見出し画像

その場所に選ばれないと、ダメ。

「その場所に選ばれないと、ダメ」
なんて考え方が嫌い、嫌い。

それは例えば、
「東大に入っていないと、難しいこと考えちゃダメ」的な話。

昔、あったよね。学生運動して、政治に対して声を挙げている若者の出身大学とか高校の偏差値を晒している、あれ。

この子が有名進学校出身で、東京大学に入っていたら政治なんて難しいことに声をあげても
違和感なかったのかな。

どの場所にいるんじゃなくて、どんなことを考えているかの方が大事じゃないだろうか

まぁ、それは理想論だけど。
どんなことを考えているかイチイチ聞いて回るのが面倒だから、ラベリングして効率化するわけだよね。

就職活動の学歴差別もそう。
「イチイチ時間を確保することが面倒だから、ラベリングして想像力を働かせようとしない」
それも一つの合理的な答え。

だけど、その思想が「その場所に選ばれた人じゃないと、相手する必要がない。ダメェ~」とまでなったら、嫌じゃない?

嫌です、僕は

あ、別に学歴の話がしたいわけではなく。

選ばれた人は、選ばれたことを誇りに思う

昔、マスコミの人とお話しているときに、youtuberの話になった。

マスコミの人は、youtuberのことを評価していないらしい。「なんか承認欲求ある感じが、嫌だなぁ」とのこと。

マスコミに出演するタレントや、制作サイドに行きたい作家さん、みんな「承認欲求」があるのではないだろうか。そして、その承認欲求こそが創作の源なのではないだろうか。

承認欲求を否定するのは、youtuberの否定ではなく、クリエイターへの否定にならないか…?
僕は、聞きながら思っていた。

多分、あの人は
自分がマスコミというコンテンツを人に送り出す側にいる。そして、ポジションを獲得するために努力して「選ばれた」自負がある

だから、素人でもコンテンツを生み出せ、「選ばれなくても」クリエイターが名乗れるインターネット的な仕組みが気に入らない。それを心の中に思ってて、でも言葉にしなかっただけだったんじゃないかな。

承認欲求がある感じが気に入らなかったのではなく、承認欲求のアウトプット先として、「マスコミではない素人でも投稿できるコミュニティで活動していること」が、気に入らなかったのではないのかな。

クリエーティブセクションじゃないのに


広告代理店に入り、デジタルマーケティングの部署にいる僕は、コピーライターのスクールに通い、社外のクリエーティブコンペにも参加している。

すると、時々「クリエーティブセクションじゃないのによくやるね」と言われることがある。

正直、ムッとする。

ぶっちゃけ、イラッとする。

悪気があって言っている訳じゃないのは分かるから、「まぁ好きだからね~」と苦笑いで返す。大人になったな、僕。

部署的にはデジタルマーケティングをやっているから、業務とは直接的に関係のない勉強をしたり、挑戦をしているのは事実。そしてクリエーティブセクションじゃないということは、僕の大学時代のアウトプットや適性を見て、クリエーティブセクションには向かないとお偉いさんにラベリングされたのは事実。

だけど、別に、だからって。

作る権利がはく奪されたわけではない。イラストや企画を作るのって面白いし、そのプロセスそのものが僕にとってエンタメなんだから。

偉い人に認められて、その場所に選ばれた人しか「作っちゃダメ」とか非インターネット的、昭和的、権威主義的。

インターネット的、令和的、庶民主義的な生き方をしたい思う。

もうやめましょうよ、
どこからでも誰からでも生み出せる時代に、
一度選ばれなかっただけで諦めるの、
一度選ばれただけでマウント取るの。

とまぁ、人生の大体のシーンで選ばれなかった僕は開き直って思っています。

今日はここまで考えました。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

5
広告代理店で働くプランナー2年目。言葉と映画と歌詞と思春期とお笑いとビジネス書を愛するピュアな人間。何喋っていいのか分からない
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。