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大正琴と数字譜(とか)のおはなし


大正琴の楽譜にはいまでも一般的には0・1・2…といった数字で表す数字譜が用いられるようです。

この数字譜は文字譜の一種で大正琴専用の楽譜という訳ではなく、日本でも一時期はかなり普及していた楽譜でした。それを大正琴が採用した、それが当時自然だった、といった方が正確でしょうか。

▶ Wikipedia(ja) - 数字譜

数字譜とはどんなもの?

大正琴の楽譜を開くと、1・2・3…と数字が並んでいて見慣れないと戸惑うかもしれませんが、いまの1・2・3…(7まで)はそのままド・レ・ミ…(ドまで)と置き換えることができます。

(例)ロシア民謡「一週間」数字譜 冒頭

例えば大正琴の入門書で最初の方に出てくることの多い「さくら」の冒頭、「さーくーらーー・さーくーらーー」なら「(一例として)5・5・6・― | 5・5・6・―」で、これをドレミファで書くなら「ソ・ソ・ラー | ソ・ソ・ラー」です。簡単でしょう?

遠い学生時代(ひょっとしたら現役の方もいらっしゃるかもしれませんが)を思い出してみてください。音楽の授業でリコーダーか鍵盤ハーモニカ、あるいは大学の教職課程(小学校教員など)でピアノが必修となり、課題曲の五線譜の下にオタマジャクシの一音一音を読み取ってはドレミファを書き入れたときのことを。数字譜と五線譜との関係はつまりそういうことなのです。

もちろんドレミファソラシドだけで曲を演奏するのはちょっと大変なので、低音域は数字の下に・を、高音域は数字の上に・をつけたり、半音は#をつけたりといった追加ルールは知っておく必要がありますが。

数字譜のメリット

そんな数字譜(文字譜)にどんなメリットがあるのでしょうか。まずはとっつきやすさでしょう。どうしても五線譜は直感的ではない(ここは五線譜を読み取れる皆様からは異論反論が押し寄せてくるところと思いますがどうかご寛恕を!)。さきほどの学生時代の記憶をもういちど呼び戻してください。ドレミファならなんとか、という層は多いのです。というか私もそちら側です。

次にコンパクトに収まることです。数字譜(文字譜)にも音の長さや高さを表す記号などの追加ルールがありますが、先ほど例に上げた五線譜の下に書き入れたドレミファだけを抜き出したようなものなので五線譜に比べれば圧倒的にコンパクトになります。

ところで大正琴の天板について楽譜(など)を乗せるところ、という説明を読んだことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、はて、そうかな?と首を傾げたりされませんでしたか。この細い天板にどうやって楽譜を広げるのだろう?、と。

大正時代の大正琴を含めた大衆音楽の普及用の楽譜というのはこの数字譜を使ったものが多く、本当にあの天板に乗るくらいにコンパクトだったのは確かです。往々にして横長でもあり、広げればあの天板に乗せてちょうどよいくらいのサイズ感ではありました。

もっとも、私も当時天板に楽譜を載せた写真を確認した訳ではないので話半分に聞いておいてもらえれば程度の話ではありますが。この記事のトップに載せたのは大正時代の(大正琴には限らない)大衆向け流行歌集でかなりコンパクトですが、これでも実際天板からははみ出しますので…(汗)

実物を手にすることは難しいでしょうけれども国会図書館のデジタルとコレクションで「大正琴+楽譜」などで検索してみてください。なるほどこんな感じだったのかというのが分かるはずです。

そして数字譜の最大のメリットは「音の高さ(=調/Key)を規定していないこと」だと私は考えます。

ある程度既存の楽器や演奏に親しんでいらっしゃる方ならここまでですでに「ドレミファっていうけれど、じゃぁ、どの調(=Key)のドレミファなの?」と首を傾げておられたのではないでしょうか。さらに、それが決定されていないならどうしようもないじゃないかとますます戸惑われているかもしれません。

調(=Key)とはなにか、ということをザックリいえばそのメロディをどの高さで歌う(演奏するか)かということです。中学の音楽あたりで長調や短調、ハ長調やイ短調…といった用語を習った記憶が(ひょっとしたら頭痛とともに)ぼんやりと思い出されませんか。小・中学生時代の音楽の授業で私たちがもっとも親しむのはハ長調のドレミファソラシド(階名)ですが、ドレミファソラシドの音の相対的な並びは変わらなくとも、どの高さの音から始めるかでメロディーの高さは色々変わります。

皆さんに例えば「ドレミファソラシド~♪」と歌ってみてください、とお願いしたとしたらどうなるでしょう?それぞれにだいたい「ドレミファソラシド~♪」を歌ってくださると思いますし、それぞれ「ドレミ~♪」としては(だいたい)正しくなると思いますけれども、みなさんの歌ってくださったメロディーの高さはある程度の幅をもったバラバラのものになるでしょう。

カラオケに入っているそれぞれの曲も、曲ごとには本来の高さ=Keyがあります。いまの高機能なカラオケだと歌いだす前に自分の歌いやすい高さにKeyを変更するのが一般的だと思います。メロディーはそのままに調を変えるとはそういうことだと分かっていてもらえればとりあえずは充分です。

ここで最大のメリットの話に戻って数字譜の最大のメリットは「音の高さ(=調/Key)を規定していないこと」だというのはどういうことか。調が決まっていないなら正しい演奏ができないではないか?ということに首を傾げられる方がいらっしゃると思いますが、これは大正時代から昭和初期の大正琴の楽しまれ方に関わりがあるのです。

大正琴の調弦と楽しまれ方

いまの大正琴は「1」のキーがいわゆるド(ハ長調のド=C4)になるように調律するのが一般的ですが、もともとは自分の好きな高さに調律するものだったようなのです。

大正琴の楽譜にはたくさんの歌が収録されていますが、大正琴はその歌の伴奏用の楽器としてまずは親しまれました。先ほどのカラオケの例のようにまず、琴自体を演奏するときは最初に自分の歌いやすい高さに合わせることから始まります。開放弦を自分の好みの高さに合わせたとき、1の鍵盤から1・2・3・4・5~♪と弾いていくとそれが自分にとって歌いやすいド・レ・ミ・ファ・ソになっているというわけです。

個人個人の好みの高さ(調=Key)は変わってもメロディは同じで、1の鍵盤を主音=ドとして同じ形で演奏することもできる。大正・昭和初期の楽譜は個人の独奏で楽しむことが前提でしたので、調を指定しない数字譜がかえって都合がよかったというのはこういうことです。

数字譜のデメリット

ただ、今となってはそれらが数字譜のメリットとして広くアピールできるかといえば難しいだろうなというのも確かです。大正琴の歴史について詳しい方はご存じでしょうが、大正琴はそもそも二弦琴を改良して名古屋で生まれた楽器です。

▶ Wikipedia(ja)- 二弦琴

つまり誕生したときの弦の数は2本(しかも同じ太さ)だったわけです。音量や音色・響きを追求することで戦前においても大正琴は急速に弦の数を増やしていきました。いまでは一般的なソプラノ大正琴でだいたい5本か6本(ドローン弦を除くなら4弦)の弦が張られています。2本だったときは頻繁な調弦もそう苦ではなかったでしょうが、4本、あるいは6本となるとなかなかの手間となります。

そしてもう一つ、とくに戦後の大正琴ブームのなかで、大正琴はソロ(独奏)で楽しむ楽器からアンサンブル(合奏)で楽しむ楽器に性格を変え、その方向で楽器としても進化を重ねていくことになります。

戦前においても他の楽器と合奏することがなかったわけではないので三味線などと音を合わせる場合の調律などが解説されていたりもしますが、合奏となるとそれぞれの楽器がおもいおもいの調律で済ませるというわけにはいきません。戦前の合奏というのは、大正琴が使われた唱歌や長唄などのジャンルを思えば同じメロディーを違った音色で重ねる場合が多かったはずですが、戦後のそれはソプラノ・テナー(アルト)・ベースなどパートごとに別のメロディーを重ねます。こうなると精確なチューニングが必要になってきます。

そして数字譜のデメリットはこの合奏の場面で出てくると私には感じられます。五線譜と違い、数字譜では音と音との関係、メロディーの流れ、パートごとの演奏するメロディーの重なりを視覚的に捉えることが困難なのです。

大正琴では「数字譜で指定された数字の鍵盤を押せばそのまま演奏できる」ということがメリットとして喧伝されることがありますが、いまとなってはこれもどうかな?と思います。

そもそも大正琴は自分の歌いやすい調=Keyに調律して演奏するものだったと述べましたが、いまの大正琴の合奏用の譜面は様々な調で編曲されたパートごとに分けられたものもあります。基音が2や6から、あるいは5や始まる場合も。こうなってしまうと鍵盤上に刻まれた数字が本来の意味では機能しなくなります。いま鳴らしている音がフレーズ全体の中でどんな関係にあるのかが見えなくなってしまいます。大正琴の数字譜では♭が使われず、全て♯で代用されているというのもこの傾向を助長します。

「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・(ド)」というのはただ七音が並んでいるというものではありません。主役を張る「ド」というヒーローに対して、いわばヒロイン、またそのサポート役など、主役に対して色んな関係性を持った音と音の集まりです。その主役=「ド」を誰(どの音)に渡すか、というのが調=Keyとも言えます。

本来の数字譜は主音がどの音であっても、それを1とすることで楽器ごとの調律に合わせて演奏することが可能になっていましたが、いまの大正琴譜の数字譜はそのていをなしていません。「数字譜で指定された数字の鍵盤を押せばそのまま演奏できる」というのは、その数字譜の指定通りにしか弾けないこということで、ギターにおけるTab譜と同じと言えます。

もちろん、Tab譜通りに弾けるだけでもたくさんの楽譜があり、それで充分楽しめるのは確かなのですが、そこから「音楽」に踏み出すにはどこかでスケールの理解が必要になってきます。

原曲の調=Keyは、その曲がもっともその曲らしさを表現できる高さでもあり、移調の激しい現代のヒット曲を弾いていくなら、また同じグループでの大正琴のアンサンブルだけでなく他の楽器の演奏家とのセッションの方向に音を開いていくには、どこかで五線譜に踏み出していくことが必要になるのではないでしょうか。

大正琴系等の楽器の演奏家でソロで演奏されている方々で、鍵盤の数字が消えてしまったのをそのままにされているのか、あるいは意図的に数字を消した楽器を使われている方がいらっしゃいますが、意図はそのあたりにあられるのだろうと思うのです。

数字譜(またはそれに近い発想)採用の楽譜

私が大正琴にはまって2ヶ月とちょっと、いくら大正琴がとっつきやすい楽器とはいえ、これだけすんなりはまれたのは私が演歌師の時代や唱歌の歴史、叙情歌を趣味としているので、もともと数字譜に慣れていたというのがあります。

数字譜収録の楽譜

野ばら社の数字譜収録の楽譜(一部)

野ばら社は楽譜をはじめ、書道、図画、図案、百人一首などの本を出版している出版社ですが、こちらの楽譜の一部は数字譜が収録されています。以下の公式サイトから「野ばら社の本→音楽の本」と発行書籍のリストが出てきて、そこで数字譜の掲載の有無を確認することができます。

野ばら社 公式サイト

上記の写真にあるように五線譜と数字譜が併記されているのがわかります。写真に「めだかの学校」の冒頭が写っていますが、楽譜はニ長調で、歌い出しの音はD4(ハ長調のドレミでいうならレの音)ですが、そこに数字譜では1が振られているのは、これが基音ということを示しています。この数字譜に従って現在一般的な調律のソプラノ大正琴で演奏されるならハ長調のメロディーになります(数字譜の考え方としては、本来は琴自体をニ長調に調律することが想定されている訳です)。

大正琴がヒットした時代と重なる楽曲が多く、五線譜と併録されていることから使い勝手の良い楽譜です。

簡易アレンジされた楽譜

音楽の趣味は世代を超えてどんどん広がって、各国の様々な民族楽器が輸入されて、ほんらいかなりアバウトな調律だったそれらがかなり正確な音程が出せるように改良されてしかもごく安価に流通しているのが現代です。そういう点でも日本の豊かさというのはそう捨てたものではないと思っています。

最近ではカリンバ(親指ピアノ)がブームでしょうか。もともとは音域の狭い楽器だったと記憶していますが、いまでは半音階も出せて36鍵程度を備えてピックアップも搭載したエレキカリンバというものまで登場しているようです。ここまでいけば相当に多様な楽曲を演奏可能です。

人々の熱い注目が集まるというのはこういうことで、楽器メーカーは他と差別化するためにどんどん改良を進めます。往年の大正琴の改良もきっとこのようなスピードで進んでいったのでしょうね。

もちろんリコーダーやピアニカ、あるいはハンドベルといった従来からの楽器も根強い人気を誇っていて、このため、これらの音域が比較的狭い楽器のためにアレンジされた楽譜というのは、毎年の最新ヒット曲を収録してかなり数が出版され続けています。

前回の桐の記事であまり全体が写るような写真がなかったと思いますが、最初の記事に載せたこの写真にもあるように鍵盤にドレミファのシールを貼ってしまっているのですね。

ドレミファのシールを貼付けた大正琴(桐)

同種のシールは楽器店で色んなサイズ、カラーリングのものが並んでいますので定期的に楽器店を覗いてみると色々発見があるものと思います。

また、ピアノでも初心者向けに片手だけで弾けるように編曲された楽譜が多数出版されています。難易度に合わせて使われている音の数の違う楽譜がありますので大正琴とちょうどよい音域の楽譜を探すこともできるでしょう。

これらの楽譜はハ長調で編曲してあったり、あるいは調は違っても音をハ長調のドレミファとして書いてあることも多いのです。

将来的には五線譜に踏み出していくことも必要になってくることはあると思いますが、そのためにも大事なのは幅広くたくさんの音楽を楽しむことです

「大正琴」と思い込んでしまうとなかなか資料は出てきませんが、数字譜が大正琴に限られたものでなかったこと、そして楽器を楽しみたいという人々は多くて、一歩踏み出すとすぐ楽しめる楽器もいろんな楽譜で使えるような楽譜もたくさんあると言うことを知っておくと世界がどんどん広がっていくのではないでしょうか。

次回予告

どうも回りくどくなってしまいました。出さないまま時間が経つよりはと一応公開しましたが、いずれ大幅に手を入れるかもしれません。

さて、バイオリンにはクラシックで使われる格調高い楽器というイメージがありますが、もうひとつ大衆音楽を演奏してきた楽器(そういう場合はフィドルと呼ばれることが多いようです)という側面があります。

日本の西洋楽器の普及史でもこの大衆音楽の伴奏楽器としての普及という側面は大きく、それは大正琴の普及した時代と重なってバイオリンから受けた影響も大きかったようです。

次回は大正琴の弓弾きとその専用大正琴についてなにがしか。そんなことを言いながらひょっとしたらエレキギター(ストラト)型ヘッドを採用した大正琴について書いているかも知れませんが。

(2024/01/03 第1版 公開)
(2024/01/08 第1.1版 調=Keyについて記述を追加しました )

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