けしたくないと言っておきながら、「東大=頭良すぎていけすかないやつ」みたいな図式を、勝手に彼に当てはめていた。ごめんなさい。

彼、今どうしているだろうか。どんな会社にいてもいいから、ごきげんなひとでいてほしいなあ、と思う。

一度はサポートされてみたい人生