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家がつらいときの外出自粛はハードモードすぎるから

もしかしたらハードモードだったかもしれない自分に向けるようにして書きます。わたしは学生だった頃、家庭内で問題が起きていて、家族で泣いたり怒ったりがしょっちゅうだったので、もし当時、この自粛モードになっていたら、本当に地獄でした。

今は一人暮らししているし、家族との関係もかなり良好だと思います。でも、かつての自分たちみたいな家族がいることは容易に想像つくし、実際、そういう報道も度々ありました。


結局しばらく家を出ずに実家暮らしを選んだ過去の自分に伝えるなら、可能なら逃げたらいいし、専門の人や似た経験のある人に相談した方が道は開ける、ということです。

「自分が我慢すればいいだけ」
「自分の家の問題だから自分で解決しなきゃ」
「(世間体を気にして)誰かに話すなんて」
「自分の親(子ども・パートナー)だから、自分がどうにかしなきゃ」

みたいな考えが家族を追い詰めると思っていて、だから、問題があるときには自分たちだけで背負わずに、専門の人を信じて頼ってみると道が開けることもあるんじゃないかな、と思います。家族だけの息苦しい部屋の窓を開けで外の風を通すみたいに、だいぶ楽になります。

とはいえ、わたしの経験上「信頼できる大人」的な人に相談したところで理解を得られず絶望したり、力になってほしい人から偏見の目を向けられて腹が立ったり、希望を持って相談したのに頼りにならなくて絶望したり、なんてこともありました。

でも、なかなか出会えずとも、世の中に1人くらいは、味方として力になってくれる人がいます。諦めずにどうかどうか生きのびてください。


そして最近は「気が緩み始めた」なんて言われている自粛モード、もちろん外出自粛はした方がいいけれど、それはコロナウイルスから命を守るための手段であって、もし家が安全でないのなら、「いのちだいじに」で生きる方を選んでほしいです。

外出含め、壁殴っちゃうとか、自分殴っちゃうとか、誰かに怒っちゃうとか、過食しちゃうとか、とにかく避けた方がいいことも、生きるか死ぬかだったら、生きられたほうがいいです。


それから、家族といて辛い状況が「当たり前」とか「たいしたことない」とか思えてきたとしても、それは全然当たり前じゃないし、意味違うけど、たいしたことです。かといって、自分のおかれた環境を憎んで、他の家族をうらやんだりする必要もないです。

学生時代は、絶望しまくりの悲しみに沈みまくりだったけど、歳を重ねていくうちに、自分は特別かわいそうじゃないことも、家庭環境が個性を形づくる要素になるとしても、たいして大事じゃないこともわかってきます。自分と同じような経験をしてる人はごまんといて、同じ痛みを感じていて、でもわたしはわたしでしかなくて、どう感じてどう生きるかが大事だと思うようになりました。


いまだに後ろめたさがあるけれど、「逃げるのは悪くない、逃げてください」「自分の人生を生きて」と言ってくれた人がいて救われたから、自分にも誰かにもそう伝え続けようという気持ちでいます。

たとえ離れても、問題は尽きないかもしれないけれど、精神的に大丈夫になるし、離れる前よりずっといいし、生きててよかったって思える瞬間もたくさんあるので。

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