朔日書簡―八月

風鈴の音色や汗をかいたグラスから伝わる涼しさは、思い出の中の夏にしかないのかもしれない。今は暑さが強すぎて、涼しさが入る隙がない。令和の夏の下、どこかに涼しさが落ちていないか探して回る。ふと、視線のようなものを感じて見上げると、真っ青な空を背負って入道雲が立ち上る。
8月、夏本番が始まった。
先月の振り返りと月初めの所感を。
七月
カームダウン

仕事がひと段落して、夏の間は色々と溜まっていたものが片付けられそうな見通しが立ってきた。本来、閑散期であるはずの8月だけど、去年はPCやネットワーク関係の入れ替えがあって全く落ち着けず、そのまま繁忙期に突入した。もうあんな夏はごめんだ。夏なんて暑くて過ごしにくいのだから、気を抜いて楽しむくらいでないといけない。
庭の夏模様

庭というか畑は、気を抜くと雑草を育てているような気になってしまう。週一での草刈りが今年もスタート。草刈りは無心でできる。禅と言ってもいいんじゃないか。この刈った草、売れないのかなぁなどと俗っぽいことを考えてしまう。バシっと肩を叩かれそうだ。
夏野菜が元気に育ってくれて食卓が賑やかだ。


夏野菜は彩りが眩しい。夏の光やら水で育ったんだ、と言われると納得しそうになる色をしている。
日々の機微

プール開き。
修行するからやって、と言われ放水する。きっと僕も30年前はこうして水を受け修行をしていたんだろう。時代は巡って次の世代へ。

昨年、タープが壊れた。「今日でこの夏のプールはおしまいだな」そう感じた日に、タープの支柱が壊れ、布が裂けた。元々、家の倉庫にほぼ新品のまま眠っていたタープ。父に確認したら僕が幼稚園児くらいの時にバーベキューをするために買ったと言っていた。ホントかどうか怪しいけど、勝手にバトンを受け取った気になって、タープ(のようなもの)を買ってきた。

金曜日に妻のカレーとかピザを食べると、労いと労りを感じる。ねぎらいといたわり、何故こんなややこしいことを。
次の朝もカレーだったけど、好きなものは何度連続で食べても平気な体をしている。妻にはありがたいと言われている。妻にも労いと労り。

家に帰ると息子が僕の帰りを待ち侘びていた。
『ポケモンのことを調べてる途中でできる恐竜ゲームがある』と息子が何やら教えてくれた。それを僕と一緒にやりたいけど、普段はできないらしく何とか出来ないかと聞いてきた。「ははーん」という文字でしか見たことのないセリフを放って任務を開始した。
どんな形であれ、頼ってもらえるというのは気持ちが前向きになる。
予想が当たって、ゲームを起動することができた。
「オトが恐竜のゲームを僕のタブレットでぇー!!!」
と興奮気味に妻に話しに行った。任務完了だ。
真っ赤な空を見ただろうか、を聴いた。

帰ろうかな、と職場で顔を上げると窓の外が濃い夕焼けの色に染まっていた。日が伸びた。残業しても夕焼けを見ることができるなんて、夏なんだな。残業の時は通用口ではなくショートカットで図書室を抜けていく。図書室に入ると何人か学生が自習をしてた。
年次が上がって、距離が近くなると向こうから僕のことをかまってくれる子達ってのがいる。
「再試代って高過ぎじゃないですか?ボクらの再試代ってハシモトさん達のボーナスになるの?」
「それが本当だったらハシモトは今頃富豪だよ、再試とるんじゃないよ」というようなやり取りをしてお互い笑いながらサヨナラした。別に余計な話なんて話し掛けることなんてないのに、わざわざ雑談相手になってくれるなんて、ありがたい。
あまりに夕焼けが綺麗だったので『真っ赤な空を見ただろうか』を聴きながら帰る。
働いていると「やってられっか」ということが、数年に一度くらいある。人間だからね。そんな時は家族のため、学生のためと思って取り組むようにしている。それができなくなったら人間の潮時だ。
その夜、家族が眠ったあと、昔のBUMPの曲を聴いた。
真っ赤な空を見ただろうか/涙のふるさと/車輪の唄/Fire Sign
19の僕が「いい歌だろ?」とか能書き垂れてきそうだ。若者に支えられる日々だ。
八月

子どもたちの夏休み、家族の夏休み、そしておじさんの夏休み、みんな違ってみんな全力で楽しみたい。そのためにも、家内安全・無病息災を願わずにはいられない。原点にして頂点の願い事だ。
娘も夏休みに入ったので幼稚園で色んなものをもらってくることも減るだろう。しばしの安息。
この夏は、アレしよ、これしようと意気込まないことにした。どの夏も、どの季節だって意気込んで計画的に過ごしたことはなかったな。
ゆるりと生きていこう。いつも通り、普通の、その日しかない夏を。

