
患者さんの顔を傷つけなくても密閉性を確保できるように。“蛇腹構造”の人工呼吸器用マスクを開発しました
はじめまして、株式会社iDeviceです。
わたしたちはこの春、NPPV(非侵襲的陽圧換気)療法による圧迫創傷を軽減するマスク「javalla(ジャバラ)」を発売しました。

気管切開や挿管をすることなく、マスクを介して呼吸を補助するNPPV療法。患者さんの身体への負担が少ない方法ですが、ひとつ難点がありました。それは、密閉性を確保するため顔にマスクを強く押し当てるので患者さんの不快感が大きく、鼻や頬の皮膚が荒れてしまったり、傷ができてしまったりすること。
命が助かるんだから、それくらい仕方がない?
わたしたちはそう思えなかったので、この課題を解決する人工呼吸器用マスクを開発しました。これまでの3分の1程度の圧で顔にフィットする、画期的な蛇腹構造のマスクです。
なぜ自分たちで開発を行うことにしたのか。
開発にあたりどんなところにこだわったのか。
javallaによって、医療現場や人工呼吸器ユーザーの暮らしはどう変わるのか。
開発メンバーの木戸、原、大浦3人がインタビューに答えました。
(インタビュアー:飛田恵美子/カメラマン:山中陽平)

木戸悠人:株式会社iDevice代表取締役/臨床工学技士
京都保健衛生専門学校臨床工学技士専攻科卒業。国家公務員共済組合連合会枚方公済病院で人工呼吸管理の経験を積み蛇腹構造のマスクを発案。2020年に株式会社iDeviceの代表取締役に就任し、javallaの開発を行う。

原正彦:循環器内科専門医、株式会社iDevice 創業者 取締役CMO
島根大学医学部医学科卒。神戸赤十字病院、大阪労災病院で研修を受け、大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学で学位取得。2016年に大阪大学発ベンチャーとして株式会社mediVRを創業。日本臨床研究学会代表理事、島根大学客員教授など複数の肩書を持つ。

大浦イッセイ:インダストリアルデザイナー
1987年に金属彫刻家、表現家として独立。金属モニュメント、金属オブジェ、空間デザインなどを手がけ、2002年からはインダストリアルデザインを生業とし、現在は健康・医療関連のデザインを手がける。「アートで社会に問い、デザインで社会と共有する」を活動のドメインとし、NPO法人を立ち上げるなど社会的な活動にも尽力している。
製品化してくれるメーカーがなかったから、起業を選んだ
——まずは、javallaを開発した背景を教えてください。
木戸:臨床工学技士として病院で働くなかで、人工呼吸器用マスクの装着に苦労していたんです。顔の形や大きさは千差万別ですが、人工呼吸器用マスクは数種類しかありません。うまくフィットするものがなく、強く押し当てなければいけないこともありました。そうすると、患者さんの顔に褥瘡ができてしまうんです。程度には差がありますが、数時間で5-30%、48時間だとほぼ100%何らかの症状が出るという論文も出ています。
これまでも肌に接触する部分を柔らかいゲル素材にするなどの改良がなされていましたが、強い圧がかかる状態が長時間続くとやはり褥瘡ができてしまい根本的な解決にはつながらず。欧米では医療訴訟に発展するケースもありました。医療ニーズがあるのに満たされていない、いわゆるアンメット・メディカル・ニーズだったんですね。この問題を解決するには、顔の形に合わせて変形するマスクがあったらいいのではと考えました。

患者さんの皮膚に負担をかけない柔らかさと高いデザイン性を備えています。
——蛇腹にしようと思ったのはなぜですか?
木戸:最初に参考にしたのはコイルマットレスです。コイルにより顔にかかる圧力を分散できると思ったのですが、コイル間に隙間ができないよう開発するのは難易度が高いし、使う側としても金属が入っているものを患者さんの顔に装着するのは抵抗がありました。「もしコイルが飛び出てきて顔を傷つけたら」と想像してしまうからです。
「コイルのばねを活かしつつこのデメリットを解消するにはどうしたらいいだろう」と考えていたとき、浮き輪などをふくらませる空気入れを目にして、「そうか、マスク全体を蛇腹構造にすればいいんだ」とひらめきました。

——このメンバーで起業した理由は?
木戸:はじめは起業するつもりなんてまったくなくて、どこかの会社に製品化してもらえたら十分だと思っていました。でも、人工呼吸器用マスクを作っているのは外資系の医療機器メーカーばかりで、病院に出入りしている営業マンに提案しても具体的な話にはならず。それならばと中小のものづくり企業に提案してみても、医療機器というだけで「リスクが高い」と判断されてしまいました。
いま振り返ると僕のプレゼン能力が低くて必要な情報を伝えられていなかったことも大きかったと思いますが、誰もこのアイデアに価値を見出して「一緒にやろう」と言ってくれる人がいなかったんです。そんななかで出会ったのが原先生でした。2018年12月に原先生が講師をされたセミナーに参加して、「医師でありながら起業して医療機器を販売している人がいるんだ!」と感銘を受けて。セミナーの後に簡単なプレゼンをして、好反応をいただいたのですぐに試作品を作ってご連絡しました。

原:こうしたプレゼンはよく受けるのですが、木戸先生のアイデアは非常におもしろいと思いました。僕が医療機器開発の新規案件に着手するときに重要だと考えている基本要素が3つあります(詳細はこちらのブログ記事を参照)。1つめは臨床現場で強く必要とされている製品であること。2つめは製品アイデアを形にできる実現可能な技術があること。そして最後の3つめが、臨床上の問題を劇的に解決できる、臨床効果の高い製品であることです。
蛇腹構造のマスクはこの3条件を満たしていたし、実現できたら臨床現場のプラクティスが劇的に変わるな、と思いました。木戸先生が臨床工学技士として長年誠実に働いてこられたからこそ生まれたアイデアですね。
せっかく作るなら医療現場の常識を覆すような製品にしたくて、知り合い経由で大浦さんを紹介してもらいました。医療機器を専門とするデザイナーで、質の高い仕事をされる方だと聞いていたから。

大浦:原先生にオファーをいただけたことだけでもとても光栄でしたが、お話を伺って蛇腹構造のマスクというアイデアにも可能性を感じ、ジョインさせていただきました。

——木戸先生が作った試作品はどんなものだったのですか?
木戸:それまでも空気入れの改良は行っていたのですが、やっと興味を持ってくれた人によりイメージに近いものを見せたくて、折り紙で三角形の蛇腹マスクをつくりました。四角形の蛇腹をつくる設計図はネット上に上がっていたので、それを三角形にアレンジして。学校の授業以外で初めて三角関数を使いました(笑)。

原:「試作品を作ってみてほしい」と言った翌々日にこれが送られてきて、びっくりしました。簡単に作れそうに見えるかもしれませんが、低圧でマスクを密閉させるための工夫や知恵が凝縮されていると感じたのです。これを見て、「このアイデアなら製品化まで漕ぎつけられるはずだ」と確信しました。でも、完成品ができて現場で使われるようになるまでは、この製品の臨床的価値は理解してもらいにくいだろうな、とも思いました。だから木戸先生は最初苦戦されたのでしょう。
大浦:価値が理解されにくいという例で言うと、今では当たり前のように採用されているiPhoneのタッチスクリーン開発の話が思い出されます。当時は「物理キーのない携帯電話なんてありない!」という声が多かったようです。でも、スティーブ・ジョブズは未来の人々がタッチスクリーンで数字や文字を打つ姿をはっきりと思い浮かべることができたから、周囲の意見に囚われずに信念を貫くことができた。だからこそ、世界が変わる新たな文化が生まれたんだと思います。
原先生も、木戸先生のプレゼン資料や試作品を見た瞬間に、その製品が医療現場で使用されているシーンが明確に見えたのでしょう。僕は木戸先生、原先生のビジョンを感じとり、そのイメージを形にする。Appleでたとえれば、元最高デザイン責任者のジョナサン・アイヴのような役割を担わせていただいたと理解しています。

医療機器のデザインで大事なのは、困りごとを解決するだけでなく、喜びを創造すること
——この折り紙の試作品から、どうやっていまの形になったのですか?
大浦:紙では量産できないのでシリコン素材を採用し、蛇腹の機能を活かすために形状は三角形状ではなく丸形状にしました。これは機能だけでなく、見た目も含めた“柔らかさ”の表現につながっています。
また、従来のマスクはバンドできつく締め付けなければ機能しませんでしたが、javallaは蛇腹構造により低圧でも顔に密着してくれるのでその必要がありません。そこで、バンドもjavallaに特化したものを生地から作りました。三層構造で、中央に伸縮性のある素材を入れています。
原:医療関係者がjavallaを触ると、あまりの完成度に思わず「すごい!!」と叫んでしまうことが多いので、いつもしめしめと思っています(笑)。少し大げさかもしれませんが、マスク部分はマシュマロのような柔らかさと表現したくなる程です。これまでNPPVマスクの装着時には「いかに不快感を減らすか」という課題に取り組んでいましたが、個人的にはjavallaと専用バンドにはずっと着けていたくなるような心地良さがあると思っています。

木戸:機能面でも、通常使用時で従来の約3分の1、15mmHg未満の接触圧で十分な密閉性を保つことに成功しました。そのほか、高齢になると頬がこけがちで、従来のマスクはそこから空気が漏れやすかったのですが、蛇腹部分が顔を包み込むように変形する構造をとることでこの問題にも対応できるようになりました。
原:さらに、マスクの正面部分が透明で非常に視認性がよく、患者さんの表情が把握できるし、呼気と吸気時の蛇腹の収縮具合を見れば医療関係者でなくとも、「きちんと呼吸器が機能している」ことがわかり、安心できると思います。マスクの動きで、生きていることを感じてもらえるようにデザインしているのです。
大浦:時計や服などは使う人と購入する人が一緒ですが、医療機器は使う人、使われる人、購入する人が別です。この方々全員に「いい」と思ってもらえるデザインにしなければいけないのが、医療機器開発の難しさでありデザイナー冥利に尽きるところでもありますね。
原:もうひとつ、バンドとピンにカラーバリエーションがあることもjavallaの特長です。「自分自身や家族に似合う色、好きな色を選ぶ」という行為自体に楽しさや喜びがあると思っています。色を選ぶ過程で医療者とのコミュニケーションも生まれるでしょう。


木戸:慢性期の方には、半年に一度ほどマスクを交換するタイミングで別の色にしたり、経済的に余裕があるなら何色か購入して服に合わせて色を変えたりと、ファッションアイテムのように使うこともご提案したいです。選ぶ楽しさがあると、闘病生活にも前向きになれるのではないでしょうか。
原:医療機器は機能性だけを追求され、無機質なデザインになりがちです。大浦さんはそこにコミュニケーションが介在する余地やファッション性を加え、見事に命を吹き込んでくれました。これまでの医療現場にはあまり見られなかった発想ですね。

大浦:ユーザーの困りごとを解決することを「ペインリリーバー」、喜びを生み出すことを「ゲインクリエイター」といいますが、僕が医療機器をデザインするときは、ペインを解消することを前提として、そこに何らかのゲインを加えるゲインクリエイターであることを意識しています。
ただ、僕がいくらゲインクリエイティブな提案をしても、企業にはなかなか受け入れられなくて却下されてしまうことも多いんです。でも、原先生と木戸先生は、僕の提案に対していつも「それすごくいいですね! 絶対やりましょう!」と言ってくださった。だからjavallaのような患者中心のイノベーティブな製品が生まれたのだと感謝しています。

自腹に近い形で2100万円の開発費を負担。それだけ、このマスクに可能性を感じた
——開発にあたり苦労した点はありますか?
大浦:苦労していないところがないですね(笑)。まず、量産化するには金型をつくる必要がありますが、この複雑な構造物を金型から抜くのはかなり難易度が高い。技術力のある工場や職人さんたちからも口を揃えて「これは難しい」と言われました。その難しさを十分把握した上で、「こうしたらできるのでは?」と職人さんたちの共通言語で提案することで、「うーん、じゃあやってみようか」と取り組んでもらうことができました。
原:大浦さんが一度僕たちに「職人の『難しい』という発言には、『時間をかければできる』が含まれているんです」と説明してくれたことがあるんです。そのすぐ後、僕らからのオーダーに大浦さんが「それは難しい」と言ったので、「つまり時間をかければできるということですね?」と(笑)。
大浦:開発を始めて半年ほどである程度形になったのですが、原先生はそこから妥協せず「この部分をもう少し薄くできませんか」とか、肝となる鼻の部分の形状を突き詰めていかれるんです。その度に「この素材は都度金型をつくらないと仮説検証ができないのでコストがかかります」とお伝えしましたが、「じゃあやめましょう」と言われたことはありません。

原:最初に400万円ポケットマネーで仮説検証品の開発費を出して、途中でさらに1700万円ほど追加しました。その間個人投資家や日本政策金融公庫からの研究開発資金も集めて、そういうのを全部開発にぶち込みました。毎回見積もりを見て「うっ」と思うんですよ。でも、最高のものをつくりたかったし、ごちゃごちゃ値下げ交渉なんてして職人さんのモチベーションを下げたくなかったんです。
——それくらいこの製品に可能性を感じていたということでしょうか。
原:もちろんです、可能性しかないし、これを販売しないなんて犯罪に近いと思いました。木戸先生も途中で勤めていた病院を辞め、会社の社長になってくれましたしね。

木戸:それまでは原先生が社長を務めてくださっていましたが、原先生も多忙ですし、自分が中心となって資金調達を行ったり、ビジネスコンテストに出たりしなければと思ったんです。前の病院はダブルワークがNGだったので辞めざるを得ませんでした。
地域の中核病院で役職もついていたし、そのまま勤めていれば安定した生活が送れたはずです。でも、不安よりも「javallaを世に出したい」という思いが上回り、周囲の反対を振り切って飛び込みました。ただ、ひとりでは絶対に無理だったと思います。豊富な知識とノウハウを持つ原先生と大浦さんがいたから、病院を飛び出す決心がつきました。

まずは一度、触ってみてほしい
——製品価格は従来のマスクより高めですね。
木戸:通常版のメーカー希望小売価格はバンド込みで45,000円と、従来の2〜3倍です。ただ、これまで医療現場では、患者さんの顔にフィットするマスクを見つけるまでに数個ムダになることがありました。口周りに使うものなので、原則的に使いまわしはしないルールになっているのです。
また、比較的合うマスクでもそのままで完全にフィットすることはあまりなく、看護師さんが保護剤をつくって隙間を埋めるなどして調整していました。気管挿管による人工呼吸に比べてNPPVは患者さんの身体の負担が減りますが、その分医療者には大きな負担がかかっていたのです。そうした時間や手間なども含めて考えれば、決して高くはないと考えています。アメリカで機器展示した際には、個人ユーザーから「これくらいの値段であれば全く問題なく買う」という反応を多数いただきました。

——今後の計画を教えてください。
木戸:現在はMサイズしかありませんが、事業がある程度軌道に乗ったらサイズのバリエーションを増やし海外顧客(Lサイズ)や小児(Sサイズ)、あるいは新生児(SSサイズ)にも対応できるようにしたいです。
大浦:人工呼吸器用マスクを装着するときに泣く子は多いと聞きますが、子どもが自分でバンドの色を選ぶステップを挟むと、ぐっと受け入れやすくなるのではないかと期待しています。Sサイズの小児用マスクは絶対に販売したいですね。

木戸:新生児が人工呼吸器用マスクをつけることもありますが、骨格が柔らかいうちからマスクをつけると顔が変形してしまいます。三日月のような独特の形になってしまう。その後の人生に大きく影響するでしょうし、「命が助かるんだから仕方がない」とは言えません。javallaなら顔にかかる圧力が分散されるので、この問題を解決できるのではと期待しています。
ただ、小児や新生児用マスクのマーケットは小さいので、営利目的では開発できません。まずは通常のマスクを販売し、そこでコンスタントに利益を生み出すことができるようになったら、社会貢献活動の一環として小児や新生児用マスクの開発に取り組みたいと思っています。

原:僕はjavallaを、医療機器におけるiPhoneのような製品だと捉えています。必要な機能がすべて備わっていて、その上でデザイン性が非常に高く、喜びやコミュニケーションを生み出してくれる。医療現場に新たな価値観を持ち込むエポックメイキングな製品なのです。
ただ、その真価が広く世の中に伝わるには、少なくとも製品発売後3〜4年はかかると覚悟しています。経産省が主催する次世代イノベーター育成プログラム「始動Next Innovator」に選抜されるなど少しずつ社会から評価をいただいていますが、焦らずじっくり価値普及に取り組んでいきたいと思います。
——関心を持ってくださっている方に伝えたいことはありますか?
木戸:ぜひ一度触ってほしいです。全国の学会等で展示したいと考えていますし、興味があればご連絡をいただきたいです。臨床現場で日々患者さんに真剣に向き合っている方々がこの製品を触ってくれたら、良さをわかっていただけると信じています。お気軽にご連絡をいただけると幸いです。

■ javalla公式ストア
https://javalla.jp/
(※個人のお客様は公式ストアからご購入ください)
■株式会社iDevice
https://www.med-idevice.com/
(※法人のお客様はお問合せページからご連絡ください)
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