【SS】【少女変異奇譚】スミレの抜け殻、咲く頃
「スミレ、とっても美しいわ……」
羽化に失敗した『少女』を、女は愛おし気に眺める。
「そして、本当に美味しそう……」
2041年に開発された「抗精神病薬:ベンザレクト」を飲むと、17〜18歳の少女のみが『脱皮』する現象が発生したのは、その翌年のことである。
しかし、脱皮した少女達の予後が非常に良く、神薬としてベンザレクトは日本中で処方されるようになった。
但し、薬価も高くその管理には厳重さが必要だと考えられた為、基本的に精神科への入院患者のみでの投与制限がかけられた。
K県の山奥にある精神科「星緑病院」は、閉鎖病棟のみ15床という、非常に小さな病院だ。
ここは、世間体を気にしなければならないお嬢様方の恰好の隠れ家だった。統合失調症などを発症し、幻覚や幻聴で「狂ってしまった」少女を嫌がる、大企業の社長、有名な政治家、高名な教授……様々な親たちが、娘をこの病院に入院させたがった。
そういったニーズに対応できるよう、病院側も配慮を行い、2044年の4月より職員及び入院患者共に女性のみ、と変更された。
星緑病院の売りは「綺麗な設備ときめ細やかな医療」であったが、差額ベッド代の高さもあり一般の患者は限られていた。そういったことも、また社長令嬢等の「お嬢様方」が多数入院する要因となっていた。
そんな星緑病院は、実はある『タブー行為』を行なっていた。見つかったら、行政処分は免れない。
だが、院長もその『行為』を一緒に行なっていた為、全てを黙認していたのだ。
その、『行為』とは…………
大多数を占める「お嬢様方」の中でも、とびきりのステータスを持つ彼女は、院内でも目立っていた。
日本を代表する映画監督Sと、美人で聡明な女優Mの娘である千里きらら。母親譲りの美貌と舌ったらずな話し方が、院内のスタッフ、患者問わず人気を得ている。
「きららちゃん、まだ寝ないの?」
消灯時間を過ぎたが、まだ彼女の周りには数名の患者が集まっていた。
「貴方が寝ないと、皆んなも寝れないみたいよ。」
大声で彼女が言う。
「看護師さぁん、だってあたし、明日ベンザレクト飲まされるんでしょ。緊張しちゃう〜。」
そう、千里きららへの投与日は、明日10:00となっていた。ベンザレクトを服用後、約6時間かけて彼女たちは『脱皮』する。
脱皮後は2日様子をみて、問題無ければそのまま退院となっていく。
「それにあたし、まだ外に出たくないなぁ。ここは窮屈で退屈だけど、安全だもーん。」
「きららちゃんなら、きっと大丈夫よ。」
「看護師さん、簡単に言わないでよぉ。あたしたちはいつだって変人扱いされるんだからー。」
「脱皮したら、変わるわよ。」
「それも怖いんだよねー。あたしがあたしじゃなくなる?みたいなー。」
パン、パン、と手を打つ音がする。
「はい皆、寝る時間ですよ。」
「あっ、師長。」
「ゲッ、師長!はいはい寝まーす。」
そうして、夜は更けていき、千里きららへのベンザレクト投与の時間はあっという間に訪れた。
投与に携わるのは医師の篠川香澄と看護師長の佐藤嘉子だ。
「先生、怖いよ……」
「大丈夫、目が覚めたらスッキリするから。」
篠川は笑顔できららに述べた。
ベンザレクトには催眠作用もあり、投与された患者は寝ている間に、自然と脱皮することとなる。
星緑病院は小さな病院であり、医師の数も少なかった為、ベンザレクト投与後の経過観察は看護師が当初は担当していたが、ある事件をきっかけに医師も担当するようになった。
その事件とは、『脱皮の失敗』である。
芦花スミレ、17才。
他に違わず、良家のお嬢様。
精神病の病状も酷くなく、問題無く『脱皮』を終える筈だった。
異変は、ベンザレクト投与後3時間の時点で発生した。
脱皮の途中で、血圧及び心拍数の急激な低下が起こったのだ。
「香澄先生!」
「アドレナリン投与!」
篠川の機転により、生命に別状は無かったが、数時間後には念の為大学病院へ転院することとなった。
その間、スミレには意識は無かった。
そして、篠川と佐藤には、試してみたい『ある行為』が有った。
『少女が脱皮した抜け殻は、非常に美味である。』
ネットワーク上で実しやかに語られる「噂」。
噂は本当なのか。篠川と佐藤は、度々議論を交わした。
通常、脱皮が終わった少女の皮は、医療廃棄物として処理されている。
「香澄先生、今日がチャンスです。スミレの皮がこれだけ有るのを知っているのは私達だけ。」
「佐藤さん……そうね。やりましょう。」
脱皮が終わっている部分だけ、篠川は丁寧に境目をメスで切り取っていく。
一通り切り取り終わったら、スミレの約1/3の体積となった。
剥ぎ取られた少女の皮は、とても薄くて、少し固い。
スミレの指だった部分を、篠川はパキンと折って自分の口へと運ぶ。
カリッ、カリッ。
「スミレ……貴女、とても美味しいわ。」
篠川が食べたスミレの皮は、まるで金平糖のような甘さで。
噂は、本当だった。
「佐藤さん、貴方もどうぞ。」
「はい。」
スミレの皮を口にした佐藤から、感嘆の声が洩れる。
「随分と楽しそうな事をしているね。」
「……お母さま。」
「院長!」
篠川の母親は、院長の京香である。
「私も混ぜてくれないかい?」
京香の一言は、意外なものであった。
「私には香澄の考えなど筒抜けなんだよ。」
「お母さまには、抗えませんね。」
京香はスミレの抜け殻の中でも、顔の部分に興味を示して。
「美しいスミレ、君を食べてあげよう。」
スミレの皮の唇にキスをしてから、そのままカリッと口内に含む。甘い香りが漂う。
「嗚呼、なんて儚く美味しいんだ!」
それから、星緑病院では『少女の抜け殻』をスタッフ皆で食すようになった。
抜け殻を食べる時間は『食ヒ会』と称され、共有された。
抜け殻の味は少女によって異なり、甘いもの、塩辛いものと様々だったが、より良家の子女程美味であるとの意見が大多数であった。
そして月日が経ち、今日はN回目の『食ヒ会』であり、対象の少女の抜け殻は「千里きらら」のものである。
きららの脱皮は問題無く成功し、本人は眠りについている。
「今回の皮は、随分と苦いな。」
「食べづらいですね。」
皆の食指が動かない中、突然1人のスタッフが苦しみ始めた。
「ゔっ、ゔぇぇぇ……ぐふぅ……」
1人、2人とスタッフ達が呻き、苦しみ、倒れていく。
「食中毒……か!?……うっ、ぐぅっ!」
「お母さま!!」
その後、香澄の応急処置もやむなく、院長の篠川京香の命は呆気なく失われた。
他のスタッフも、救急車で運ばれたが数名が亡くなってしまった。
きららの皮には、フグ毒で有名な「テトロドトキシン」が高濃度で含まれていた事が、後の調査で発覚したのである。
この事件を機に、ベンザレクト投与後の『少女の抜け殻』について研究が盛んに行われるようになったが、事件の発端となった「星緑病院」については、篠川香澄の逮捕(業務上過失致死)もあり、即時に廃院となることが決定。その後、ネットワーク上の怪談話に『食皮病院』と名を連ねるのに時間はかからなかった。
「あたし、あの病院に入院してたんだよね。」
「えっ?私も。」
「スミレちゃんも?」
「うん、きららちゃん。香澄先生、優しかったよね。」
「そうだね。なんかあたしのせいで、悪いことしちゃったなー、なんて。」
「きららちゃんのせいじゃないよ。たぶん、そーいう、運命だったんだよ。」
「ありがと。」
ベンザレクト投与後、脱皮して羽化した少女たちは、精神病だったことが嘘のように、皆華麗に羽ばたいていったという。千里きららは女優、芦花スミレは画家としてその人生を美しく咲き誇っている。
Fin.
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