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Diversity&Inclusion for Japan ⑧〜職場における「男らしさ」の文化の影響とは(後編)

なぜ書くか

Diversity&Inclusion(ダイバーシティ・インクルージョン ※以下D&I)というコンセプトがビジネスの世界において重要になる中、日本に住む約1億人には細心の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。https://every-co.com/

はじめに

前編の記事で「男らしさ」を証明しようとする行動が個人や組織にどのような影響を与えるかについて書きました。

後編では、「男らしさ」について更に深堀りし、

・どのように「男らしさ」が形成されるのか?
・「男らしさ」は環境によって程度が異なるか?
・行き過ぎた「男らしさの追及」をどのように抑えるか?
・バランスを取り続けることはできるのか?

といったことについて書いていきたいと思います。尚、職場での男らしさとは以下の事を指します。*Berdahlら(2018)

・Show no weakness :弱みを見せない、女性的な感情は見せない
・Strength and stamina :身体的に強い、スタミナがある(例 休みなしに何時間も働ける)
・Put work first :(家庭、自分の休息より)仕事第一
・dog-eat-dog :超競争力の高い職場、勝者は敗者を搾取、全員がライバル

そしてこの過度な「男らしさの追及」は、以下のデメリットがある事がわかっています。

①社員の帰属意識が下がる
(*...Organizational Identification Behaviorと呼ばれる指標が下がる)

②その結果、他の社員や組織全体のための行動が減る
(ex.休んでいる社員の代わりに働く、組織が批判されたとき擁護するなど。)

生まれた場所によって、ホルモン反応が違った。

「男性が男らしさを証明するような行動を取るのは生まれつきなのではないか」、と考える人もいるのではないかと思います。性別による行動の違いは生まれか育ちかという議論には終わりがない一方で、文化(育ち)が思考、感情、身体的反応に影響を与えるという、アメリカ北部と南部の出身者の行動を比べた驚くべき研究があります。

一般的にアメリカでは北部と南部で異なる文化があることが知られており、アメリカ南部にはculture of honorという文化があります。

culture of honor:他者からの侮辱や脅威に対して、時に暴力的な手段を使ってでも、自分の名声を守らなければならない。

例えばアメリカ南部の白人男性は、自分の家を襲われた、道で酔っ払いが自分と自分の妻にぶつかってきたといった場合、自分とその家族を守るために暴力で応じることを支持する傾向にあります。そして、このような状況で暴力を持って応じない男性は「男らしくない」と批判される傾向があります。

実際にアメリカの南部の州では、銃に関する規制が弱いなど、culture of honorの文化が法律や、社会的慣習に反映されています。

この文化による行動の違いは、実験によっても示されています。

ミシガン大学ではアメリカ北部出身の学生と南部出身の白人男性に学生を対象に他者からの罵りにどのように反応するかの実験をしました(Cohen et.al, 1996)。実験協力者は実験参加者が狭い廊下を歩いている際、相手の肩にぶつかり、"asshole”(くそったれ)という罵倒を浴びせ、研究者はその後の実験参加者の反応を調べました。
その結果罵りを受けたアメリカ南部出身の学生は、以下のような反応をしたことが分かっています。

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南部出身の学生の反応
・コルチゾール*の数値が大幅に上がった(より動転した)
・テストステロン*の数値が大幅に上がった(身体的に攻撃的な行動を取れる状態になった)

*コルチゾール(Cortisol):高いレベルのストレス、心配性に関わるホルモン
*テストステロン(testosterone): 攻撃性に関わるホルモン

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つまり、南部出身の学生は北部出身の学生よりも、男らしさの名誉が危機にさらされたと考え強いストレスを感じ、攻撃的で支配的な行動をとる傾向にあったのです。

この事から、文化の違いが、他者からの罵倒に対する個人の身体的反応、そして男らしさを証明しなければならないという思考に影響を与える可能性があるという事が言えます。


組織文化の側面から良い会社を創る3ステップ

「男らしさ」を証明しようとする試みが生まれつきのものではなく、文化に深く根ざしたものであるならば、文化を変えることで人々の行動を変えることができる可能性があります。

Rex とComusという電力会社は、以下の三つの組織文化のもとで、「男らしさ」を理想化する文化を抑えたといいます。(Elya and Meyerson, 2010)

1 組織の共通ゴールの認識を強める
2 「競争力」の定義を業務で求められるスキルに合わせる
3 職場における「学び」を重視する

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1 組織の共通ゴールの認識を強める

これらの電力会社では、組織のリーダーが、「職場での安全性を高めることが企業のミッションである」ということをメッセージを発信し、このミッションに基づいて行動する社員に報奨を与えました。

この新しいミッションに基づくルールにしたがって行動することと(安全性を重視すること、他の社員の安全性を気遣うこと)、男らしさを証明する行動は相容れないため(例:危険が伴う作業に関わらず安全防具を使わない)、これらの会社は、「男らしさ」を証明する文化に起因する、事故によるけが、いじめ、ハラスメント、burnout(燃え尽き)を減少させました。

2 「競争力」の定義を業務で求められるスキルに合わせる

これらの会社では、組織文化改革において、社員に共通ゴールを持つ動機を与えるだけでなく、そのゴールを達成するために必要な資質を明確にしました。昇進の基準からインフォーマルなリーダーシップロールの基準も明確にされ、理想化された男らしさのイメージと、競争力のイメージを切り離すことで、男らしさを証明する男性が優秀な人材がイコールではないということを示しました

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また、研修では、弱み(vulnerability) を見せることは仕事において有益な場合があること、ミスを認めることはゴールを達成するために必要である場合があることを示し、組織の競争力の定義と、典型的な男性的な資質とを切り離しました。また “put us outside of our comfort zone”(自分の快適な場所から出る)というトレーニングでは、チームリーダーに、 self-awareness(自己認識)の大切さを教え、全てをコントロールしようとすることは必ずしも良い結果につながるとは限らないということを教えています。

self-awareness(自己認識)を高める資料も紹介しています。

3 職場における「学び」を重視する

学びをサポートする環境においては、人々が職場でのタスクをこなす中で、自分自身や他人の限界について習慣的に考えるようになります。
さらに心理学的安全性が高まり、人々が他人にジャッジされることを恐れることなく意見をいうことができるようになります。その結果、社員は「男らしさを証明しなければならない」というプレッシャーから解放され、ゴールの達成にフォーカスすることができるようになると説明しています。

心理学的安全性については以下の記事で詳しく紹介しています。

また、学びを重視する文化において、人々は、より広がりがあり、ステレオタイプに縛られない自分自身の見方をするという研究もあり、その結果、男性が男らしさのイメージから逸脱して行動することに繋がる可能性があるとしています。

言いたくても言えない(Pluralistic ignorance現象)

組織の中で「男らしさ」を誇示する文化がなくならない原因の一つとして人々が、弱者や負け犬とみなされることを恐れ、「男らしさ」を証明する文化に対して疑問の声を上げなくなることにあると言います。

Munsch(2018) の行ったアメリカの社員へのアンケートの結果、「男らしさ」を証明する文化が理想の職場環境であると個人的に考える社員は少数である一方で、多くの社員が、周りの同僚は「男らしさ」を証明する文化を支持していると考えていることが分かっています。この現象は Pluralistic ignoranceと呼ばれています。

Pluralistic ignorance:個人としては、ある考えや行動規範に賛同していないが、他者賛同していると誤って認識すること。この結果個人が好ましくない行動規範への批判が減り、その行動規範が残り続ける。

Pluralistic ignoranceの例として次のようなものが挙げられます。例えば、ミーティング等で、説明者の話が曖昧であることをその場にいる全員が感じているにも関わらず、全員が「他の人はこの説明で分かっているのだろう」と考え、誰も質問せず、その結果誰も話を理解せずに終わるといったものです。

同様に社内で、「男らしさ」を証明する文化に多くの人が疑問を持っているにも関わらず、「他の人はこの価値観を支持している」と多くの人が考えることで、その文化が残り続けるという現象が起こります。

「男らしさの追及≒正解」という暗黙知を改めよう

そのため、Berdahl(2018)は「組織内の全員が『男らしさ』を証明することを求めている」という誤った認識を改めることが重要だとしています。
以上の実例で挙げたとおり、組織のリーダーは、この誤った認識を男らしさを証明する行動を公の場で否定すること、新しい報酬システムを作ること、また間違った行動を罰することが必要だとしています。

社内で当たり前だと思われているけれど、実は多くの人が疑問に思っている価値観について根本的に見直すことで、社内のゴールに近づくことまた、理想の人材を引きけることができるかもしれません。


最後まで読んで頂き有り難うございました。

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どうぞ宜しくお願いします。

参考文献

Berdahl, J. L., Glick, P., & Cooper, M. (2018). How masculinity contests undermine organizations, and what to do about it. Harvard Business Review, 30-36.

Cohen, D., Nisbett, R. E., Bowdle, B. F., & Schwarz, N. (1996). Insult, aggression, and the southern culture of honor: An" experimental ethnography.". Journal of personality and social psychology, 70(5), 945.

Ely, R. J., & Meyerson, D. E. (2010). An organizational approach to undoing gender: The unlikely case of offshore oil platforms. Research in organizational behavior, 30, 3-34.

Munsch, C. L., Weaver, J. R., Bosson, J. K., & O'Connor, L. T. (2018). Everybody but me: Pluralistic ignorance and the masculinity contest. Journal of Social Issues, 74(3), 551-578.

著者紹介:松澤 勝充(Masamitsu Matsuzawa)

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神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供するBerkeley Hass Global Access ProgramにJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。採用や人材育成、評価制度など、企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発した3カ月プログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座を展開している。

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https://www.linkedin.com/in/masamitsu-matsuzawa-funwithhr/

著者紹介:池田 梨帆

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株式会社EVERY インターン

2021年5月、世界トップクラスの心理学部、University of California, Berkeley(以下UCバークレー)心理学部を卒業。在学中、UCバークレーのビジネススクール、Haas School of Businessのダイバーシティー・ジェンダー研究室で研究助手を務める。心理学を使うことで、人の思考や、グループ内のダイナミズムなど目に見えない要因を可視化し、効果的な問題解決をすることができると考え、特に心理学を使ってビジネスの効率性を上げることに興味がある。2021年8月より、George Mason University大学院で、Industrial Organizational Psychology(産業組織心理学)を学ぶ。
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