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TM NETWORK「I am」:広くて小さな世界を映し出し、潜伏者の物語を描く音と言葉の記憶

2012~2015年は、全国ツアーや大規模なコンサートなど、TM NETWORKの活動が大いに盛り上がった3年間です。この時期を代表する曲が「I am」です。2012年4月25日に発表されたこの曲は、2015年3月まで続く一連のTM NETWORKプロジェクトを起動させ、その後もプロジェクトの軸として支え続けました。

最初にフォーカスするのは歌声です。ウツのボーカル、木根さんと小室さんのコーラス。この三角形はデビュー前からのTM NETWORKの特徴ですが、形は変わらずとも、その深みは増しています。ウツの歌声を中心にしながら、三人の声は絶妙に混ざり合い、時として小室さんの声や木根さんの歌声が屹立して響く。その歌について強く印象に残っているのが、この曲を初めて披露した〈TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-〉での様子です。自らが書いた言葉を少しでも多くの人に伝えようと、小室さんはコーラスに力を込めます。手を伸ばしても届かなかったとしても、指先だけでも触れて、言葉が伝わってほしいと願いながら、歌声を曲に吹き込む。

小室さんが書いた歌詞は聴き手のイメージを喚起します。例えば ♪ほんの少しだけの遅れは/急いですぐ戻ってくればいい♪ という部分では、なぜ「遅れ」なのに「戻る」という言葉がつながるのでしょうか。「映像が切り替わるように視点がシフトする」と考えてみると、「ひとりが遅れても、みんなが戻ってきて、手を引いて一緒に進む」というイメージが浮かびました。視点が変わることで、孤独なモノローグではなくなり、ささやかなつながりが浮かび上がります。続く ♪群れに集う その瞬間は/明日はともかく みな喜ぶ♪ というフレーズでは、「明日はともかく」という冷めたような現実的な言葉が、明るい言葉の間にそっと潜り込みます。「みな喜ぶ」をピックアップすれば掛け値なしにポジティブですが、「明日はともかく みな喜ぶ」とつながると、単純な二元論では語れない思いが見えてきます。歌詞におけるダイナミックな視点の変化、イメージの変化も「I am」の魅力です。

TM NETWORKのサウンドといえばシンセサイザーやシーケンサーですが、「I am」を語るうえで欠かせないのがMike Smithの弾くギターの音です。彼はオルタナティヴ・ロックの代表格Limp Bizkitに在籍したギタリストであり、そのギター・プレイが加わることで、それまでのTM NETWORKにはなかった雰囲気が生まれました。ギターの音が鳴り響くオルタナ的なアプローチは、クリーンな音を維持しつつも分厚いサウンドの構築に一役買っています。また、リリース前にラジオで流れた音源では、木根さんが吹くハーモニカの音も入っていたそうですが、最終形ではMike Smithのソロに差し替えられています。Mike Smithのソロはとてもクリアに響き、ウツの歌声や明るいシンセサイザーの音との相性がとても良いのです。

「I am」には「I am 2013」と「I am -TK EDM Mix-」というリミックスがあり、さらにアルバム『QUIT30』には、シングルと同じアレンジで音のバランスを大胆に変えたアルバム・ミックスが収録されました。このミックスを手掛けたのが、Aerosmithの作品にソングライティングなどさまざまな役割で参加しているMarti Frederiksenです。アルバム・ミックスでは、シンセサイザーが後衛に下がり、その他の音がフロントに立って曲の印象を決定づけています。キックやスネアが強められ、勢いよく駆けるベースが体感速度を上げ、ギターも一段と前に出ている。ボーカルとコーラスはエフェクトやバランスの調整により、ぐっと大きく、たくましく聞こえる。オリジナルではポップスの印象が強く、「I am 2013」や「I am -TK EDM Mix-」ではEDMに寄っていますが、アルバムではロックの色が濃くなっています。アルバムを聴いたとき、大胆に音を抜き差ししなくても印象が大きく変わるミックスがあるという事実に驚きました。

ミュージック・ビデオは、三人が街の彼方此方に溶け込んで(潜伏して)いるシーン、三人がひとつの場所に集まるシーン、そしてひとりの女性が街中を駆け抜けるシーンで構成されています。最初にYouTubeで公開されたバージョンでは、女性が立ち止まって下を向いているところで終わりますが、完全版では音が流れ続け、女性は顔を上げて笑顔を見せます。わずかな違いに過ぎないものの、このカットの有無によって最終的な印象が大きく変わります。走る姿は何かから逃げていたようにも見えたのですが、最後に輝いた笑顔を見て、それは違うかなと思いなおしました。「誰もいない孤独な夜を抜け出し、多くの人が行き交う世界へ戻ってきた」という見方もできます。あの笑顔は、これからも走り続けることを決意した、覚悟を決めた心の表われなのかもしれません。そしてそれは、TM NETWORKにとっての「I am」の意味にも重なるのではないでしょうか。


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