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【雑談】知能検査、そのむごさ

「江戸幕府を開いたのは誰ですか?」

気怠い空気の停滞する午後の教室。
あまりにも出過ぎているお腹をセンスのないネイビーブルーのセーターで隠したおじさん教師のゆるやかな声が、耳の奥で鳴りました。

「徳川家康、です。」

………合ってるよね?いやいや、さすがに正解でしょ。
え、でもなんか、心配になってきた。

あれ?
トクガワイエヤスって、なにした人だっけ?


エレベーターとエスカレーターの判別がつきません。

この話をすると、ぎょっとされます。もう慣れました。
でも、本当なのです。

もうちょっと正確に言います。

「エレベーター」というものと、「エスカレーター」という、人を運ぶという点で共通している、音が近い、でも確かに異なる2つのものが存在していることは知っています。

片方が自動で動く階段で、もう片方が吊り下げられた箱であることも理解しています。

でも、どっちがどっちか、いつまで経っても、私は憶えられないのです。


「エレベーターの前にいるよ」と、電話口で言われたとします。

私はそういうとき、「ああ、来たか」と思います。
そして、考えるモードに入ります。

まず、アナウンスの声を思い出します。
「エスカレーターをご利用の際は、ベルトにつかまり、黄色い線の内側にお乗りください」

ベルトと黄色い線があるのはどっちだ?
それは、階段で動くやつだな。
ということは、階段のやつが「エスカレーター」だな。

さっき、「エレベーターの前にいる」と言われたな。
エレベーターは、エスカレーターではない。
つまり、エレベーターは、「階段のやつ」ではないほうなんだな。
ということは、「吊り下げられた箱のやつ」が、いま私が行くべきところなんだな。

ここまで考えてやっと、私の足は目的地へと動き出します。

エレベーターに、ではありません。
「吊り下げられた箱のやつ」に、向かうのです。


シンキングタイムはたぶん、10秒もないくらい。
だから、めちゃくちゃ困っているというわけではないです。

ただ、ちょっと脳みそ、おかしいよねって話なのです。
左右盲に近いと思います。実際、右と左にも、混乱します。


この話を初めての入院先で精神科医にしたとき、彼女は少し驚いたようでした。
そして、こう言いました。

「知能検査、受けようか。入院中に受けられるようにねじこんでおくから。」

初めて精神科に足を踏み入れてから2週間ほど、
双極性障害と診断を下されたのと同じ日、同じ診察で交わされた会話です。
あの女医さんは、本当に鋭くて、話が早い人だった。

あの日に私の人生、動き出したんだよな。

ちょっと感傷的になってしまいました。


結果のことをつまびらかに書くつもりはありません。
ただはっきり分かったのは、「得意不得意の差、とんでもないですよ」ということでした。


ひとつ、絶望的に点数が低かった検査がありました。

「時間はかけられていたようですが、場面や状況の理解は周囲とずれていることがあるかもしれません」と言われました。

「え?」と思いました。

エレベーターうんぬんで、「記憶の仕方がちょっとおかしいのかな?」とは思っていたけれど、
そんな急に「たぶん空気読めてないですよ」のカーブボールを投げられるなんて、露ほどにも思っていなかったからです。


総じて、知能検査の結果は、面白かったです。
自分が得意だと思っていなかったことに「意外と適性あるんじゃない?」ってことに気づけたり、
「やっぱりこれは大事にした方が良いよね」って改めて感じられたり。


でも、むごい部分もあった。

私って今まで、むしろ空気読めてる方だと思ってたけれど、
それたぶん、勘違いだったんだ。

それを突きつけられたのは、きつかった。

どんな人でも、「いちばん得意な項目」はある


「受けなければよかった」とは全く思いません。

あそこに淡々と書かれている文章を受け入れるまでには、かなりの時間がかかったけれど、
それを心から認められたとき、知能検査の結果が記された紙束は、私が人生を歩むうえで助けになる、コンパスに変わりました。


新しい持ち物が追加された!


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