自分の中のキャラクターを何人ぐらい認識してますか?私はもちろん多重人格です〜笑
こんにちわ〜
毎日の生活の中で、自分の中に何人か人格があるなぁ〜と感じることはないですか?
わたしは過去も含めたら数人は認識してます
今はよく出てくるのは、好奇心旺盛な5歳児とか、ほぼ全て起こることギャグ!なお笑い芸人とか、はたまた、だいぶキャラクター違うけど、
タロットでいうソードのクイーン(全体をみてしかるべきところに愛を持ってピースをはめてく感じの頭キレキレウーマン)とかワンドのクイーン(情熱と愛で突き進む熱血ウーマン)の要素を強く認識してます笑
ウケるっ!
以前は結構ただ楽しいのが好き!気持ちいいのが好き!みたいなお祭りギャルとか、
自分なんて。。。と自虐していく海藻系陰キャラとか、
私のせいかな?と責任を背負いたがる持ちたがりオバたんとかたくさん登場してたけど、
今はだいぶ登場回数が変わってきた(もちろん今もいますよ!オバたんは結構まだでるなぁ〜笑)
てな感じで、みなさんたくさんのキャラクターを自分の中に飼っていることと思います
主要メンバーは、日によっても、時期(人生のタイミング)でも変わるし、コミニュケーションをとる相手やシュチュエーションによっても変わります
だから、自分(思考)で自分のキャラクター決めんでもええんちゃう〜と思うわけです
流れに任せると勝手に選抜されてく感じだと思ってます(自分の希望があれば通る)
自分の希望とは別で、自分(思考)で『自分はこんな人間である』って無意識で決めつけてる人多いな〜と感じます(過去の自分も含め)
自分(思考)で決めつけてる自分をやってる時って、常識とか社会とかに囚われてる自分だったりするのですが、その人のとっても輝く才能を無理矢理隠してしまっている時があって、うおーーーっ!勿体無いなぁ〜い!と感じることがあります
社会生活のルールに従うと隠さないといけない場合が多くなりますもんね(相手も自分もルールが絶対だと信じてるからね)
それだと、常識の中にいる間は持ってるピッカピカの才能が使えないヤーーーンとなるわけです
もったいなす〜
みんなほんとユニークだからそれを使ったら、自分も社会もエネルギー循環してさらにピッカピカでっせ〜と感じています
自分(思考)で自分のキャラクターを決めつけちゃうと、だんだん窮屈になってきませんか?なんかわかんないけど、息苦しい感じになりませんか?
そんで、もっと行くと、飽きてませんか?笑
わたしは、たくさんやったキャラクターは結構飽きました。もうやり切った!満足したわい!って感じになりました。
もういいんちゃう?ってときないでしょうか?
なんか、自分で認識できる自分のキャラクターって意識するとたくさんいると思う
で、じぁ〜登場頻度低めだったキャラクターを打ち出してく頻度増やしてみよ〜となるわけです
そんな感じでいろんな自分になれると思うと自分の可能性ってめちゃくちゃ広く感じませんか?
だけど、ここでそんなコロコロ変えてたら、それは生き方ブレちゃうんじゃない?という疑問が湧きます。
確かにそーゆー場合もありそうです。
とゆーことで、
キャラクターをころころ変えて一貫性がない人とキャラクターをころころ変えても一貫性のある人の違いを見つめてみました
前者(ブレちゃう人)はキャラクターを変えるというよりは演じている感覚なのではないでしょうか?
後者(ブレない人)はキャラクターは演じているのではなく、手持ちのカード(キャラクターカード)の中からピッタリのモノを選んで出す感覚です。
(この感覚になると、もう自分は自分なんだけど、自分って隣の人と変わんないな?って思ってくる。手持ちのカードは全人類共通なような気がするからだ。どの出口からだすか?の違いだけな気がしてます。今やってる自分は明日は違う人がやってるかもしれないって感覚になる。じゃぁ、自分って思ってるものってなんなんだろうね?笑という謎の感覚になります。)
あれ?でも、さっきキャラクターは自分で選ぶ必要なんてありまてん!と言ってなかった?と気づいた人!マジ鋭い〜!!!笑
で、ここでいう自分とは、どの自分か?ということです。
初めに示した自分は思考(エゴ)で考える自分です
そして、カードを選ぶ自分は思考(エゴ)を超えた自分です
思考で考える自分より大きな自分を感じるとピッタリなキャラクター選抜をオートマチックにやってくれます。(キャラクター選抜だけでなくていろんなことオートマっす!まじ便利!)
ここで、じぁ、思考(エゴ)の自分はダメなのか?という疑問が湧きませんか?
私は湧きました笑
未熟な私ってダメなん!!!って。(そーゆー癖ありやんす)
私って未熟やん!って未熟(自分を下げるニュアンスの)ループ入りしそうになるときある〜
ま、そんなときはどの人もみんな訓練中であることを思い出すとバランスとれる感じします
いいとか悪いとかはほんとにない世界だということを前提に考えていくとほんとに楽で、思考の自分であることはデメリットだけでなくメリットもあります。
思考を超えた自分でいることもメリットだけでなく、デメリットもあるんです。
(それはまたの機会に描きま〜す)
大きな意識と小さな意識を出たり入ったりするその体験をできる場所が今の地球です
その塩梅は大きな意識の自分がちゃんとバランスとってるって思います
大きな意識と小さな意識を行き来することは今の時代に生きる全人類共通で体験しにきてることの一つだから、それでいいんだすぅ〜
だから、思考の自分(小さな意識の自分)でいてもいいんだぞよ〜と思うわけです
私たちは、みな完璧な人格じゃないし、人間ですから〜イビツさの美しさを認め合っていきませう〜
これからは大きな意識で生きる時間が長い人が増えてく時代でもあると思うので、またいろいろ変わってくとは思いますけどね!
またの機会に『思考の自分と思考を超えた自分』についても詳しく描いてみます。
読んでくれてありがとうございます♡
らぶ♡