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村野真朱・依田温『琥珀の夢で酔いましょう』:過去から今に至る道が導く「いろんな味がする」読後感

『琥珀の夢で酔いましょう』(原作:村野真朱、作画:依田温)の第3巻では、クラフトビールのイベントが四回にわたって描かれ、この巻の大きな山となっています。イベント編だけでも充分に読み応えがありますが、最後に収録された第16話「帆影と共に去りぬ」も強く印象に残り、ずしりと響くものがありました。

第16話の主役は、物語の主要メンバーのひとりである「芦刈鉄雄」です。彼が高校時代の友人「仲本さち」と再会したところから、話は始まります。登場するビールはFull Sail Brewing Co.(オレゴン州)が提供する「Full Sail Amber」。二人はFull Sail Amberを片手に学生時代を振り返り、そしてそれぞれの今について語ります。

どのような味がするのか確かめたくて、Full Sail Amberを取り寄せてみました。飲んだ瞬間は苦くて、「自分には無理な味か?」と思ったものの、すっと苦味は引き、マイルドな味わいが広がります。作中でFull Sail Amberは「いろんな味がする」と表現されており、なるほどそれは確かにいえる、と。甘いともいえるし、どこか酸味も感じます。飲み続けるとその独特の苦さが心地好くなってきて、するすると飲めました。

この話から僕が感じ取ったテーマは「諦めること」です。理不尽な目に遭って夢を諦めた人の視点と、諦めた人を前にした人の視点が交錯します。理不尽なことは、それを課した人以外の人々に出口のない問いを背負わせます。一刀両断できれば苦労はしませんが、そうもいかず。

学生時代にピアノに打ち込んでいた「さち」は、音大で留学の切符を同級生と争いました。しかし、選考会で「女性だから」などの理由で落とされ、ピアニストの夢を諦めます。理不尽な目に遭って、反発できずに、呑み込んで、諦めてしまった経験。一方、「鉄雄」もまた高校時代の陸上部で、理不尽に扱われた記憶がよみがえります。彼は納得できないことを表に出していたものの、不自然なことを不自然なまま受け入れ我慢している同級生とぶつかります。客観的には前向きなはずの言葉でさえも、相手に届かないもどかしさ。

今は音楽教室の教師をしている「さち」と、写真家として活動している「鉄雄」。彼はもう一度彼女のピアノが聴きたいと言い、その舞台を整えようとすらします。けれども、彼女は「またいつか 弾けたらいいな」(「いつか」に傍点)という言葉と笑顔を残して去ります。このシーンが特に強く印象に残りました。シンプルで軽そうに見えるのに、手にするとずしりと重い。

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この話の中で、イベント編に登場した「“不自由” に一つ一つ気づいて それに苦しむ人が解放されて はじめて “自由” って言えるのかも」という言葉がピックアップされます。イベントとは別の角度で、ある意味ではもっとリアルに響いたといえる言葉です。

イベントの成功は、解放に向かって一歩を踏み出す力を、参加者にも主催したメンバーにも与えました。けれども、その「陽」の部分が際立てば、それだけ今回のエピソードの「陰」が目立ちます(太陽の光が強ければそれだけ影は濃くなる)。「不自由」に苦しんでいても、代償を払ってまで抵抗したり主張したりして「自由」を求める人は、多いとはいえないのではないか。そんなことを思いました。

もちろん解釈はひとつだけではなく、この話のどの部分から何を思うかは千差万別。読む人の数だけ捉え方があり、さらに、ひとりの中でも多様な味わいをもたらす話だと思います。読後感を表現するならば、まさしく「いろんな味がする」です。


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