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病気も弱さも、“治すより活かす”。「べてるの家」を体感した娘は、「あの人たち、病気じゃないと思う」と言った。【7月9日 北海道浦河町】

私には、北海道に来たらどうしても訪ねておきたい場所があった。浦河町にある「べてるの家」。べてるのことを、「精神障害の方々の施設」と言ってしまうのは、抵抗を覚える。生きづらさを抱えた人々の暮らしの場であり、誰もが弱さをさらけ出して正直に語れる場であり、すべての人にとっての人間性の回復の場でもあるような…。以前、理事の向谷地生良さんの講演を聞いて以来、ここには今の時代を幸せに生きるヒントが詰まっている気がして、心の奥に、「いつか訪ねたい」という思いをずっと抱いていた。私にとって、無性に心惹かれる場所の、ひとつ。

でも今回は家族旅行。浦河町までは他の目的地から遠いし、私の個人的な関心事にみんなを付き合わせてしまうのはどうなんだろう?と、ためらっていた。北海道に入ってから、正直な思いを主人に話すと、「行こうよ」と、即答してくれた。こういう主人の柔軟なあり方に、本当にいつも助けられている。「ありがとう」の気持ちでドキドキしながらべてるに連絡を入れたところ、快く見学を受け入れてくださった。気持ちが高ぶる。この旅で一番美しいかも、と思うほどの青空が広がった十勝のキャンプフィールド(F)から一路、浦河町へ。

1時間ほどの山道を越えると、海が見えてきた。一昨日まで見ていた太平洋とはまた違う北海道の反対側の海は、エメラルドグリーンに輝いている。浦河町は、日高昆布の漁も盛んな、海辺のまち。

べてるの言葉たちが迎えてくれるカフェ

まず向かったのは、べてるが運営している「カフェぶらぶら」。ランチをいただいてから、見学に伺うスケジュールを組んでいた。広く落ち着いた雰囲気の店内には、いたるところにべてるグッズが並べられている。そして、べてるにとって大切な「語る」ということを象徴するように言葉の数々がそっと語りかけてくる。コースターにだって、ほら。

「いらっしゃいませ」と明るくはきはきした声で迎えてくださった店員さんにランチを注文して、ゆったりと場を味わいながら待つこと10分ほど。美味しそうな台湾ラーメンとオムハヤシを運んできてくださった。味わいも豊かで、ボリュームもたっぷり。なんと、これで500円!本当にいいのでしょうか?

ゆったりとランチを味わったあとは、車を3分ほど走らせて、「べてるの家」へ。眠そうな息子と、「行こう行こう!」となんだか張り切っている娘も連れて、施設の中へ。入口に立つと、「こんにちは」「どこから来たの?」「僕は●●、よろしく。名前は?」などなど、次々に声をかけてくださり、緊張がほどけていく。職員の方にご挨拶し、まずは1ヶ月に100回以上開かれているという、べてる名物「ミーティング」を見学させていただくことに。

「苦労」のシェアから始まる心と心のコミュニケーション

始まったのは「就労ミーティング」。そう、ここはメンバーのみなさんの就労の場で、主に日高昆布の各種製品製造、グッズ制作などを行っている。この季節は、浦河名産の夏いちご(浦河町は夏のイチゴの生産が全国一なのだとか)のヘタ取り作業も忙しい。今年ここで作業した6トンものイチゴは、アイスクリームやケーキに使われるという。

ミーティングでは約20人ほどのメンバーさんが円座になって座り、まずは「苦労していること」と「良かったこと」、「さらに良くすること」を一人ずつ語り、全員で耳を傾ける。「疲れちゃっている」「家の工事が終わらない」「人間関係に悩んでいる」…。一人ひとりの苦労があからさまに披露されていく。なかには、「苦労しているのは、●●さんと話すときに気を使うことです」と相手を目の前にして話す人もいて、ドキリとさせられる。でもこれは、何かを「起きないように」せず、「何が起きていたんだろう?」と見るべてるにとっては、当然のことらしい。みんながそのまま受け止めて、対話をし、マイクは次へと回されていく。

「三度の飯よりミーティング」、そして「弱さの情報公開」という信念を掲げるべてるにとって、ミーティングは問題解決の場ではなく、自分の気持ちを当たり前に公開できて、自分を語れる場がある、聞いてくれる仲間がいる、そんなことを感じるための場。こんなやりとりを日常的に繰り返していくことを、とても大切にしているのだ。

マイクはスタッフのみなさんにも向けられる。「昨日、たくさんの人が見学に来て、対応が忙しくて眠れなかった」「腰が痛くて…」「お祭りの準備が忙しい」…。そのたびに、みんなが拍手。40人ほど、その場にいた人がみんなひとことずつ言葉を発し、どんな苦労も、みんなで丁寧に共有していく。

私が仕事仲間と行うミーティングでも、最初にみんなが自分の心理状況や近況をシェアする「チェックイン」という時間を持つようにしている。でもそこで語られることが、キラキラした日常のできごとであったりすると、自分の出番で語ることがしょぼくて面白くない気がして、「話すことがないなぁ、どうしよう…」と思ってしまうことも、正直多々ある。でもここで語られるのは、みんなの「苦労」。人の弱みを知ることで、ちょっと弱っている自分をシェアすることに対するためらいの気持ちは消えていく。みんな弱さを持っているからこそ、心と心のコミュニケーションが成立するのかもしれない。

主に「苦労」をシェアすること、約45分。1時間のミーティングの大部分の時間が割かれていることに驚くが、これがべてるのリズム。その後の残り時間で、自分の就労時間を自己申告したり、昆布の作業やいちご作業、年に一度の「べてるまつり」の準備の状況などをシェアしたり。やはりここでも、困っていることが次々にシェアされ、そのたびにその場にいた人が、ちゃんと理解できるまで丁寧に丁寧に聴き込むことが繰り返される。誰ひとりとして、「この場で言うことじゃないかな」などといった感情で発言をためらうような人はいないように見える。「自分の言葉」を持っている人々の堂々たる姿は、実にかっこいい。

名刺に「自己病名」。自分の言葉で語るということ

次に見学予定のSSTまで、少しの休憩を挟む。となりの部屋でメンバーさんの赤ちゃん「ミライちゃん」と遊んでいた息子の様子を覗きに行くと、お父さんである「カクさん」が、丁寧に、自分の名前と“自己病名”を紹介してくれる。べてるのメンバーさんは、自分の行動や心境を素材として自分の病気を研究する「当事者研究」を行っていて、「自己病名」を持っている。カクさんの病名は忘れてしまったが、「落ち着かない病気です」と話してくれた。本人にはそう見えている、ということで、私からはそうは思えない。でも、本人がそう思っていてそれを語れる、ということが大事なのだと思う。

カクさんは、赤ちゃんが生まれて本当にうれしいこと、彼女もここのメンバーさんであること、毎日ここにミライちゃんと一緒に通っていること、この場のみんなが育ててくれていること。次々にニコニコと、本当にたくさんの気持ちをシェアしてくださった。そして、「友だちになってくれて、ありがとう」と、しっかりと目を見つめて手を握ってくださって。なんだかじーんとしてしまい、「こちらこそ、ありがとうございます」と返すのがやっとだった私。言葉にならない気持ち。

弱さはみんなで共有し、応援する。

ミライちゃんとカクさんにあたたかなものをいただいて、私たちは続いてのSST(Social Skills Training)の場へ。「一緒にどうぞ」と声をかけていただいたので、私たち夫婦も円座の中へ。初めて参加する私たちのために、メンバーさんがSSTについて解説してくださった。「SSTとは病気や生活の苦労や、その背景にある苦労を 具体的な課題として取りあげ、ロールプレイを行い、コミュニケーションの練習をする場です」とのこと。まずは、楽しむこと、表現することが得意なべてるらしく、メンバーさんによる歌のご披露があり(この日は「Yesterday」と「宇宙戦艦ヤマト」を熱唱!でした)、場があたたまったことろで、いざ、実践。

「やってみたい苦労がある方ー?」との呼びかけに、手を上げたのは、ミライちゃんのお父さん、カクさん。「べてるまつりで昆布の販売をする練習をしたい」と言う。「うまくお客さんと話せるか不安。緊張する」とのこと。「どう不安なの?」「なぜ緊張しちゃうんだろう?」といった様々な問いかけでカクさんの不安をみんなで丁寧に共有し合ったあと、「じゃあやってみようか」ということに。その場にいた人の中から「お客さん(べてる用語で、人に様々な影響を与える認知や自動思考のこと)」「おまつりのお客さん」の役割が決まり、いざ、ロールプレイ。「おまつりのお客さん」は、なんと主人が演じることに。

まずは「お客さん」が、カクさんの耳元で、「緊張するなぁ〜、うまくできなかったらどうしよう…。売れなかったら僕のせいだ…」と、ささやく。「お客さん」は、べてる用語で自分に不安を与えてくるような思考のことを指し、べてるでは日常会話の中で「今日はお客さんがやってきて…」と、普通に語られていた。そんな「お客さん」も道連れにして、昆布の販売に挑むカクさん。

カクさん 「いらっしゃいませ」

主人 「これはなんですか?」

カクさん 「日高昆布です。わたしたちがくつりました。出汁にしてもいいし、そのまま食べてもいいし、とっても美味しいですよ」

主人 「美味しそうですね。じゃあ、これください」

カクさん 「ありがとうございます、●●円です」

ロールプレイを終え、一同拍手。「良かったところ」「改善したほうがいいところ」をみんなでシェアしあい、振り返る。「説明を丁寧にしていてよかった」「値段を伝えていたのが良かった」などの言葉が飛び交い、カクさん本人は「まだ緊張しちゃうけど、チャレンジしてみる」と、ちょっと不安げな笑顔。さらにアドバイスとして、「“緊張さん”も一緒に連れてきて、応援してね、と言うといいよ」「仲間がいるから大丈夫、と思えばいい」と、仲間からの言葉が飛びかう。この“緊張さん”も連れていくという考え方は、すごくべてるらしい。私ならついつい、自分の弱みは見ないようにしてしまうし、ごまかしてしまう。でもそんな弱みも一緒に引き連れて、まるごとの自分、そのままの自分でなんでもやってみる。それが、べてる流の「弱さ」に対するあり方。私は自分自身のことも顧みながら、メンバーさんたちのあり方を肌で感じとっていた。

続いて手を挙げたのは、キムラさん。このタイミングで娘が私の膝にやってきたので、一緒に見学する。「お話する練習をするんだよ」と言う私の言葉にうなずきながら、じーっと場を見つめる娘。

キムラさんは、自己病名が「子育て依存症」。「明日、児相にいる娘に会いに行くけど、どう話していいか緊張している。声をかける練習がしたい」と言う。よく聞くと、「一緒に帰りたい」と言われたときにどう返していいかわからない、と。やはり気持ちをシェアしあい、「お客さん」「娘さん」役を決めて、ロールプレイ。娘さんの体調や気持ちを気遣うとともに、自分の気持ちや状況をシェアしながら娘さんと会話をしたキムラさんを、みんなで褒めて、勇気づける。「やっぱり緊張するけど、やってみたい。笑って話ができればいいな」と、最後には笑顔をみせてくれた。

ロールプレイを通して、不安も弱みも、まるごと公開し、全員で受け入れ、全員で応援する。普段私たちが「こんなこと人に言うの恥ずかしいな」「こんな気持ち、人に話せないな」と思ってしまうようなことも、ここでは全部まるごと、シェアされている。それが当たり前だよね、という文化が根づいている。カッコつけなくてもいいし、自分をよく見せようとしなくてもいいし、がんばらなくてもいい。ありのまま、そのまま、全部見せて、全部受け入れる。そのための手段として、それぞれが自分の「語る言葉」を持つことを大切にしている。みんなもっと、肩の力を抜いて、自由に自己表現すればいいんだ。彼らのあり方が、私たちに優しく語りかけてくる時間だった。

弱さも病気もそのまま引き連れて、歩んでいく。

見学を終えた私たちに、見学の窓口になってくださった秋山さんが声をかけてくださり、続いてオリエンテーションをしてくださった。

1978年にはじまった「べてる」の活動。もともと浦河にはアイヌの人々も多く、人種差別が根深くあった地域だと言う。そして大きいのは、浦河赤十字病院精神神経科の川村敏明先生の存在。かつて精神科は「7病棟」と差別的に呼ばれ、そこに入院する人々には「語らせてはいけない」と言われていた。そんな中で「治さない医者」とも呼ばれる川村先生は、むやみに薬を使わず、薬の量や入院期間まで患者さんと相談して決める独自の治療を施し、向谷地さんとともにべてるの活動の礎を築いてきた。(べてるの詳しい歩みについては、ホームページに譲ります)

実は秋山さんも、川村先生に出会って人生が変わったひとり。茨城県にいた頃うつ病と診断され、大量の薬を処方されたことにより、ろれつが回らなくなり、言葉を奪われていく体験をした。でも浦河で川村先生に出会い、「治しちゃっていいの?」と言われた。治そうとすることは、その状態に自分自身がバツをつけることだ、と。「治すより活かす」を信条にしていた川村先生。「病名にはこだわらなくていい。ちゃんと秋山さんは残るから、大丈夫だよ」と言葉をかけた。

薬は激減し、秋山さんは言葉を取り戻した。体質は変わらず、生きづらさは残ったけれど、環境が変わった。ここには、仲間がいる。均質な世界で気になっていた自分の体質も、ここにいるとデコボコで気にならなくなった。多くの人が見学に訪れるべてるにいると、現実とのつながりが強くなり、”お客さん”も“幻聴さん”もいなくなった。べてるのことを、「仕事の場というより、自分が生きれる場」と秋山さんは表現してくれた。(写真中央が秋山さん。当事者スタッフとして見学者の対応などを担当されています)

オリエンテーションに同席してくださった池松さんも、「統合失調症基本頑張り型 人間関係欠乏症コミュニケーション不足タイプ」という自己病名を持つ、当事者スタッフさん。九州出身で、自衛隊勤務の経験もあるが、パワハラなどにあったことで、精神的に追い詰められた。「苦労を持って浦河においで」と川村先生に言われ、何年も「べてるまつり」に通った末、ようやく決断。べてるにやってきた。「低脳薬、無脳薬が大事」と笑いながら語る池松さん、当時は30種類もの薬を飲み続けていたが、川村先生に出会い、たったの3種類に。言葉を奪われていた状態から自分を取り戻し、今はどんな苦労もシェアすることを大事にしているという。「気持ちに嘘をつくと病気になるんです」と池松さん。「自分が恥ずかしいことを言ったほうがいいよ」と、自分の弱みを治さず、バツも付けず、正直に語ることの大切さを教えてくださった。(一番左が、池松さん)

それぞれの歩んできた道、それぞれの、思い。こんなふうに突然現れた旅人の私たちに、おふたりはとても正直にたくさんの大切な気持ちを実感の伴った言葉でシェアしてくださった。ルールも規則もないというべてる。でもここには、自分自身を大切にすることで相手を大切にし、お互いをいかしあう文化が根づいていると感じた。「治すより活かす」は、生きづらさのある・なしにかかわらず、これからの時代を生きるキーワードだと思う。

彼がしたのは、根気の無さを克服することではなく、「3分だったら働ける」ことを周囲に認めてもらい、助っ人を募ることでした。すると、入院中にもかかわらず一人の仲間が応援に駆けつけてくれたのです。彼の「3分」を肯定することが、人をつなぐ「絆」として綿々と紡がれ、それが源流となって今のべてるがあるのです。(『まいにち べてる』より)

問題だらけ。それで順調!

もちろん、そんな美しいことばかりではないし、ここは決して理想郷ではない。「べてるはいつも問題だらけ」と言うが、いつもここは、どうしようもない「現実」とともにある。この日もオリエンテーションの途中、メンバーさんのひとりが大きな声で怒鳴りながら部屋に入ってくるような場面も。でもべてるでは、「それで順調」と捉える。

非常手段とでもいうべき「病気」という逃げ場から抜け出て、「具体的な暮らしの悩み」として問題を現実化したほうがいい。それを仲間で共有しあい、その問題を生き抜くことを選択したほうが、実は生きやすい。だから、苦労があればあるほどみんなでこう言う。「それで順調!」と。(『まいにち べてる』より)

そうそう、誰だって問題だらけ。デコボコ。それで当たり前。それで順調。どんなことからも逃げずに、バツをつけずに、その問題を生き抜くことは厳しさも伴うことだけれど、実はそれが生きやすさにつながるんだよ、と、べてるのみなさんは、ありのままの姿をさらけ出して教えてくださった。なにひとつ、包み隠さずに。

この場を、時間を、今の私たちのありのままの姿、家族4人で体感できたこと、かけがえのない時間に感謝の気持ちでいっぱいになる。秋山さん、池松さん、べてるのみなさん、心からありがとうございました。

2019年7月現在のべてるは、メンバーさん100人、スタッフさん98人(うち10名以上が当事者スタッフ)。年に一度、幻覚&妄想大会など多くの来場者で賑わう「べてるまつり」も含めて、年間2,000人もの人々が見学・研修に訪れるという。べてるを体感した多くの人たちは、いったい何を持ち帰るのだろう。それはきっと、一人ひとり違うはず。だって弱みも苦労も、一人ひとり違うのだから。

私にとっては、あらゆることの壁がガラガラと崩れ落ちていくような体験だった。病気ってなんだろう。弱みってなんだろう。何が問題で、何が問題じゃないんだろう。どっちが普通で、どっちが異常なんだろう。その壁は、誰が決めたんだろう。誰かが決めた壁や境界を、深く考えずそのまま受け入れてしまっていないだろうか。

本当に病気かどうか、何が普通か、何が問題かなんて、自分で決めればいい。この世で本当に自分を信じてあげられるのは、自分だけなのかもしれない。だからこそ、自分が自分自身を知り、現実を知り、信じてあげて、バツをつけず、いかしていくことが、大切なんだと思う。私は弱みも含めた自分を知ろうとしているだろうか、信じてあげているのだろうか。娘や息子の、一見弱みと見えることも、活かす方法を一緒に考えてあげられているだろうか。ぐるぐるぐるぐる、あの日以来、べてるでの体験が、身体にじわじわ染み込んでいくのを感じて過ごしている。間違いなく、今日という日はこの旅のハイライトのひとつになるだろう。

「あの人たち、病気じゃないと思う」

さて、ミーティングのときもオリエンのときも、ひとりで遊んで待っていてくれた娘。べてるをあとにした車の中で、「こなつ、本当にありがとうねー、ママはべてるに行けて、本当にうれしかったよ。退屈じゃなかった?」と話すと、「え?楽しかったよ」とキョトンとした表情。意外な答えに驚いていると、娘はなんだかニヤニヤ得意げな少し大人っぽさも感じる表情を見せてくれた。私の仕事場にも何度も一緒に来てくれている娘。きっと今回も、ママのモードが変わったことに気づき、気を遣ってくれていたのだろう。じーんと、娘への感謝の気持ちが溢れ出る。

そのあと立ち寄ったレストランでも、「べてるにいる人たちは、病気といわれているんだよ」と話すと、前のめりに。「でも病気ってなんだかよくわからないね。お医者さんが病気って言ったら病気になっちゃう。薬もいっぱい飲まされちゃう。たすくがちっちゃい(息子は成長曲線外の体格です)のも、普通じゃないって言われちゃうんだし。でもたすくは元気だよね。べてるの人たちも、とっても元気」と話すと、娘は「あの人たち、病気じゃないと思う」と。うんうん、ママもそう思うよ。あの場をそのままに体感した娘の正直な言葉が、すべてを表している気がした。

(こちらは、べてるのみなさんが加工したイチゴ入りアイスを食べて、ご満悦の娘)

浦河で体感したことを、そのまま引き連れて、次の旅路へ。私たちの旅も、捉え方次第では実は問題だらけ(詳細は後日…笑)。だけど、それで順調! 今日という日に、ありがとう。旅路は続きます。

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フリーランスライター・エディター、2人の子どものお母さん。人の言葉をありのままに聞くことで本質を見つめるインタビューがライフワーク。現在は主にウェブマガジン「greenz.jp」にて、「ほしい未来」のつくり手のみなさんの言葉を紡いでいます。
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