Alice in the sandbox. 第三幕
第三幕 Tea party with Mad Hatter.
「さあ、今宵もお茶会を始めようか!今日は…えっと、何日だっけ?…まあ。そんなことはどうだっていい!お茶会をすることこそが需要なんだ。そう、重要なのはいつだって…なんだっけ?」
誰もいないパーティ会場で、今日も気味の悪い笑顔を浮かべながら、その男は踊り続ける。
あるいは世界が終わるまで踊り続けるのかもしれない。
そう思わせるほどの異質さがその男からは漂っていた。
奇妙な形のシルクハット、ピエロを彷彿とさせるなメイク、両足で形のそろっていない靴。折れかけの杖、そして常に焦点のあっていない眼。
「…ねえ、あの人ってもしかして、その、どこかおかしいの?」
帽子屋、と呼ばれるその男を少し離れたところで眺めながら、言い知れぬ異質さに恐怖を感じ始めていた私は、素直な質問をした。
「気にしないほうがいい、彼はいつもあんな感じさ。」
「そう…」
気にならないわけがない、という言葉はいったん飲み込む。
「それで、あの人がお茶会とやらの主催者なわけね?」
「ご名答、彼はいつもここでお茶会を開いてるんだ。」
なんとなく、だが彼の言う「お茶会」には一般的な意味とは少々異なるような、そんなニュアンスが含まれてるような気がした。
そんなことを考えていると、ここに私を連れてきた男…猫さんと呼ぼう、はずんずんと帽子屋に近づいて行って、声をかけた。
「おおい!帽子屋!今日もご機嫌だね。」
思わず頭に手をやる。できればあんなのに関わらずに済ませる方法を見つけたかったところだ。
仕方がないので猫さんの陰に隠れるようにしながら私も帽子屋に近づいていく。
帽子屋は一瞬真顔で、こちらを見て、一気に笑顔になった。
「やあこれはこれは!猫くんじゃないか!おかげさまでこちらは元気だよ、どうも。ところで、ちょうどたまたまこれからお茶会を開くところだったんだが、一緒にいかがかな?今日はどこかの誰かさんも一緒だ。」
彼が指さすのは、誰も座っていない椅子だ。
「まあ、いつも一緒なんだけどね。ところで、そちらのかわいらしいお嬢さんも一緒にいかがかな?」
ばれてた。
しぶしぶ顔を出して、返事をする。
「ええと…それじゃあ、ご一緒させていただきます。」
「おお!これは素晴らしい!こんなに賑やかなのは久しぶりだ!何年ぶりだったかなあ。」
早口でまくしたてながら男は椅子の用意をしていく。
「まあそんなことはどうだっていいのさ。賑やかなのはいいことだからね。ほら、座って座って!」
猫さんは躊躇なく席に着いた。私も習って隣に座る。
「さあ、召し上がれ。」
そういって手渡されたカップはボロボロで、中身が入っていなかった。
「すみません、その…中身が入ってないみたいですけど。」
そういうとなぜか隣の猫さんは、我慢できない、というように声を押さえて笑い出した。
「ん?そんなことは…あああああああああああああ本当だ!私としたことが!なんという失態!この無能が!クソ!クソ!」
私からからのカップを受け取った帽子屋は突如として叫びだし、机の角に勢いよく頭を打ち付け始めた。あまりに勢いがいいので、食器類が何点か地面に落ちて割れている。
「ちょ、その…落ち着いてください!別にそんなに気にしてませんから。」
そういって帽子屋の体を机から引き離す。気味の悪い男だが、目の前で死なれたりしてもそれはそれで困る。
「そうかい…?すまない、少し、気を取り乱してしまったようだ。今新しいお茶をつごう。」
帽子屋ははっとした顔をすると、立ち上がってお茶を継ぎ始めた。
…頭から血が流れているが大丈夫なのだろうか。
「はい、どうぞ。」
そういって帽子屋が手渡してきたカップは、やはり空だった。
「…やっぱりないみたいだけど。」
小声で猫さんに耳打ちする。
「そうかい?僕には、おいしそうな紅茶が入っているように見えるけどね。」
そう言って彼はカップに口をつけた。
…本気なのだろうか。彼の考えていることはさっぱり読めない。
仕方がないので猫さんに倣って私も飲むふりをする。
「ところで、イチゴのジャムはいかがかな、真っ赤なジャム。君のお友達みたいに真っ赤なジャムはいかがかな?」
突如投げかけられた帽子屋のその言葉で、私の思考は固まってしまった。
私の…友達?イチゴのジャムみたいに真っ赤?どういうこと?この男は何を知っているの?
私には友達がいて、彼/彼女はイチゴジャムのように真っ赤だった。
「あの、帽子屋さん!それってどういう…」
言い終えるより先に、猫さんが勢いよく机をたたく。
「帽子屋、少し黙っててくれないかな?」
まただ、先ほども感じた冷たい雰囲気。それに気圧された私は、あとの言葉を紡げなかった。
「おお、怖い怖い。それじゃあ私はお茶でも飲んでますよ。一人で、寂しく、静かにね。」
「あぁ、そうしてくれ。まったく…すまないねお嬢さん、彼はこういう風に、訳の分からないことを言って相手を困らせるのが趣味の嫌な奴なんだ。」
私は黙ってうなずく、余計なことを言えばまた彼の機嫌を損ねるのではないかという予感がした。
「それで、何の話だったかな。ここはどこか、知りたいんだったっけ?」
「…ええ、いったいここはどこなの?こんな場所、どんな写真でも見たことがないけれど…」
強いて言えば、昔読んでいた絵本にこんな場所が登場したかもしれない。
「ここは、ハートの女王が納める国さ。広さは…そうだな、君たちの基準で言えば、前橋市一つ分ってところじゃないかな?」
君たちの基準で言えば、ということは彼らの基準は私たちとは違うのだろうか。
それにしても何だってマイナーな地方都市をチョイスしたのだろう。
「少し…微妙な例えなんじゃない?」
「それは、前橋市に失礼というものじゃないかな?」
そうかもしれない。
「それもそうね、前橋市の皆さんごめんなさい…それで、国といったけど、ここはどんな国なの?」
「平和で豊かな国さ、基本的にはね。」
「…基本的には?」
問い返すと、猫さんは一瞬の間をおいて答えた。
「厄介なことにね。この国にはおよそ平和とは言えない奴が二人いるんだ。一人はそこの頭のおかしな…」
ちょうど、帽子屋がこちらを向いた。
「…失礼、少し不思議キャラの帽子屋。もう一人はもっとひどい。いつも怒ってる怪物さ。」
「…怪物?」
その時、ドタドタという足音を響かせながら、重そうな甲冑を身にまとった若い男が現れた。
そして、一瞬周囲を見渡し帽子屋を見るなり怒鳴りだした。
「おい、帽子屋!見つけたぞ!」
「やあやあトランプくんお久しぶりだね、お茶を入れたばっかりなんだ、一杯飲んでいきなよ。」
帽子屋は物おじせずに近づいて挨拶をする。
よくわからないけど、さらに怒られるんじゃないだろうか。
「昨日も顔を合わせたばかりだろうが!それに、どうせ空っぽなんだろう?そのお茶は!」
「失礼だなあ。僕が中身のないお茶なんて出すわけがないだろう?なあ、有栖君?」
突如話しかけられてびっくりしてしまう。
「え!?ええっと…そう、ですね?」
返答はこれでよかったのだろうか。トランプ、と呼ばれた男を怒らせたりはしないだろうか。
…と、言うか。
「なぜ私の名前を!?」
「うるさい!そんなことはどうだっていい!兎に角、今日こそ帽子屋、貴様を…って、有栖!?」
「え、はい!」
またも名前を呼ばれた。私の脳はもう処理落ち寸前だ。
「有栖って…各務原 有栖?あの、有栖か?」
苗字まであってる。いったいこれはどういうことだろう。
「あの…かどうかはわかりませんが、確かに私は各務原 有栖です。」
答えると、トランプのこちらを見る目が一段と鋭くなった。
「…貴様、よくものうのうと。また懲りずに女王に手出しをする気か!?」
また?手出し?
何を言っているのだろう。私はすでに目の前の事柄についていけなくなっていた。
「おやおや、噂をすれば、だ。面倒なことになっちゃったなあ。とんずら、とんずら。」
そういうと猫さんの姿は溶けるようにすうっと消えてしまった。
「え!?猫さん?ちょっと、えぇ!?」
「兎に角、帽子屋と一緒に来てもらおうか。」
トランプに胸倉をつかまれた。
「ちょっと…その、話し合いましょうよ、人違いですよたぶん…」
だめだ、目の前の男は完全に頭に血が上って、こちらの話を聞いていないようだった。
つかまれてる首が苦しくて、ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じた。
「おおっと!僕はこれから、お隣の奥さんとこのお茶会にお呼ばれしてたんだった、それじゃあお二人とも、チャオ!」
「あ、おい待て!くそ…少し待ってろ!」
いきなり首元の感覚がなくなったかと思うと、次の瞬間私の体は地面に叩きつけられていた。
どうやら、帽子屋を追っていったようだ。
「…いったい、何なの。」
先ほど首を絞められた影響で、まだ頭がぼーっとする。
「きっとこれは悪い夢、そうでなくちゃ…困るわ。」
そうだ、これはきっと悪い夢なのだ。自分を猫と名乗る不思議な男も、頭の可笑しい帽子屋も、急に胸倉をつかんでくるトランプも、みんなみんな夢なのだ。
「…寝て起きたら、元に戻ってるかもしれない。」
そうだ、少しだけ寝よう。それではっきりする。夢ならばきっと目覚めたときには現実に戻ってるはずだ。そうでなかったら…その時に考えよう。
「少しだけよ、少しだけ…」
そうして私は、ゆっくりと眠りに誘われていった。
「私は、あなたを許さない。有栖。」
完全に眠りに落ちる直前、聞き覚えのある声が、聞こえた気がした。
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