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「混乱を管理する」とは、混乱する自分のこころを管理すること 〜 日本赤十字社のYouTubeビデオで学ぶ、VUCAの時代のマネジメントの心がまえ

VUCAの時代とか、最近だと「パーマクライシス(長期にわたって不安定で安心できない状態)」の時代とかいわれる状況下のマネジメントでは、「混乱を管理する」ことがすごく重要になる。

そのための第一歩は、混乱する自分の心を管理することだ。

そういう趣旨の文章を書いたのは、2014年に初版が出た手島恵 編・著「看護のためのポジティブ・マネジメント」。

あれから8年。

コロナ禍を経て、そこに書いたものを読みかえしてみると、「書いたときには想像もしていなかったけど、意外なくらいにコロナ禍を下敷きにしているように感じられるではないか!」と思える。

それだけならかなりのドヤ顔になりそうだけど、2020年4月に日本赤十字社が公開したYouTubeビデオの「ウイルスの次にやってくるもの」も同時にアタマに浮かんでくる。

ちょっとナナメの視点でながめてみれば、日本赤十字社のYouTubeビデオは、VUCAの時代のマネジメントに求められる、とても重要な要素を教えてくれる教科書として読むことができるのだ。

2014年に書こうとしていたことがすべて(というかそれ以上のことが、シンプルきわまりない言葉で)ここに語り尽くされているような気がして、すごいなと思う反面で、かなり悔しい気持ちにもなる。

メンバーの感情と組織行動はどうつながってる?

「看護のためのポジティブ・マネジメント」を読みかえすことになったきっかけは、2018年に第2版が出版されたこの本に、コロナ対応の事例を追加して第2版増補版にすることを検討している旨の連絡を受けたこと。

この本の狙いは、それまであまり光が当てられることのなかった組織メンバーの感情とマネジメントのつながりを明らかにすることだった。

だから、マネジメントの現場は、すべてがしっかり計画された通りに進むのではなく、むしろ「常に想定外の事態への対応に追われ、チームのメンバーやさまざまな部署との調整を図りながら、当初は考えてもいなかった解決策を見つけること」が必要になる状況を強調している。

これ、まさにコロナ禍で起きた状況だ。

ここで大事になるのが、ラッセル・エイコフという人が語る「混乱の管理」だと書いた。

「混乱」とは、複雑で不安定、そして不確定な状況のことです。こうした状況下では、あらかじめ明確に定義された専門知識を当てはめてみても混乱した状況を収集することはできず、また、必ずしも問題を解決することもできません。

この場合に重要なことは、専門的な知識によって「問題解決」(problem solving)を行うことではなく、その前に、そもそも状況の何が問題なのかを意味づけること、すなわち「問題設定」(problem settng)をどのように行うかということです。

職場は、管理者を当惑させ、手を焼かせる、不確実な問題状況によってつくられています。こうした「問題状況」を、はっきりとした「問題」としてとらえるためには、そのままでは意味をなさない不確定な状況に、一定の意味を与えていく必要があります。これをエイコフは、「混乱を管理する」と表現しています。

想定外の事態が起き、間断なく変化する混乱の中では、管理者に限らず組織のあらゆるメンバーの心の中にはさまざまな感情が生まれていることでしょう。ここから(知らずしらず)防衛的思考建設的思考が生み出され、管理者自身の行動のみならず、組織行動のあり方に大きな影響を与えているに違いありません。

そのままでは意味をなさない不確定な状況を意味づけるプロセスの大切さとむずかしさ。そのことについては、2020年からこれまでの間、いろんな看護師の方から数々の話を聞いた。

「意外なくらいコロナ禍を下敷きにしているぞ」と思えるのは、こういうところだ。

防衛的思考は何でできている?

とはいえ、8年前の時点では、よく見えていなかったものもある。

それは、「混乱」の中で組織のメンバーの心にどんな感情が生まれ、そこからどのように防衛的な思考がめばえるのか? それが管理者の行動や組織行動にどういった影響を与えることになるか? そして何より重要なのは、どうすれば混乱状況を「管理する」ことができるのか? といった点だ。

コロナ禍を経たいまなら、そうしたさまざまな疑問にハッキリと答えを出すことができる。

日本で新型コロナウイルスの感染が拡大してほどなく公開された、日本赤十字社の「ウイルスの次にやってくるもの」にぜんぶ描かれているからだ。

手を洗えば感染する確率はグッと下がる。でも、心の中にひそんでいて流れていかないものがある。それは、「先の見えない状況を、『もうみんな 助からない』と」ささやく感情だ。

そいつは、人から人へと 広まっていく。

そいつは、まわりに攻撃を はじめる。
人と人が 傷つけあい、分断が始まる。
そいつは脅かす。
「もしも 感染していたら どうする?」
「あんな風に 言われたら どうする?」

鏡を見ると、
そこに、もう、
あなたは、いない。

そいつの名前は、
恐怖
ウイルスの次にやってくるもの。
もしかしたら、ウイルスよりも 恐ろしいもの。

「ウイルス」という言葉を、「混乱」に置き換えれば、そのまんまマネジメントの話になる。

混乱の次にやってくるもの。もしかしたら、混乱よりも恐ろしいものは、混乱を恐れるこころ。それはメンバーからメンバーへと広がり、まわりに攻撃をはじめ、メンバーどうしを分断させる。いつものメンバーをすっかり様変わりさせる。

それは、管理者の行動だけでなく、組織行動にも大きな影響を与えることになるだろう。

「混乱を管理する」には?

では、どうすれば混乱を恐れるこころを管理することができるのか?

これに関しても、「ウイルスの次にやってくるもの」の答えは単純明快。

1. 恐怖に餌を与えない。
2. 恐怖のささやきに耳を貸さない。
3. 恐怖から距離を取る。
4. 恐怖が嫌がることをする。

「餌を与えない」とは、ふたしかな情報をうのみにしないこと。ささやきに耳を貸す必要もない。「誰にもまだ分からないことは、誰にもまだ分からないことでしかない」から。

距離を取って、「冷静に、客観的に、恐怖を知り、見つめれば、恐怖はうすれていくはず」だし、恐怖が嫌がる「笑顔と日常」を取りもどすことができれば、「恐怖は逃げていくだろう」

ここに書かれていることは、マネジャーが不確定な状況と向き合うにあたり、「混乱」した状況から生まれる「混乱」したこころを管理するための方法として読むことができる。

「混乱」したこころには、恐怖だけでなく、不安焦り苛立ちといったさまざまな感情も含まれるだろう。そうしたネガティブな感情を生み出しているのは、「混乱」した状況そのものではなく、そこに意味づけをする自分自身だ。

何より大事なのは、「誰にもまだ分からないことは、誰にもまだ分からないことでしかない」という事実をありのままに受け取ることができるマインドフルなこころを持つこと。

そうすることで、波立ちさわぐ、「混乱」したこころの状態から距離を取り、鎮めていくことができる。

と、まあ、こんな具合に、「ウイルスの次にやってくるもの」には、つねに想定外のことが起き、不確定で曖昧な状況の真っただ中で、これを意味づけ、決断し、行動していくための指針とプロセスが、明快きわまりない言葉で描かれているのだ。

そういうわけで、「看護のためのポジティブ・マネジメント」の第2版増補版に向けては、「ウイルスの次にやってくるもの」をまるごと引用し、最後に「マネジメントでも同じことをやればいい」と付け加えたいところ。

もちろんそういうわけにはいかない(編集の方から「マイナーな修正はいいけど、長々と文章を付け加えたりしないように」との丁寧な脅しも入ってる)から、ここは考えどころだ。

さて、どうしたものか。

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