夏雲奇峰 1

これは僕が大学2年の夏の話だ。

特に親しい友人もおらず、単位を落とさない程度に学校に通いながら、夜はレンタルビデオ店でバイトをするといった生活をしていた。

バイトの終わりにそのまま店で借りていく映画、それを一人暮らしの部屋で酒を飲みながら見ることだけが唯一の娯楽だった。

そんな生活だったが特に虚しいとは思わなかった。人間関係というものには高校を卒業した時点で大方諦めをつけていたし、趣味ややりたいこともこれと言ってなかった。性欲は人並みで、相手に飢えるほどでもなかった。

ただ、知識を吸収することと、映画を見ることだけは好きだった。

だから、これと言って不満もなく、満たされた生活を送っていたのだった。

「また来てますよ、例の彼女。」

それは大学が休みに差し掛かった、夏の日だった。

夏休みだからといって例のごとくやることもない僕は、空いた時間を埋めるようにバイトに勤しんでいた。

その日もいつもと変わらず、レジに立って仕事をしていると、最近入った新人から声を書けられたのであった。

「例のギャルって…ああ、あの人か。」

地方には珍しい派手な髪色と、この季節にそぐわない長袖の、こちらは暗めなファッションに身を包んだ、美しい女性だった。

どこの店でも、バイトに認知されている常連というものはいるもので、彼女も例にもれずそうだった。理由はといえば、単に美人であることは言うまでもなく、もう一つ。彼女がレンタルするのは毎回、名前も聞いたことのないようなB級ホラーだったからだ。

しかもこれがどうして、彼女の借りる作品は隠れた名作的なものが多く、かく言う僕も「彼女の借りた作品リスト」にはたまにお世話になっていたりしたのだ。

「やっぱ美人ですよねえ、なんだってこんな地方にいるんだろう。」

「さあな。」

バイトの間で話題とはいえ、僕にとっては彼女は(彼女の見る作品は興味深いとはいえ)ただの常連客の一人に過ぎなかったし、僕自身、もともと他人に興味を抱く質ではなかった。

「なんか、謎多き美女って感じですよねえ。」

この新人は少し私語が多い気がある。立場上、一応注意しようかと思いあぐねた矢先、彼女がレジに来た。

「いらっしゃいませ。」

いつもと変わらぬ態度でレジに立ち、彼女から手渡された商品を受け取る。

多くの場合彼女が借りていく作品は僕の知らないものだが、今手渡されたそれは、僕も過去に何度か視聴したことのあるものだった。

「…面白いですよね、この作品。」

それが自分の好きな作品であったことに何かを感じたのか、それとも、無限に繰り返される日常にほんの少しの刺激を求めていたのか。

今ではもう覚えていない。多分、些細な出来心だったんだと思う。

僕が話しかけると、彼女は少し驚いたような顔をした後、言葉を紡ぐ。

「…実は、まだ見たこと無いんですよね。」

思えば、彼女が言葉を発するのを見たのは、これが初めてだった。

初めて聞く彼女の声は、想像していたそれより幾分高く、透き通っていて、とてもきれいな声だった。

想像と違った声のギャップで、なぜかこちらが固まっていると、今度は彼女の方から話しかけてきた。

「あの…ホラー、お好きなんですか?」

「そう、ですね。少しだけ。」

曖昧な笑みを浮かべながら返事をし、会計を済ませると、彼女は少し笑みを浮かべていた。はじめて見るその表情に、なぜだか無性に心を動かされ、次の瞬間にはとっさに言葉が口をついて出ていた。

「もし、よろしければ今度映画の話でも、しましょう。」

これが僕と彼女の出会いだった。

季節はもう、夏だった。

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高専中退して、株式会社ゆめみでフロントエンドエンドエンジニアをしています 18歳/年俸450万/演劇/脚本/ 小説とか思想とか技術とか
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