君の求愛方法は間違ってる4

《ひなとサクラ》


 エレベーターから降りれば目の前には受付があり、スーツを着た男の人がいた。


「いらっしゃいませ、ご指名は?」

「あ、ひ……サクラで」

「かしこまりました」


 受付にいる男の人はマイクを通して「お客様ご案内致します」とアナウンスする。それが妙に恥ずかしくて案内された席に座るまで少し視線を落として歩いた。


 財布の中には2万円しかない。こんなんでホストクラブに来ていいものなのかもこの世界に無知な私にはわからなかった。


 派手なEDMがかかり、赤かピンクなのかもわからない照明に照らされた薄暗い店内。キラキラとミラーボールまで回っている。

 目の前のお客さんの席には3人くらい派手な私服姿の男の人がついていた。少しだけ店内を見渡してみる。私服の人、スーツの人、様々だ。

 ひなの姿はない。


 時期にキャストがやって来て、「お飲み物は?」と声を掛けた。私はどうしたらいいかわからず、「すみません、サクラくんが来てからでも大丈夫ですか?」と聞いてみた。

 それはあっさり承諾され、「じゃあサクラが来るまでお邪魔してもいい?」とその人はフランクに声を掛けてくれる。「どうぞ」と微笑めばその人は自身を「ミハル」だと名乗った。


「名前はなんていうの?」

「ひなこです」

「ひなこちゃんか。こういうお店初めてでしょ」

「え、えっと、初めてです」


 やっぱりわかるのだろうか。私だけ浮いているような気がして恥ずかしくなった。目の前の女の子は楽しそうにお酒を飲んでいる。

「どこでサクラを知ったの?」

 何というのが正解かわからず、映画館の前で声を掛けてくれたお兄さんの言葉を思い出し、「看板を見て、カッコいいなと思って」と正解かも不正解ともわからない言葉を紡いだ。私はその看板を一度たりとも見たことはない。


「そっかぁ、羨ましいなぁ〜。こんな可愛い子から初指名もらえるとか」


 お世辞だろうとすぐにわかった。



 5分ほどミハルさんと話していると他のキャストも「お邪魔します」と席に座った。名前はユラと言うらしい。


「ひなこちゃん、ホスト看板見てサクラに会いに来たらしいよ」

「まじかよ羨ましい!」

「サクラなんてただのサドなのにな〜」

「それそれ。ひなこちゃん、はまっちゃダメだよ。わかった?」

「はまる?」

「お兄さんとの約束!」


 よくわからないけれど、曖昧に笑って頷く。

 ――刹那、目の前にはひなの姿。

 ひなは気怠げに歩いている。一歩一歩と確実に私のほうへ向かって。視線は他の席に向いている。けれど体は確実に私へと向かっていた。

 お酒の匂いと混じってクロエの香りが鼻腔に届いた。


 そうして私の席の目の前に着いた途端――、「は?」と声を上げた。ぶつかる視線。ひなの顔は険しい。


 ミハルさんとユラさんが「サクラ?」と声を掛けた。


 だけれどその声はひなには届かず、「ここで何してんの?」と私を上から見下ろした。声は冷たい。


「サクラ、お客さんに向かってその言い方はないだろ」

 ミハルさんが制止に入る。


「こいつは客でもなんでもないですよ」

「……」

 だけれどひなにはやっぱり効かない。

「帰れ」

 ひなは一言それだけ落とす。私はブンブンと首を横に振った。


「早く帰れ」

「やだ」

「駅まで送ってやるから」

「やだ帰らない」

「ひなこ」

「やだ!」

 今帰ったらここまで来た意味がない。


 ミハルさんとユラさんは、私とひなが初対面じゃないと気付き黙って行方を見守る。

 それに気付いたひなが「ミハルさんたちちょっと抜けてもらってもいいですか」と声を掛けた。2人は大人しく散らばっていく。


 ひなは諦めたように私の隣に座る。クロエの香りがブワッと香った。


「どうやってここを知ったの」

「……さっきひなに会った時、近くにいたお兄さんが教えてくれた」

「……あー、外販か」


 ホストクラブでは耳馴染みのない言葉ばかり飛び交っている。わからないけど、わからないと言えない雰囲氣に、わかったフリをした。



「ひなこによく教えといてやるわ。ここは金を使えないやつが来る場所じゃない」

「……」

「お前今いくら持ってんの?」

「……2万」

「2万なんてVIP席のセット料金でも足りねえ」

「……」

「金は要らないから早く帰れ」

「それはやだ!」

「金使えねえやつに用はねえっつってんだよ!」


 ひなは声を荒げた。ちょっとだけ、泣きそうだ。


 “――女は性欲の捌け口と金にしか見えねえ。”

 ひなの言葉を思い出して涙が滲んだ。セックスが出来るわけでもなく、お金を使えるわけでもない私はもう幼馴染みとしても用無しってこと?


 ……ねぇひな、そういうこと?

 ポタポタと、涙はジーンズにシミを作る。
 ひなの前で泣くのなんて、何年ぶりだろう。小学生の時以来じゃないっけ。ひなに必要とされないのがこんなに寂しくて痛いなんて全然知らなかった。

 拳をぎゅっと握る。

 ひなは目を見開いていた。


「わかった」

「……」

「わかったから、ちょっと待ってて」


 私は鞄から財布だけを取り出して、エレベーターに飛び乗った。呆気に取られたひなは私を捕まえるのに一歩遅れて、エレベーターの扉はすぐに閉まった。


 コンビニへ行き、お金を下ろす。

 大学進学の一人暮らし用に昔から貯めていたお年玉は、総額40万円になった。それを全部引き出した。

 再びエレベーターに乗り4Fを押せば、エレベーターが開いた瞬間、焦ったような表情をしたひながいた。


「ひなこ!」

 ひなの制止を押し切り先ほどの席に戻る。


「帰れって言ってんだろ!」

「これで足りる?」


 引き出した40万円を見せればひなは目を見開く。


「バッカ、お前! しまえ!」

「やだ。何頼めばいいの?」

「……」


 ひなは私の性格を知ってるはずだ。こうなったら止めても無駄。ひなは項垂れ私の隣に座って、「メニューここにあるから」とタッチパネルを渡してきた。


「Taxは40パーだから」


 もうヤケだった。
 シャンパンページの、味も知らない24万円と記載のあるバカ高いシャンパンを指差す。ビンに花柄が描いてあって可愛いから。それだけの理由だ。


「後は適当に、お釣り来ないように使って」

 ひなは溜め息を吐き、「本当おまえはこえーよ」と言い放つ。



 次第に大きな音が流れ出し、目の前に花柄のシャンパンボトルとシャンパングラスが並べられた。


「この音何?」

「シャンコ」


 ひなはもう諦めたようで、足を組み私の肩を抱いた。

 キャストが大勢集まってくる。マイクで何やら言っている人もいる。見える範囲の他のお客さんの席にはキャストが居なくなってしまい、暇になったのか皆携帯を弄っている。異様な光景だ。


 音はますます大きくなって、キャストたちは私を取り囲むように並んだ。ひなは隣に座っている。

 マイクの掛け声と音に合わせてキャストたちが手を上下に振る。私を取り囲んでいるメンバーにはミハルさんとユラさんもいて、目が合えば微笑まれた。恥ずかしくて堪らない。


 ――ポンッ! とコルクが抜かれる音がしてグラスに注がれたシャンパンが運ばれてくる。


 と思えば渡されるマイク。困惑していれば隣のひなから「なんか適当に喋って。変なこと言うなよ」と耳打ちされた。

 適当に。適当に。


「いつもお疲れ様です。私に出来ることがあればなんでも言ってください」

 それだけをマイクを通し言葉にし、最初にマイクを持っていた人に返した。


 しかしそれはひなに奪われ、


「初指名でベルエポックありがとうございまーす。こいつは痛客になりそうなので出禁にしてくださーい」


 ひなはそれだけ気怠げに言い捨てた。
 カッチーンと来たが大勢の手前、グッと堪える。

 シャンパンの一気を強要され、グイッと飲み込む。初めて飲むそれは苦くて美味しくはなかった。


 “シャンコ”と言うものが終了したのかキャストが各々持ち場に帰っていく。

「こんばんは! 一緒に失礼します」


 可愛い顔をした男の子が目の前に座る。ひなはそれを合図に「ちょっと淡麗取ってくるわ」と席を抜けた。男の子が「僕が、」と言葉を言いかけひなはそれを制した。


「チヒロって言います」

「チヒロくん」

「ひなこちゃんで合ってますか?」

「何で知ってるんですか?」

「さっきサクラくんが名前を叫びながら追いかけてたので」

「あー、あはは」


 ひなはすぐに戻って来て、ひなの後ろには大きな、足つきのペールを持ったキャストがいた。

「これで釣りは出ねえよ」

 ――ひなはニヒルに笑った。





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