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ポスト・ポストカリプスの配達員〈37〉

 ――未だ出力が回復しないエンジンを動かし、俺は突進をしかけた!
 無論ただの特攻ではない。三基ある相転移ビッグバン・郵子生成エンジンの一つ、ℵ〈アレフ〉0は未だ再生していないが、残りのℵ1とℵ2を最大効率で同調、出力を臨界へ。ヤタガラスの最終兵装である金鵄神弓〈アイン・ソフ・オウル〉を、出会い頭にブチかます。万全の状態に比べればチャージに僅かばかり――数フェムト秒程のラグが生じるが、一度加速さえすれば無限大の速度でどの様な相手でも確実に仕留める事が出来る――
 筈だった。
 また、消えた。
 脳の認識と命令より速く、腕部緊急判断神経回路網が動作を掌握、識閾下故の超反応で操縦レバーを思い切り前に倒す。速度は無限大から、到達不能基数へと急加速! 無限を超えた極限のGもタチバナが行う時空操作により全てキャンセルされる。
 背後、空間を斬り裂く居合の斬撃!
 反物質を撒き散らすホワイトホールブレイドの刀身を遥かに凌ぐ、その長大な射程を誇る攻撃の正体を、タチバナが即座に分析する。
『――解析終了。あの斬獲攻撃は、鞘の中で重力操作能力を発動、ループ状のド・ジッター宇宙を作成し、その中で加速された電荷を居合に用いています。恐らく射程距離は観測可能な宇宙を超越していると推測されます』
「射程と速度の理屈は分かったが、あいつの瞬間移動はどうなってんだ一体!」
『それは――』
『こういうことだ』
「――――ッ!?」
 IFFPC〈敵味方識別郵便番号〉を破棄している以上、こちらの内部通信に介入するのは不可能な筈。想定外の事態が連続している。まずいまずいまずい!!
 だが今度こそ、ミネルヴァが消える瞬間の観測に成功した。
 ポストだ! 斬撃で巻き上げたポストがステルスを施されていつの間にか空中に多数配置されている! ポストからポストへ、まるで自由電子の如くランダムなテレポートを繰り返し続け、宇宙射程距離斬撃を数多放つ。
 これこそが、かつてマエシマ・ヒソカ上級郵聖騎士が得意とした柳郵神影流〈ヘルメス・シャドー・ブレイド〉・『電気式苛憐抜刀術』。
 ヤタガラスは無限大の速度に加速可能な機体だが、相手は文字通りの瞬間移動――ラグが一切存在しないテレポーテーション相手にはピコセカンド程度の溜めすらも〝隙〟として映る。
 積み重なった刹那の遅れは、やがて無視できない一点に向けて収束し、俺は今度こそ両断されるだろう。冗談ではない。
「周囲のポストを賀茂建角身命〈イェヒーオール〉で焼き払えないか!?」
『可能ですが、ここはヤマト朝廷なのをお忘れですかお兄様。地面にポストは幾らで存在します』
「だが時間稼ぎにはなる、やれ!」
 全周囲に超低エントロピーの輝きが走ると、一拍遅れて光爆が空間を灼き全てを純粋な白へと染め上げた!
 重力波や次元震を伴う破壊の渦が収まると、全ての雲や雪が吹き飛び鮮烈なコントラストが眼前に現れた。ポストに嵩上げされた、地表3000メートル超の高みから見える黝〈あおぐろ〉い空! そしてポストに染め上げられた紅い大地!
 その只中にミネルヴァは青い装甲に緑のエネルギーラインを脈動明滅させながら周囲の環境に全く影響される事無く静かに浮かんでいた。恐ろしい程高精度の重力制御。巻き添えで倒せるとは勿論考えていなかったが、無傷だとも思っていなかった。
 だが仕切り直しは出来た、こちらから仕掛ける!
 そう思った瞬間、ミネルヴァがその輪郭をブレさせ――空間に染み入る様に消えた。
 アルティメット・カブは多波長センサーで世界を観測しているが、最も頼っているのは重力波による〝視界〟だ。質量ある限り絶対に発生する重力波はジャミングに極めて強い、全てを見通す神の眼であった。唯一の例外は稠密重力制御可能なアルティメット・カブだが、自らの質量から発生する重力波を完全に打ち消すのは極めて困難である――とされていた。
 だがその認識を撤回せねばなるまい。マエシマ・ヒソカはその超絶技巧により、電磁・強・弱・重全ての波長からその姿を完全に隠し通している……!
 だがそれくらいの芸当は予測の内。問題は相手の異常な察知の良さだ。
「クソッ! またか!? 一体なんでこうも先手ばかり――いや待てよ。タチバナ、ヤタガラス内に何か不明なプロセスは走ってないか!」
『ウイルスによる情報漏洩は現在検知されていません。相手はパッシブではなくアクティブな方法でこちらの動きを先読みしていると思われます』
「なら何故それを察知できない!? 機体の世代はこちらが上のはず……!」
『――解析中』
 ヤタガラスを中心とした半径100メートルの球対称の空間面が暗く淀む。生ずるのは極小の特異点。ミネルヴァが得意とするマイクロブラックホール攻撃だ! 周囲の大気分子を重力崩壊させて生じた量子サイズの事象の地平面――その数凡そ666億個!! ミネルヴァの全開空間制圧攻撃『葬想メソロギヰ』!
 流星群を思わせるマイクロブラックホールの驟雨! その質量の小ささから一撃の威力はそれほど高くはないが、文字通りの天文学的数ともなれば……! 俺は咄嗟に周囲に真空半球〈マクデブルク〉を展開し、自発的対称性の破れを引き起こし攻撃をガードする。だがマイクロブラックホールは量子トンネル効果のため、確率的にしか防ぐことが出来ない! 真空半球をすり抜けてきたマイクロブラックホール群を迎撃するが、ヤタガラスの黄金の機体に少しずつ傷痕が蓄積されていく。自動回復プロセスが働き、すぐに装甲の隙間は塞がれるがエンジン回復に回すべきリソースが不足し始める。
 いや待てよ……? 回復プロセス……!
「タチバナ、今すぐℵ0の損耗回復プロセスのスレッドを精査して負荷が平均値からずれている物を停止しろ! 奴はこちらの翼を切り落とした時にフェムトマシンを回復プロセスに載せて混ぜ込みやがった……!」
『検知。問題のスレッドを停止しました』
 フェムトマシンはあくまでトレーサーであり何の情報も発信していない為発見が遅れた。トレーサーに向けて放つアクティブソナーは恐らくミネルヴァの重力波だ。自己重力波すら偽装する程の精密さならば、ヤタガラスの自己重力波に偽装して飛ばすのも可能だろう。
 だが問題はそれだけではない。IFFPCを永久切断している機体に通信をねじ込む芸当の答えも探さねばならない。
 だがそんな思考の余裕など与えないとでも言わんばかりにミネルヴァの猛攻は続く。ステルスを解除したミネルヴァが姿を顕す――マイクロブラックホールの重爆撃が晴れた全天周囲モニターに映るのは、遥か地平の果て、空の彼方を埋め尽くす大量のミネルヴァの機影だった。
「これは――!」
 サハラでも奴は分身芸を見せたが、それとは文字通り桁が違う。
『〝視覚〟的な物であり実際に分裂している訳ではないと推測されます。恐らく全波長に於けるこちらのセンサーに対して欺瞞情報を発しているかと』
 タチバナはあくまで冷静だが何か打開の手段が有るのか?
『特にありません。演算能力の五割程を使ってデコイをセンサー上から除去していますが、先程のマイクロブラックホール攻撃の余波もあり空間ノイズが多すぎます。更に』
 モニターに赤い四角形のターゲットマーカーがびっしりと表示される。そこにホログラム描写されたポストが浮かび上がった。
『先の空間制圧攻撃はポストを再び巻き上げるためでもあったようですね』
「同じ事だ、何度でも潰す!」
 元よりヤタガラス単騎で倒せる相手とは思っていない。俺の目的はあくまでトリスメギストス復活までの時間稼ぎだ。
 だがそれは恐らくヒソカも承知している。あらゆる手練手管、戦闘技術を惜しみなく投入して己が製造した最高傑作、ヤタガラスを奪おうと攻め立ててくる。
 無量大数の分身はそれぞれが非同期的な動きを取り、時間差をつけて襲い打ち掛かってきた。ミネルヴァはトリスメギストスと同じく第二次カンポ騎士団発足時に建造された、謂わばアルティメット・カブのプロトタイプと言っても良い機体だ。あれほどの演算能力を持つとは考えにくい。
『信じ難いですが、』
 タチバナは平坦な声で分析結果を述べる。基本的にアルティメット・カブに繋がれているAIに焦りはない。絶大な力と途方も無い演算力に理性を下支えされているからだ。
『あれは、配達員〈プレリュード〉の力に依るものです。〝人力〟で、重力多体計算と非線形性制御計算、その他諸々の計算処理を行っています』
「ヒソカ自身が最高の外付け――いや内蔵パーツってことかよ」
 エンジンはまだ回復しきっていない。比較的負荷の少ない真空半球の連打で牽制を続けるが今のところ本体にはかすりもしていなかった。どの分身が本物かこちらが見抜けない以上、一体たりとも撃ち漏らす訳にはいかず、こちらの対応能力は危険水位に達しようとしている。
『命まで奪おうとは考えていない。さっさとヤタガラスを引き渡せばどこへなりとも消えるがいい』
 また機体内にヒソカの声が響く。相変わらず方法は不明。だがこうやって話しかけられるごとに解析の手がかりを得られるし、沙漠の水よりも貴重な時間を引き延ばす事が可能だ。
「囁き戦術とは形振りかまわずだなてめえも」
『俺の敵はただ一つ――不罪通知〈アブセンシアン〉のみだ』
「トライをボコボコにしておいて良く言うぜ」
『機体を明け渡せ』
 話を聞いちゃいねえ――いや、これはもしかしたら。俺が気づいた事実をタチバナが即解析機関に外挿し、結果を返してくる。やっぱりな。
「中々阿漕な真似をしてくれるな……!」
『お兄様、第一級警告です。エンジン出力が低下しますが、郵子力スキャンで周囲を精査したところ――』
「本体を見つけたか!?」
『いえ。見つかりませんでした。あの無限の分身は全て〝本体〟です。存在確率変動の痕跡を検出しました』
 存在確率変動。波動関数を例え観測状態にあっても発散させることによりあらゆる物理過程を〝無かったこと〟にしたり、空間のあらゆる場所に偏在させポストを伴わない短距離テレポーテーションすら可能にせしめる技と術。それはポスト・ヒューマン達ですら成し得なかった技術の一つである。ヤタガラスには装甲部分に使われており、不滅性を一段階引き上げるのに買っていた。
 マエシマ・ヒソカは機体間の格差を勇気や根性ではなく、超絶的な知識と隔絶した腕前で埋めている。
「つまり周囲のミネルヴァを全て倒さないとダメってわけか」
『肯定です、お兄様』
 単騎による圧倒的飽和攻撃――矛盾を体現したようなこの技の名は『無限戒厳令』。そしてたった一人の全軍抜刀・全軍突撃攻勢『ソードパレード・マーチ』へと繋がる――!
 無数のミネルヴァが手にするホワイトホールブレードが反物質光を撒き散らす様は、天の敵が全て星となったかの如し!
『終わりだ』
「貴様がな」
 相手の反応も気にせず俺は二機のエンジンから十分に充填された郵子力を開放する。金鵄神弓〈アイン・ソフ・オウル〉。
 全てのミネルヴァが爆発四散し、重力レンズ効果により狂った七色の色彩の爆光で青と赤のコントラストを汚す!
 ヒソカがこちらに通信を送れた理由。分かってしまえば単純な話だった。奴が最初にℵ0を狙った理由でもある。
 制作された段階から、ℵ0にはハードウェアに通信機が仕込まれていたのである。「損傷を受けることで」通信機がオンになるという実に迂遠な機能が組み込まれていた。元は緊急時の通信手段としてでも搭載された物なのだろうが、製作者特権のチートまで使うとは相手には油断も慢心もないという事の証明でもある。通信は双方向でなく片道のみなので俺の言葉に反応しなかったわけだ。
 爆発し爆発し爆発するミネルヴァ達! その中央、無量大数の中のただ一機だけが信じ難い事に金鵄神弓を受け流すことに成功していた。柳郵神影流・『謳う剣』。ホワイトホールブレードからの最大限の反物質放射と重力制御によりCP対称性を回復させ、全ての攻撃を無効化する秘奥義である。無限熱量と無限速度すらも防げる確率はそれこそ無限小の筈であるが、ミネルヴァの『無限戒厳令』の濃度の方が大きかったのだろう。或いは無限の試行回数の中で完全に防ぐ方法を会得したのかもしれない。
「後者であって欲しくはないな……!」
『お兄様、戦いに希望的観測はそぐいません』
 俺がミネルヴァの後背を取れた理由は二つ。スパイウェアが搭載されていたエンジンの放擲による相手への情報提供の遮断と、未来予知である。
 ヤタガラスは通常機動ですら亜光速に迫り、戦闘駆動時では光速を僅かに突破している。因果律の破れた世界において、「見てから動く」等という悠長な真似は出来ない。そこでヒトの脳が意識による決定の数秒前に既に行動を決定する機能を模倣し、配達員が行動を起こすより先に機体が動くようにしたのである。アルティメット・カブ『ヤタガラス』こそが脳なのだ! パイロットやAIは脳の働きを意味づけする意識に過ぎない。オーバーポスト・ヒューマンテクノロジーの至宝、時間操作能力の援用であった。これこそまさに概念住所共有を前提としたヤタガラスにしか成し遂げられない人機一体の境地!
 俺とタチバナはその予知能力――本来機体操作アシストに過ぎない物のリミッターを解除、ヤタガラスは数分先の結果に従ってミネルヴァの予測を超えたのである。
 生き残ったただ一騎のミネルヴァは、手に持つ剣で霞の構えを取る。
 ミネルヴァはもうこちらの情報を盗み見は出来ない。反面ヤタガラスも不完全なエンジンで二度も金鵄神弓を放った反動のため、ℵ1までもがオーバーヒートした。それでも残り一つのエンジンからはビッグバンの黄金の光が漏れ出でる。
 その時――ミネルヴァのホワイトホールブレードが更なる展開を遂げた。ホワイトホールとは時間反転させたアインシュタイン方程式の解として存在する天体である。即ち重力的には全くブラックホールと変わらない。そのためホワイトホールから飛び出した物質は再びホワイトホールへと落下し、対消滅するのだが、それを重力制御で常に放出させ続けていたのがホワイトホールブレ―ドの正体である。ヒソカはその刀身に働く重力制御を、切った。
 刀身上に反物質が降り積もって層を成し、超重力により圧縮され、やがてそれは崩壊し――ホワイトホールブレードの上にブラックホールコーティングが施される。陰陽模様のような奇妙なその刀身、ブラックアンドホワイトブレード!
 二重の相反する特異点を刃に宿し、全宇宙の質量をかき集めたかのような刀気に辺り一体が暗くなる。
 ヤタガラスの未来予知は全ての結果に対して「null」を返した。
 俺は、ミネルヴァに、斬られる。
『脱出なさってください、お兄様。ここは私とヤタガラスだけで食い止めます』
「莫迦を抜かせ。どうせ自爆するつもりだろう」
『――何故それを』
「どいつもこいつもだぜ! AIになると自爆癖でもつくのか?」
 タチバナがもう少しAIとしての年季が入っていたら恐らくトライがサハラでそうしたように、機体の生命維持装置をハックし俺を強制排出していたことだろう。
「俺はお前を二度と見捨てない。だから、お前も俺を見限るな」
『――はい!』
 ミネルヴァの緑色のパワーライン明滅のリズムが、来るべき一瞬に向かってそのBPMを高めていく。力が溜まりきる前にこちらから動くか? 否、その可能性も全て潰されている。俺はただ、相手の攻撃に合わせてカウンターを決める、それに賭けるしかない。
 周囲に浮かんでいたポストが次々と落下する。そちらに割く重力制御までをも全て次の一刀に込めている。
 緑光はもう明滅が高速すぎて常時発光状態となり、その輝きが超巨星の如く増していく!
 そして!
 マエシマ・ヒソカとアルティメット・カブ『ミネルヴァ』の全霊をかけた斬撃は――俺に届くことはなかった!
 何故ならば!
『これでも――喰っらえええええ!!』
 眼下の赤いポストの大地を割って飛び出してきたものが、ミネルヴァに対して体当たりを仕掛けたからだ!
 ヤタガラスだけに極度集中していた為、回避が間に合わず直撃! ミネルヴァはパーツを幾つか剥落させながらきりもみ回転で吹き飛び、より上空で静止、俺たちを見下ろした。
 俺たち? そう、俺たちだ!
 傷だらけのヤタガラスの横に並び立つ機体あり! その威容、凡そ全高12メートル。神々しき佇まいは、まさにこの世に顕現した郵便の神ヘルメスの如し!
 アルティメット・カブ『トリスメギストス』!
『遅くなってごめんね、ヤマトくん』
「全くだ。死にかけた」
 あはは、とトリスメギストスの配達員〈プレリュード〉、カネヤ・ナツキは笑いミネルヴァを見上げる。
『第二ラウンド、開始だよ!』

続く

PS5積み立て資金になります