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アイルランドの本鮪

今日は私がセリ人として携わってきたアイルランドの話をしたい。

が、その前に前回の投稿で触れたカナダ産の生本まぐろの思い出について補足したいことがある。私が新卒で入社した年のある秋の日の社内食堂でのこと。当時の生まぐろのセリ人をしていた大先輩から、おかずを頂戴した。「カナディアンじゃ。食え。」と言われて口の中に入れてみた。

「旨い!」

食感も良い。赤身であったが、少し濃いめの赤身が雑に角切りされていて雑に山盛りに盛られているを鮮明に覚えている。思えばこういう雑な食べ方もまぐろの楽しみ方の一つだと気づいたのもこの時かもしれない。小洒落て食べるだけがまぐろじゃないのである。かれこれ16年前のことだが、私の中の忘れられない味の一つとして、まぐろを好きになっていくキッカケとなる出来事であったが、前回の投稿で迂闊にも触れるのを忘れてしまったのでここで紹介させていただいた。


北緯57度~59℃西経17~26度の世界

さて、本題のアイルランドである。

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日本の稚内が北緯45度

世界のまぐろ漁場の中でも最も高緯度に位置するその漁場は極寒の世界。

海は荒れ、食事もまともには取れないような環境。本来人間が踏み込むような場所ではないかもしれない。

この極限の世界に挑んだ男たちがいるのである。

時は1980年代のバブル前夜。1960年ごろから始まり80年ごろにかけて急成長を遂げ絶頂期を迎えていた遠洋マグロ延縄漁。その集大成とも言える漁場開拓が行われる。

当時は高級まぐろと言えば、冷凍みなみまぐろ。大間のまぐろなどは存在せず、銀座の高級鮨店はこぞってみなみまぐろを求め、築地の仲卸たちもそれに応えた。

冷凍まぐろ>生まぐろの時代があったのである。

実際にセリ値も今の津軽海峡まぐろ(大間や戸井、三厩など)のような値段(キロ1万円以上)が付いていた。特にケープタウン沖で取れるみなみまぐろは一大ブランドで連日高値が付いた。

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ケープタウン沖で獲れたみなみまぐろ

そんな時代に更なる良いまぐろを求め、誰も行ったことのない荒れ狂う未開の海に、ただ「まぐろがいる。」という信念だけを基に漁師たちは立ち向かっていったのである。

凄まじいフロンティア精神ではないか。

同じ日本人として精神そのものを誇りに思う。

そしてそれを引き継ぎ、今も命がけで漁に出る生産者の精神力に敬服。

そして実際に獲れたまぐろは?

それはそれは素晴らしいまぐろであった。

当時、冷凍本まぐろと言えば北西大西洋のカナダ沖グランドバンク漁場、フロリダ沖、地中海内のアルジェリア・リビア沖などが中心であった。グランドバンクは日本近海などと並んで世界4大漁場などと呼ばれ、もともとエサは豊富なため時期のものは脂の乗りは良い。フロリダ沖などは私が入社した当初はメインの漁場であり、脂もそれなりに乗っていた記憶がある。そして地中海は脂は薄く馬鹿デカい(200~300キロ)。フロリダと地中海は2010年ごろから始まったタイセイヨウクロマグロの漁獲制限に伴い漁師たちが獲らなくなってしまった。少しでも高く売れるアイルランドばかりを取るようになった。かくして冷凍本鮪は延縄ではアイルランドと一部のグランドバンクのみとなった。ただし21世紀に入り、地中海入り口(モロッコ、スペイン、ポルトガル)における定置網漁が急速に進化(後日詳しく)を遂げ、品質の良い物が冷凍され日本に輸入されるようになる。

では、他の大西洋の漁場と何が違うのか?

圧倒的に味の濃さコクが違うのある。

口の中に入れた瞬間のパンチ力は津軽海峡のまぐろより上かもしれない。

しかしその分雑味も濃い。個性の塊、まさに野獣のようなまぐろである。

故に私は刺身では食べない。握り寿司でもちょっとクドイ。手巻き寿司が最高に美味しいと個人的には思う。酢飯と海苔との融合によりマイナス要素がプラスに昇華される。

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素晴らしいまぐろであるが、セリ人ならではの苦労もあった。

平均的な、めばちまぐろやみなみまぐろが1匹の重さが50~60キロなのに対してアイルランドの本まぐろは平均150キロ。

延縄冷凍まぐろ船では取り上げ後、迅速に丸2日、急速冷凍室に入れっぱなしにして中心温度をー60℃まで下げるのだが、大きい分だけ緩慢にもなりやすい。緩慢になるとベタ(死後硬直が解け肉が変質した状態)のまぐろが増える。そうなると市場評価が下がりセリ値が安くなる(約半値)。たかだか5匹で100万円くらい出荷者に損をさせるか会社に損をさせることも日常茶飯事であった。もちろんその逆もあるが。一隻で40~60トン(250~400匹)ほどの漁獲量でその半分がベタのまぐろになる。セリ人としては良いまぐろだけを売るわけではなく、売りづらいまぐろも売らなければならない。命がけで獲ってくれる漁師たちがいるのだから。毎日神経をすり減らしながらセリをしていたが、苦労した分、私はこのまぐろが大好きである。

















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