【小説】盤上の哲学(フィロソフィー)第6話「クラブに必要なこと」
強化部の部屋に入り、席に着くと一息ついた。何から始めるといいのだろうか。深く座ってパソコンを開く。まずはクラブという組織を知らなくては。徹底的に色々な人に聞いて回らなくてはいけない。まずはーーー座ったばかりだがすぐに立ち上がって部屋を出た
ドアの前に立ち、ふーっと息を吐いてからノックする
「すいません、いいですか?」
「どうぞ」
低い声がドア越しに聞こえる。ドアを開けて中に入る。180cm以上ある肩幅の大きな男が立っていた。小金井 康人(こがねい やすひと)社長である。学生時代はラグビーをやっていて大学にはスポーツ推薦で入学し、全国大会にも出場した経験をもつ。スポーツマンだ。
「失礼いたします。本日よりお世話になります神田です」
小金井はニコりと笑った。
「待ってたよ。ささ、座ってくれ」
そう言い豪快に席に座る小金井。神田も一礼してから席に座る。すごい勢いで小金井が話始めた。
「神田くん、現在のチームの状況は知っているか?」
もちろん知っている。現在は18位で降格圏内。とはいえ、まだ序盤戦で巻き返しが可能な時期ではある。
「今チームは厳しい状況にありますね。順位をあげるように...」
遮るように小金井が言う
「そうだ。厳しい状況だ。だけど、君に期待しているのは順位ではない。順位以上のことをしてほしい」
順位以上のこと?なんだ?面を食らっていると、すぐに小金井は席を立った。
「順位が問題であれば、監督を真っ先に変える。問題はそこだけじゃないんだ。まずはそれがなんなのか。君に判断してほしい」
そう言ってニコッと笑うと小金井は握手を求めてきた。握手をして頭を下げると、聞きたいことは山程あったが別の機会にしようと考え、部屋を出た。
このクラブの問題はなんだろう。まずはそれを知るのが自分の仕事だ。社長室を出るとスタッフが出社し始めていた。そろそろと集まったスタッフは自分の顔を見て少し会釈をして自分の椅子に座っていった。それぞれ自分のデスクでパソコンを開く。そしてそれぞれが自然に仕事に入っていった。
新しく来たGMに興味ないのかな、と思っていると知ってる声が聞こえてきた。
「おー本当に来た!ようこそクラブへ」
同期入社でクラブの広報に出向している栗原拓(くりはら たく)だ。栗原はクラブに出向目的で入社したタイプだ。そういった目的で入社している人間は多いが、栗原はいち早くクラブに出向になり、クラブの在籍のほうが長い稀有な存在だ。それほどまでにクラブに必要とされているのだ。
「久しぶり。ここで会えるとは思ってなかったわ。これから忙しくなるぞ。早速朝挨拶が終わったら練習前にメディア向けの記者会見がある。そこで喋ってくれ」
「えっ、俺が?」
「なに言ってるんだGM。当たり前だろ準備して。30分後にグランドの前で」
なんと、自分がメディアの前でしゃべる??頭が混乱したが、冷静になれば自分はGMだ。当たり前の話だ。今から質問を想定して、回答を用意しなくては、足早に自分の部屋に戻って準備をすることにした。
部屋に戻ってPCを開く。何を言うべきか。成績のこと?選手のこと?エクセルのシートにQとAの欄を作って想定される問答を考えた。なんとなくそれっぽいものを一心不乱に書いてみた後、公式サイトを確認してみて考えるのをやめた。すぐに今日喋るべきことがわかったからだ。
しゃべることは決まった。さあ初仕事だ。
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