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22/* だれかの物語を想像する

通勤途中の道すがら、なにかの鍵が落ちていた。
多くの場合、この鍵には気付くこともなく通り過ぎていくんだろうけど、この日はやけに目についた。

一度こういうものが気になってしまうと、ついつい頭を巡らせてしまう。
この鍵の持ち主は、とても困っているんじゃないだろうか、とか、
実はこのキーホルダーがとても思い出の詰まったものでとても悲しんでいるんじゃないか、とか。だれかの物語に思いを巡らす。

会社についたら、もっと他に考えなければいけないことがあるからすぐに忘れてしまうんだけど、想像すること、は僕の心を解きほぐしてくれる。

物語を想像すると優しくなれる

原因のない結果はない、とはよく言われるけど、僕的にそれを言い直すなら、物語のない結末はない、となる。どんな結末にも物語があって、そこに思いを巡らすことで、人は少し優しくなれる。と思っている。

なんだか誰かの教えみたいに聞こえてしまうけど、世の中の様々な横暴さや理不尽にいちいち一喜一憂しているよりも、想像するだけでそれらを許せるのなら、よっぽど心は健康でいられる。というより、いろんな物事に一喜一憂していては身が持たないくらい、この世の中はいろんな感情で渦巻いているから、適度なスルー力は現在人にとって必修科目だろう。

人はどうしたって、見た目で人を判断する。よっぽど近しい関係の人でもなければ、断片的な評価でその人の総合人間力を判断しようとしてしまう。
例えば人生で一度もポイ捨てなんかしたことないよという人が、ある日たまたま一回だけポイ捨てをしてしまった瞬間を目撃した人たちは、口を揃えて、「なんて非常識な」って言うだろう。

それがその人にとって一回だけの出来心でも、周囲の判断には逆らえない。

僕だって「なんて非常識な」と言ってしまうだろう。
でも、できることならごくわずかな断片を取り立てて好き嫌いを決めつけたくはないし、できるだけその人のいろんな側面をみて付き合っていきたいなと考えている。

そのもっとも簡単な方法が、物語を想像するというもの。
結局僕の自己満足なのかもしれないけどね。。

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