偏愛 -儀式-

 黄色いフィルターの付けられていた標準レンズで驚いたエイジを次に困惑させたのは、望遠レンズであった。

 その望遠レンズは、「ROKKOR-TC 135mm F4.0」であった。
TCなのでレンズ構成は3群3枚である。
3枚しかレンズが入っていないのである。
初めて写真用レンズに触れたエイジであっても、55mmレンズではマウントすぐに後玉が見えるのに、このレンズではマウントからかなり奥まったところに最後端のレンズが見えることに何やらチープさを感じ取っていた。

いわゆるトリプレットタイプで、それなりに良好に収差補正されたレンズであったらしいが、光源に向けると壮大にゴーストの出るレンズであった。
ある時、皆既月食の写真をこのレンズで撮ったことがある。
現像してみると地球には月が2つあることがわかった。大発見である。

 そして、なによりエイジが困惑したのが「絞り」であった。
絞り環が2つある。
1つは黒いもので普通の絞り環のように4、5.6、8といった値のところではクリック感があるが、もう1つの絞り環はシルバーで全くクリック感がなく、しかも黒い絞り環の示す絞り値よりも回すことができない。

ここがこの時代のロッコールレンズにあって銘に「AUTO」が付いていない所以である。
つまりこのレンズは「プリセット絞り」というタイプのものであった。

まず自分の使いたい絞り値に黒い絞り環で設定する。
しかし、これでは絞り込んだ時にファインダー内の像も暗くなりピント調節がしづらい。
そこでシルバーの絞り環を開放値にすればファインダー像は明るくなる。
そして、いざシャッター、という時にシルバーの絞り環を黒い絞り環の設定値まで回して実際に絞り撮影する、という手法をとる。
実に面倒臭い「儀式」である。
およそシャッターチャンスをものにする、という行為には向かぬと思うが昔は当たり前であったのだ。

 そしてエイジはといえば、この儀式に慣れることができず、この望遠レンズを使う時はほぼいつも開放で使うことになるのであった。


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