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小林ユミヲ『星くずのプリンス』:“灯をともすローソク” は自らを照らし、やがて世界を照らす

2017年8月から小林ユミヲの漫画「星くずのプリンス」が『月刊モーニングtwo』で連載されています。サブタイトルは「THE WORLD IS WAITING FOR US.」。2018年2月には単行本の第一巻が刊行されました。現在、第一話をモーニングのサイトで読むことができます。

舞台は1970年代後半の芸能界。新人アイドル「白鳥かける」が、事務所の社長「浪越マリアンヌ」と二人三脚でスターを目指して奮闘します。かけるはアイドルとしての振る舞いと素顔との間のギャップに苦しんでトラブルを起こし、同世代の人気アイドル「黒崎るい」とも犬猿の仲になりますが、それでも少しずつ知名度を高め、テレビの世界に食い込んでいきます。

雑誌を買ってすぐに初回を読み終えると、僕は「陰と陽がうまい具合にミックスされた物語」とツイートしました。物語は1970年代の表と裏を描きます。明るく華やかな光が当たる部分と、明るいからこそ生まれる陰の部分。相反するふたつの要素が交錯して、ひとつの世界を織り上げています。

「星くずのプリンス」で描かれる東京の街は薄汚れて雑然としていますが(汚い街や部屋を描かせたら小林ユミヲ&アシスタントの右に出るものはない)、1970年代の東京とは、どのような空気を漂わせていたのでしょうか。あとがきで小林さんは「70年代という時代はぼんやりとした記憶の中で明るさはあまりなく、夜はどこまでも深く、冬は底なしに暗いイメージです」と書いています。今の渋谷や新宿も雑然としていますが、暗いイメージはなく、それほど汚いわけではない。40年以上も前の東京の夜は今より暗くて、その隙間に存在する闇も多かったのかもしれないと思いますが、生まれてもいない時代の空気を想像するのは難しい。

小林さんは先の文章に「そこに灯をともすローソクの芯のような若いアイドル達を描いてみたいと思ったのでした」と続けます。かけるは義母から受けたトラウマなどの闇を抱えながらも、マリアンヌと会ってアイドルの仕事をすることで、彼自身が「灯をともすローソク」となっていきます。小さな光はかける自身を照らし、そしてマリアンヌも照らすのです。それはやがてテレビの前にいる人々をも照らす大きな光になるのか、否か。

「にがくてあまい」が終わって1年半ほどのインターバルを経て始まった「星くずのプリンス」。「にがくてあまい」とはまた違った、小林さんの新しい世界が広がります。清濁併せ呑むのが当たり前のエンターテインメントの世界、その真っ只中でもがいて這って生きるアイドルたちの姿を、ときに重く、ときに軽妙に描く筆致に心をつかまれます。


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