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続ワタシについて : 2人と2人

こんばんは。
前々回( 続ワタシについて : 4人の人間 )と
前回( 続ワタシについて : 1人の親父  )の続きです。

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父の転職

仕事が怪しいと書いたのは、
例えば闇金でつとめてるとか、水商売してるとか
業界の話ではありません。

業界はリサイクル業です。
1年の半分ほどは東京で単身赴任、
関西と関東を行き来し頑張っていました。

ただ収入がどんどん減っていきます。

ボーナスもなく歩合制、しっかり営業とって成績をださないと、
専業主婦の母、学生の私、弟、ペットなんて到底養っていけません。

そしてズルをしだします。
貴金属を横流しし、母に渡すのです。
母はリスクを承知でやっているのかと、激怒します。

そうです、バレたら1発で私たち家族はやっていけなくなります。

そんな憤る母を横目に父は逆ギレ。
収入が少ないと嘆くからやったのだと、
なぜそこまで言われないといけないのか理解できないといった具合です。

もちろん母はその怪しい品を突き返しました。

ただそれはずっと父の実家へ流れて行っていたのです。

母はもうこんな父にうんざりしていました。

同時期、母は祖母(実母)の介護に疲れ切っていました。
私や弟は時々母の代わりに祖母を見舞っていましたが、
父は遠方にいることも多かったので一切やりませんでした。

祖母が亡くなった日も、葬式の時も、
何も手伝う様子はなく、
(自分は母を早くに亡くしていて段取りはわかっているはずなのに)
母は私と2人で大勢くる弔問客に対応したり、
不慣れな葬儀に疲れ切っていました。
喪服ですら母が用意していた始末です。

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二人暮らし

祖母の葬儀ののち、4年前から母の留学がはじまりました。

だいたい1年に1回程度帰ってくる母、
慣れない言葉と環境でしたが
若くして私を産んでからずっと子供を優先して過ごしてきたこともあり、
すごく輝いていました。

初めは父との暮らしは何も障害なく、過ごしていました。
ご飯も用意し、食費も出してもらっていました。

ただ、母のいなくなった家での父はみたこともないような大人でした。

毎晩晩酌しながらのアニメ、
エンドレスでつづける携帯ゲーム、
休みの日は家にこもることが多く、
特に犬を散歩以外で外に連れ出すこともなく、
すこし掃除をし、ただそれだけでした。

時々公共料金の督促状がくるようになりました。

ある日家族分の携帯代金を立て替えてほしいといわれました。

ずっとやめていたタバコを再開し、
外に置いてあるゴミ箱に直接捨てたりしていました。

だんだん、一人の大人として情けなさを感じる私がいました。

少しずつ父に対して嫌悪感が生まれてきました。

督促状は毎月何かしらくるようになっていました。
ご飯は自分のぶんだけしかつくらなくなり、
いつしか食費を請求しなくなり、(請求しないともらえない)
生計が完全に別れてきました。

この状況を母にずっと伝えていました。
心配させたくはなかったのですが、
誰かに打ち明けずにはいられませんでした。

母は私に、父の本当の姿をいろいろと話すようになりました。

浮気癖のこと。
私が大学に通っていた時の学費のこと。
お母さんとの日々のやりくりのこと。
自営業時代の無茶な話のこと。

もう私はいち大人として父を、信用・尊敬できなくなっていました。

母の言っていることが100%ではないとは思います。
しかし自分も見聞きしてきた父の言動を照らし合わせると、
信憑性は非常に強い話であることは明白でした。

母はついに離婚を決意しました。
共に死ぬまで歩んでいくことは到底無理だと感じたのです。

正直、母は安定した蓄えも職もありません。
年金ももらえるかわかりません。

それでももうダメだと、思ったのです。

それが2年前になります。

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終わった夫婦と家族の間

離婚の決意を告げてから、
父の母に対する態度はどんどん劣悪になっていきました。

連絡(主にLINE)は概ね無視。
屁理屈やつっかかりのある返答しかできないようでした。

実際に離婚届はすぐにはだせません。
母の滞在許可証やビザ、パスポートの訂正等、
事務手続きが容易ではなく、簡単にできるものではありません。

督促状は止まりませんでした。

だいたい遅れて払っているようでした。

準備が必要な母を横目に、
父は離婚を急かすようになりました。
今思えばこれくらいから今の女性と不倫し始めていたのかと思います。

そうこうしているうちに前々回もいいましたが、
「弟の戸籍除籍、知らない人と養子縁組」
その1ヶ月後に、「父、酒気帯びで逮捕」

イベントは盛りだくさんでした。(本当に不要なイベント)

免許や車がないと、
うちの大きな老犬はかかりつけの獣医さんにも診てもらえません。
急病の時に病院へ連れていってやれません。

CSの支払いが止まりすぎており、
ある日業者がターミナルとインターネットのモデムを回収しにきました。

私は仕事が忙しく残業ばかりで、体調を崩してばかりいました。

ここいらがだいたい去年のハイライトです。

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家族ってなんだろう

家族ってなんなんでしょうか。

20年以上も一緒に暮らして笑って泣いて怒って、
成長を見守り見守られ、
苦労もし、みんなそれぞれの人生がみえてきて、

血が繋がっていて、

書類上繋がっていて、

で、結局何なのでしょう。

私はこのゴダゴダの中で思ったのは、
家族は「自分の精神の家」で、
その家は自分の家族ができることによって引っ越しされるものなのかなと。

私にはパートナーはいます。
かつては結婚を約束していましたが、
おそらく今はしていません。
でも信頼しています。

ただ、まだ家族ではないので
「精神の家」までいけているかというとそうではなく、
非常に近所まではいます。(なんだそら)

この精神の家が崩れる、不安定になると、
人は自然と体調が崩れていきます。

不調をきたし、だんだん自分が何者かもぐちゃぐちゃになってきます。

家族は、結局、非常に強い存在であることを思い知らされました。

ただこれはまた「新しい創造」のチャンスでもあり、

嫌なことばっかり(そしてだいたい父が悪いように)書いてきましたが、

きっと魂レベルで次のステージに進みたがっているからこその出来事だと、

そう思うと少しは救われるかなとおもいます。

(急に変なこと言い出しましたけど、結構本気でそうおもっています)

(書いたらちょっとすっきりしました!)

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次も頑張って更新します!
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世間から外れまくりの私・泉美が、どんどんと”元のじぶん”に戻るnote。1991年神戸生まれ、在住。TW:@nnpq123 HP:https://www.izumi123-4.design/ IG:nnpq123
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