批判と承認のバトル
テレビや新聞等のいわゆるオールドメディアでは、批判的な内容のほうが売れるそうだ。
対してyoutube等のニューメディアでは肯定的な内容のほうが伸びるらしい。
これは個人の実感でもあるが、40代以上の人と話していると人の意見に対してマウントを取ってくる人が多い。
「でもさ、こうしたほうがいいよ」
「だけど、これはこうだろ」
「どうかな、それは違うんじゃない」
「どうせ、〇〇なんだろう」
いわゆる頭文字がDで始まる「Dワード」で彼らは攻撃を繰り出してくる。
この攻撃は上手くかわさないと、精神的ダメージが蓄積されて自信とやる気が削られる。
このDワード、面白いのは英語でもそうで、頭文字がDの言葉は悪いイメージの言葉が多いそうだ。
disという反対を現す接頭語があるからだろうが、Dの音が違う言語系でも他者を不快にさせるというのは興味深い。
話を戻すが、テレビはとにかく批判したほうが視聴率が取れるようで。
「学校を全国一斉自粛します」
となれば
「子ども達が可哀そうだ!」
と言い。
「自粛解除します」
と言えば
「また感染拡大したらどうする!」
と報道する。政府を、個人を、とにかく批判して責めたてる。
正義感で他人を攻撃するのは楽しいのだろう。
すると視聴率は上がる。これは週刊誌や新聞もそうらしい。
野党も同じ戦略を取っているのだろう。
とにかく批判をしていれば、そこに食いつく人達は一定数いる。
代案を出すのではなく、ただ批判するのは楽だしね。
以前はニューメディアと呼ばれるネット情報もそうだった。
今でもアフィリエイターなどは、刺激的な見出しの記事を書いたほうがページビューが上がる。
だから事実をねつ造してでも刺激的な見出しをつける。
しかし事情は変化してきている。
Youtubeなどは批判的な内容よりも、肯定的、前向きな内容のほうがアクセスが上がるそうだ。(これはGoogleという会社の理念も関係あるのかもしれない)
個人差はあるが、統計的に見るとオールドメディアに触れてきた年配の人達は批判的なニュースに食いつきやすい傾向がある。
では、肯定や承認を良しとするニューメディアに触れてきた若者はどうだろうか?
(人はより多く浴びた情報のほうへ思考や意識が誘導される)
批判的な情報ばかり聞いている人と、肯定や承認を受けている人では、どちらが精神状態が良くなるか、そんなのはわかりきっている。
若い世代のほうが人を否定しないし多様性を認めている人が多い気はする。
困ったことには批判と否定の環境(一昔前の演劇界)で生きてきた自分は、気を付けていないとDワードで他人を攻撃してしまう癖ができてあがっている。
そんな時は本当に自分で自分が嫌になる。
若い子を見習おう。
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