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きみはぼくのともだち(テヒョン編3)


友達は何人いますか?と聞かれて即答できる人はどれぐらいるだろう?
ひとりも友達がいないという人は少ないだろうけど、この世界にどうしようもなく関わっている私たちにとって、どこからどこまでの人を“友達”だと呼べるのだろう。

実のない話に花を咲かせて、くだらないことを言い合い、持て余した時間を共有できて、特に胸の内を打ち明けたわけでもないのに、ふっと心が軽くなるような言葉をくれる人、多くの価値観が似ていても一方で自分では考えもつかないような発想で新しい世界を見せてくれる人。気軽に会って、時には便りがないことが何よりも元気な証拠だったり、気兼ねなく信頼できる人。信頼しているからこそ、心の中のひずみに気づいてあげられないで、いつの間にか知らない間にまた元どおりに、あるいは一段と素敵な人間になっている人。



テヒョンくんはいつの間にか大人になってしまった。
もともと無口ではあるけれど口数も少なくて、ジミンくんも言っていたように昔は無防備に脚を広げてぽかんと口を開けて座っていたのに、今ではアンニュイな雰囲気を纏ってじっと黙りこくって、お洒落に脚を組んで座っていたりする。
一緒に遊んでいたのに違う人みたいになっちゃったみたいだとジョングクが気まずさを感じるほど、確かにテヒョンくんは落ち着いてしまったように見える。
賑やかな6人の仲間たちよりも、ウガウガのメンバーたち(仲良しの友人グループの愛称)の方がゆったりとした話し方のテンポ感がずっと似ている。
急に突拍子もないことを言って、みんなをフリーズさせたり、ダメだと言われたことをなぜかやってしまったり、四角い口で大きな目をくしゃくしゃにして笑っていた、いたずらっ子でヤンチャでかわいいけれどちょっと悪そうなテヒョンくんが好きだったのに、お洒落な大人みたいに落ち着き払って、ジョングクの言うようにたしかに違う人みたいで、時々少しさみしくなる。


人は変わる。
日々の出来事の中でたくさんのことを経験し、みんな成長していくものだから。
そして、どれだけ大人になって好きな音楽やファッションが変わっても、その人の本質は良くも悪くもなかなか変わるものではないものだ。


「キムテヒョンはキムテヒョンです。」とテヒョンくんは言った。

「キムテヒョンは今も好奇心旺盛で知りたいことも多くて、やってみたいことも多くて、そしてただとても、、色んなことが知りたい人です。」

その言葉通り、テヒョンくんは相変わらず、時々突拍子もないことを口にし、みんなを驚かせ、色んなことをやりたがっている。
『In the SOOP』でジンくんがきれいにチヂミをひっくり返すのをみて、僕もやりたい!!と言って、失敗したのにまたやらせてもらえるまでじっとチヂミを見つめて、結局そんなにやりたいんだったら…と任された瞬間、とても嬉しそうにフライパンを握っていたテヒョンくんも、ヒョンたちのために特製ジュースを作ったり、お母さんに習ったおこげを作って、起きてきたばかりのまだぼんやりしているヒョンたちがそれを口にしてくれるまでずっと飲みますか?とすすめていたかわいらしさも、ひとりボートの上で楽しそうに遊んで、突然トロットをかけながら遠くのナムジュニヒョンに大きな声で“無条件の愛の歌”を熱唱し始めたことも、どこに飛び出していくか分からないあぶなっかしい子どもみたいだったあの頃と何も変わらず、予測不能で自由で、とても純粋だ。


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(※みかんがすっぱかったときの銀河一かわいいテヒョンくん)


MAGIC SHOPのコンサートの日、くるくるの新しい髪型にしてもらってワクワクした表情を浮かべていたテヒョンくんは、とてもテヒョンくんらしくてかわいかった。
ピカピカの新しいオモチャを見せびらかすような気持ちでみんなに披露したかったのだろうけど、思いの外ヒョンたちにおもしろがられ、ゆんぎに「水ワカメみたい」だと言われた時にはもう完全に拗ねていた。長年の勘を働かせたメンバーたちはすぐに全力ですごく似合ってるよ!と6人がかりでフォローしていたけど、もうこの髪型をやめるとまで言いだしてしまって、ステージに行くエレベーターの中でどれだけジミンくんにお前はめちゃくちゃかっこいいよ!と励まされても、始まる直前に待機しているセットの中で、改めてみんなに褒められていても、くるくるの髪でずっと口を尖らせていた。
拗ねていたテヒョンくんは無事、開演直後の『Love Maze』でジミンくんのおかげで崩れるぐらいに笑っていた。ジミンくんのパートの“人に何て言われても耳を貸さないで”という歌詞をおもしろおかしいジェスチャーで自分に向けて歌われたからだ。(ジミンくんはテヒョンくんのツボをよく分かっている)



2018年12月15日、MAMAで大賞を受賞したとき、テヒョンくんは訳がわからないぐらい泣いていた。今まで溜め込んでいたものが堰を切って溢れ出した濁流みたいにわんわん泣く彼の涙の理由は知らないけど、大切な人たちと一緒にそこにいる喜びを噛み締めているみたいだと思った。
解散したいと言ったのが誰だったのかも、それでも続けようという選択にみんなを引っ張り上げたのが誰だったのかも、私たちただのファンは、もしかしたらすぐそばにいるスタッフでさえ、その真相は7人以外の誰も知ることはないのかもしれない。

時を経て打ち明けられたいつかの話に、今更あの日の涙の理由をほんの少しだけ汲み取れた気がした。大切な友達の身に起きた様々な困難を、ときどき事後報告で知るときのそれのように。ほんの少しさみしく感じながら。


テヒョンくんが作った『Blue&Grey』という曲は、とても辛かった時期に書いたものだそうだ。
“自分はゆっくりで、のんびりした人なのに、ぎゅうぎゅうになりすぎて壊れてしまった。僕がいま進んでいる道の先に何があるんだろう、成功も大事かも知れないけど、幸せになるために歌手をやっているのに、どうして今、幸せじゃないんだろう。”そんな悩みを抱えた頃に『Blue&Grey』を作り始めたそうだ。(weverseマガジンインタビューより)
この仕事を続けるべきかどうか悩んだという言葉に、いつかの彼の姿がたくさん浮かんだ。ツアー中厳しくメンバーのミスを指摘していた日の、あのキッと怒っているときにするまっすぐな瞳や、悩んでいたときにゆんぎヒョンに手紙をもらったのだと嬉しそうにはにかんで話していたかわいらしい笑顔も、大切な人を亡くして、少しずつ大人になってしまったその表情を。朝起きて、携帯の画面に浮かんだ明け方の書き込みの投稿者のVという名前に、いつ寝てるんだろう?と思った日々も、メンバーたちに囲まれて赤くてかっこいい髪と煌びやかな衣装を身にまとって、わんわんと子どものように泣いていた姿を。

その曲を通して、何を伝えられたと思いますか?という質問に
「誰かが落ち込んでいる時、どうしたらいいか分からない人に“頑張って”と言うより、“最近、落ち込んでいるね”“頑張ってと言われても、頑張れない状況なんだよね”と言ってあげた方がいいじゃないですか。」と答えていた。
その優しさは痛みを知っている人だからこそ持てる優しさだから、あの曲が憂鬱で悲しいのにどこかとても温かいのは、きっとそのせいだろう。


先日グラミー賞にノミネートされたとき、大きな歓声をあげて喜ぶメンバーの中、テヒョンくんはとても静かだった。何が起きたのか分からなくて薄いリアクションだったのか、彼の心の中をのぞくことは出来ないけど、きっとテヒョンくんにとっての幸せは大きな賞や名誉より、大切な人たちが幸せかどうかが基準値になるのではないだろうか?
あの瞬間固まっていたテヒョンくんは飛び上がって喜ぶメンバーを見て、はじめて小さく笑っておどけたポーズを見せてくれた。

いつか「今より少し低い位置にいてもいいからみんなで笑いながら幸せに音楽を続けていけたらいい」と語っていた彼の祈りがどうか現実のものになればいいと思う。



以前ARMYによる「バンタンの人気が高くなって遠くに感じる」という冗談で書かれた書き込みを見て少し胸が苦しかったと話していたことがあった。
そのことに対してテヒョンくんはこんなことを話していた。
「だからなおさらARMYの皆さんと仲の良い友達みたいに距離も取らずに、僕たちが今より有名になったとしても、今と同じだとしても、ARMYの皆さんと本当に仲の良い友達になりたいです。それは変わらずにいたいです。」


テヒョンくんは最近よく私たちのことを“友達”だという。
ARMYを応援している友達として元気づけたいというようなことも言ってくれていた。
偶然にもテヒョンくんのその話を聞く前から、ここのタイトルは“君は僕の友達”だ。私の好きな歌の歌詞のように、テヒョンくんはずっと前から“ちいさなあかりを灯すように”そこにいてくれる友達だから。
それはまるでナムジュンが言っていた、慣れ親しんだ人たちだけが持てるテレパシーのようで、話をしていなくても、不思議に知らず知らずのうちに同じものに興味を持つ、現実世界の仲の良い友達同士のように、お互いを友達と呼び合えるこのおかしな関係は、見えない不思議な力でつながっているみたいだ。(もちろんここに共感していいねをくれた人たちもそうだろう)



お父さんに連れられて上京する時、タクシー詐欺に遭って駅から新沙までトンネルを3つも通ったのに「そんなこともあるよ」と言ったテヒョンくんのお父さんのその穏やかな対応を、昔は理解できなかったけど、今考えてみると“面白い思い出だった”と話していた。
とてもささやかな話だけど、テヒョンくんはいつも物事の一番大切な何かを教えてくれる。慌ただしく過ぎていく日々の中で忘れてしまったものも見逃していた美しさも、たくさんの小さくて、本当は大きな幸せを教えてくれる。
それは、実のない話に花を咲かせて、くだらないことを言って笑って、ときには予想もつかないことを言いだして、新しい世界を見せてくれる人で、ベタベタと甘く照れるような言葉をくれるのに、時には便りがないことが元気な証拠で、気兼ねなく信頼できて、だけど信頼しているからこそ、いつの間にか傷ついて、知らない間にもっともっと素敵な人間になっている、そんな友達だ。


真っ暗な夜に浮かぶきれいな月や星を見ると、彼にその景色をあげたくなるのは、いつか空からこぼれそうな満天の星空に「잘 살았다!」と手を叩いていたあまりにもきれいな姿を思い出すから。
世界中に翻訳できない感性があるように、直訳で“よく生きた”というその言葉を私はうまく自分の話す言葉に変換することはできないけれど、(良い人生だ…という言葉が合うのかもしれない)彼がすてきなときも危なっかしいときもさみしそうなときも美しいときも、これからも잘 살았다! と手を叩ける瞬間で彼の時間が埋まるといい。



これから先もずっとずっと仲の良い友達でいてね、
すてきなところだけ見せなくてもいいから、
悲しいときにはその訳をこっそり教えてね。


“君は僕のともだち”だから。


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※おわりに
最後まで読んでくださりありがとうございます。
このnoteは人物の考察ではありません。だれかの中の“好き”という気持ちがいっぱいになりますように。



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