やさしさとりどり。 ③
「じゃあ、い、行って、きます」
緊張しすぎじゃないかと家族から総ツッコミを受けたが、緊張するものはしょうがない。
みゆとは駅で待ち合わせたが、約束の時間になっても来ない。あの子マイペースだから、受験日忘れてたりしないかな。
5分ほど待って、心配して連絡しようとした時に、こっちに向かって走ってくるみゆの姿が見えた。
陸上やってる人って、こういう時もフォームが崩れないんだなあ。
「ごめん!緊張して、昨日あんまり寝れなかった」
なんだ、みゆも緊張してるんじゃん。
初めて電車で隣どおし座った私たちは、やっぱり二宮金次郎だった。
でもちょっと、みゆの気持ちが分かった。
余裕が無いんだ。
相手はすごく自信があるように見えて、自分だけ置いていかれてるんじゃないかって。
うまく説明できないけど、ほっといてほしいって思う時もある。
「同じ感情を共有するのは、同じ場所にいるときだけじゃないから」
大学に着いて、それぞれの試験会場へ向かうとき、みゆが口を開いた。
お互い頑張ってこようとか、全力出し切ろう、とかじゃなく。
「やさしい言葉とか、なにか、そういうのはうまく伝えられないかもしれないけど、でも、かなしい時は一緒にかなしいし、喜んでるときは一緒に喜ぶ。がんばってる時も、一緒にがんばってる。それは、見えてないかもしれないし、気づかないことかもしれないけど、でもそうだから」
みゆはいつも言葉足らずだけど、でも
「うん。分かる。私も」
試験会場に向かう制服たちがちらほら通り過ぎて行って、私たちもお互いの場所へ向かった。
長丁場で重くなった体を持ち上げ会場を出ると、さっきまでの朝日はもう沈みかけている。
ひと足先に待ち合わせ場所にいたみゆの背中が太陽のオレンジを直に受けていた。
みゆに一歩一歩と近づくごとに、消えていた不安がまたひとつと浮かんでくる。
私だけ受からなかったら。
何か重大なミスをしていたら。
ひとつも、合格しなかったら。
みゆが私に気づいた。
「すず、走ろう。駅まで」
「え?」
にこっ、と目を合わせたみゆの顔はもう前を向いていて、足は軽やかに志望校の地面を叩いている。
ああ、これがみゆの優しさなのか、と思った。
「駅で人がぶつかるのは、たぶん当たり前のことなんだと思う。当たり前というか、必然」
混雑した駅の改札を通って帰りの電車に乗ったみゆが開口一番こんなことを言った。
「だって、こんなに人が集まって、色んな方向に色んなスピードで歩いていくんだもん。ぶつからないように歩くほうが不自然なんだよ。きっと」
「言われてみれば、そうかも」
「原子と原子が、ぶつかる感じだよね」
「それでくっついたり、反発したり」
「いろんな原子がいるからね」
「改札前で結合してんのもよく見るね」
「あはは、結合って」
ぶつかって、くっついたり、反発したり、それはきっとこの世界に生きている間ずっとそうなんだろうなあ。
「みゆはさ、やさしいよね」
「冷たいってよく言われるけどね」
「でも、やさしいでしょ」
「うん。やさしいよ」
電車のドアが開いて、私たちは原子と原子がぶつかってくっついたり離れたりするこの場所に、また降りていく。
それぞれのやさしさを受け止めながら、それぞれのやさしさで生きていこうと思った。
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おわり。
やさしさについて書いてたはずなのに全然主題にたどり着けず、、
3本立てになってしまった、、
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