1世帯当たりスイカ2株を配布



ワシは、政治に、一家言ある。


朝は地元紙を都内まで取り寄せて読み、

昼はよく知らぬ私大の研究誌を読み、

夜は塾講師として中学校社会を教える。

ジャーナリストのニアミスみたいな人生を送ってきたのである。



塾講師としての業務が少ない1月のある日、普段は見ないテレビのスイッチを入れ、数年ぶりに国会中継を見た。

こんな放送を見るのは、学生時代以来だろうか…………。

映し出されるのは、あいも変わらずカエルのような表情をした中年男性ばかりである。

こんな奴らがワシの給料半年分のネクタイをぶら下げているのだからクソワロタ。


突如、画面外から老爺の声が響き渡る。

「内閣総理大臣 アベシンゾウくん」

あ〜あ。

くん付けかよ。

友達じゃないんだから。

はあ。

それにしても、随分震えた声だったな。

もう歳も歳なのだろう、隠居生活を謳歌すれば良いのに。

何1つ生産しない、話し合い。

こんな退屈な放送、

趣味で見るにしたって無駄が過ぎる。

やはり見る価値のないものはいつまで経っても見る価値のないものだったな………。

呆れてチャンネルを変えようとしたその時。

画面の中の光景に、

ワシはワシの脳を疑った。

(目は疑わない。目は、ただの器官だから)





この国の長たるシンゾウが、

ピンクのスーツを着ていた。


なんだ、こいつ。

ワシは慌ててキッチンにいる妻に問うた。


「おい、シンゾウが、シンゾウがピンク着てるぞ。ピンクのスーツ、着てんだけど。なんで?」

「ああ、ピンク。理由は知らない。」

この女、なんでこんなに落ち着いてんだ?

「国会だぞ。仕事だろ、政治家の。ルールがあるだろ。ルールがなきゃマナーがある。マナーがなくても有権者が見てるだろ。」

「あなた、アベシンゾウがまだ晋平太が三人の時のアベシンゾウの話してるの?」

は?

訳がわからん。

「今はアベシンゾウだから有権者がどうとかそんなに関係ないと思うわよ。」

「ちょっと待て。今のアベシンゾウは昔からアベシンゾウだろ。なあ、スピリチュアルは20代で卒業してくれ。」

「だから、今のアベシンゾウは前のアベシンゾウじゃないの。あなた、散々新聞読み散らかしてたのに、何にも知らないの?」

「地元紙にアベシンゾウは出てこねえ。」

ワシが悪いみたいな言い方をされたので、地元紙が悪いみたいな言い方をしてしまう。

「あと晋平太が三人にはならねえ!」

ああ。

虚にキレてるな、ワシ。

「ワシ、もう、寝ます。」

ワシは一度この頭の混乱を収める為、

変な嘘をついて逃げようと図った。

「今のアベシンゾウは、アベシンゾウ。神が造ったと書いて安倍神造。半年前に降臨宣言をしてからずっとピンクのスーツよ。すり替わったの、晋三と。」

「ウオオオ」

喋るなよ。

寝るっつってるだろ。毛が逆立つ。

「神造は、晋三以上に政治の能力が高くて、なんでも一人でこなせてしまうの。しかも、怠惰な政治家や官僚を感知すると飛んでいってその人間を焼き尽くしちゃう。だから現状、あらゆる省庁は意味を失ってしまっているのよ、全部神造がやるようになったから。」

「今はまだ国会なんかも残っているけど、そのうちなくなるでしょうね。でも、神造の政治にあまり文句も無いのよ。むしろ私たち平民からすればヒーローだし。独裁ぽくてちょっと怖いけど。」


参ったな。

何を言っているかさっぱり分からん。

嫁の頭かワシの頭のどちらかがおかしくなっているとして、どちらがイカれてしまったのか確認する方法はあるのか?

例えば、

同じ状況に陥っている人間が他にいるかいないか、というのはどうだろう。

この状況から早く逃げたいがために、狂気の上から無理やり冷静な分析を覆いかぶせる。

つまり、

晋平太が三人の時のアベシンゾウしか知らない、ワシのような人間が他にいれば、何か進展を得られるかもしれない。

「今のところ、ワシが聞いてる限りではスーツがピンクである理由は無かった。ワシは、それを口実に、明日デモをしようと思う。」

「何を言っているの?」

「ピンクに怒っている人間が、他にいるかも知れない。その人に会うことが出来れば何か分かるかもしれない。」

「なんでそんなにピンクに固執するの?」

「自分が冷静なのか冷静じゃないのかもまだ分かってないから…。」

「それ、答えになってる?」

「詰問攻めしてくるなよ。そのワシを責めるためだけの問いは質問じゃねえ。詰問だ。だから詰問攻めだそれは。」

「でも、詰問って単語には既に攻めるニュアンスが含まれてるし、トートロジーに陥ってない?」

「くたばれ。」

ワシはさっさと寝巻きに着替えて、寝室に直行した。




翌日。

デモは、首相官邸前で行うことにした。

というのも、やはり、ワシと同じようにスーツにキレているデモ隊が既に存在しているらしいのだ。

昨日は一睡もすることができず、布団の中でデモ隊について延々と検索をかけていた。

ああ。

よかった。ワシだけじゃなかった。

朝食を食べながら、テレビをつける。

もうワシは、地元紙を読まない。NHKニュースだけを信じる。

『おはようございます。本日のニュースです。昨夜、タナカ議長が安倍神造首相により不必要との判断を下され、焼却処理されました。タナカ議長は、安倍晋三元首相の復帰を提言していました。』

「ハ?」

体が硬直する。

焼却?

あの、神造を君付けで呼んでいた議長が?

縋るようなワシの目線に、妻はやれやれといった表情で説明を開始した。

「言ったでしょ、昨日も。不必要と判断された人間は焼き尽くされるって。それにしても、かわいそうにねえ。まだ30代だったって。」

「え?30?」

「そう。まさか自分が、って感じでしょうね、その年齢だと」

「ちょっと待て。昨日ワシは件の議長の声を聞いたが、あれは70代の声だったぞ。あの鼻から声を出しているような、か弱い震え声は…」

「単に恐怖で震えていただけでしょう。焼却処分されるの、もう十五人目だから。前任の議長が焼却されて、その息子さんだそうよ。」

いよいよ、目が回ってきた。

独裁ぽくて、とかじゃなくて、立派な独裁だぞ、これは。

神造なんていうわけのわからん存在に、民主主義を破壊されるわけにはいかん。

「じゃあ、ワシ、デモ隊に混ざってくるから」

ワシはポストに「もう地元紙いりません」の貼り紙をして首相官邸へ向かった。



官邸前にはすでに大勢の中年が集まっており、皆めいめいに大声で主張していた。

議長の焼却について怒る者。

神造という名前に怒る者。

高すぎるネクタイに怒る者。

デモ隊に加わるための手続きが何か必要なものとばかり思っていたが、そうでもないようだ。

ワシは右に倣い、立派な建物に向かって怒号を上げた。

「ふざけた色のスーツを着るな!!!!!!!!!!!!!!」

昨日からの、募りに募った思い。

言語化はできていても、言葉にはできなかった。

それを今、ワシは口にしたのだ。

思春期のような表情でニヤつく。


ワシは安倍晋三に恋しているのかもしれねえ。

「ハ、ハハハハ…ハハ…ハ?」

高揚感とは裏腹に、先程まで大騒ぎしていた周りのデモ隊の人たちの様子がおかしい事に気づいた。

皆、神妙な顔でこちらを見ている。

なんだ、こいつら。

中学生を見る高校生の顔をして、ワシを遠巻きに眺めてくる。

いや、というより、高校生を見る大学生の顔か。

いや、ちがうな。

なんというか、

アサリを見る時のハマグリの顔?

そこまで考えたところで、デモ隊の一人に声をかけられた。

「アンタ、はじめてだとよく分からないかもしれないけど、縁起悪いこと言うのはやめようよ。空気悪くなっちゃったし、今日のところは一旦帰ったら。」

「縁起悪い?何言ってる。ワシはスーツの色が縁起良すぎるって話をしてるんだ。」

「だからそれが良くないだろ。気持ちはわかるけどやめときなよ。」

「ハ?」

デモ隊なんていう、 自我の強い活動をしてる奴らに、なんで「気持ちはわかる」とか言われなくちゃいけないんだ。

「すまんがワシはこれまで、地方紙しか読んでこなかった。全国規模のニュースを1個も知らないんだ。ワシのことは小学生だと思って、1から説明してくれ。」

そう白状すると、デモ隊の男は「はあ。」と訝しんで、それでも説明をしてくれた。

「神造は、自分の政治の障害となるものを焼却処理してる。でも、急に焼却されるとされる側もたまったもんじゃないから、ある程度国民にも分かる様にしたんだ。それが、あのスーツ。」

「物事を説明する時は1と10を説明するんじゃなくて、1から順番に2.3.4.5と説明していくんだ。場合によっては0も加えろ。そしたら途中でワシが10に気付くかもしれねえし、気づかんかもしれん。怠慢だぞ。」

「0を加えても、何も起こらないのでは?」

「算数じゃなくて、国語の話してたんだけど…」

いかん。これまで社会科ばかりやってきたのでつい語勢が弱くなってしまった。

「最初は皆、白いスーツに見えてた。ある日、ニュースに出てた大学教授が、赤いスーツを着てると言い出した。翌日、その教授は焼かれたよ。」

「要するにどういうことだ。」

「神造の政治体制が変だって分かる人間は危険因子だから焼却されるんだ。スーツの色はその信号の役割を果たしてる。白からだんだん色付いていって、最後が赤だ。これまで大勢の学者やジャーナリストが、赤いスーツを着てると言って焼かれて死んだ。」

「エ…?」

「ここにいるデモ隊もそうだ。皆だいたいピンクかオレンジに見えてる。人数が多いから焼却が間に合ってないだけで、事実上は文字通り飛んで火に入る夏の虫、だ。」

マジかよ。

こいつら、覚悟に対して得られる効果がしょうもなすぎるだろ。

覚悟対効果、悪すぎだろ。

「あんたも、色付いて見えてるんだろ?知らなかったんならご愁傷様だが、言動には気をつけた方が良いよ。今からでも、白に戻せるような発言をした方が良い」

「ああ、ありがとう。」

危ないところだった。

ジャーナリストのニアミスでよかった。

ジャーナリストだったら、死んでいた。

これからは、テレビを見るのも控えようか。


…ん?

ちょっとまて。

色付いて見えると、まずいんだよな。

妻は、ピンクに見えると言われて、納得していなかったか?

最初からピンクだ、というような口調じゃなかったか?

粒立った汗が額を走る。

まずい。妻は、狂ってなかった。

ワシは慌ててデモ隊の集団を抜け出し、車に飛び乗った。



家に帰ると、妻がキッチンに立っていた。

良かった。とりあえず、すぐに赤に変わって焼却、というようなことは起こらないらしい。

「おい、お前、あんまり神造のこと悪く言わない方がいいかもしれないぞ」

「ふうん、そうなの。ねえ見て。また神造がテレビでなんか言ってる。」

「ふうんて…」

テレビに目を向ける。

『えー、ですから、全世帯に、スイカを、2株、2株ですよ、配布したいと、そう考えている、わけであります』

ああ、ピンクに見える。縁起が悪い。

ていうか、え、スイカ?

「スイカだって。わけわかんない、いらないわよねえ、別に」

そうだな。いらねえ。

「いや、ありがたいね。ワシはとっても欲しい。水分量について考えると、ないよりはあったほうが良いから。」

「どうしたの急に。昨日の夜はあれだけ息巻いておいて、もうデモはやめたの?」

「いや、だから、逆らうのは得策じゃないんだよ。見ろ、スイカを切ってるぞ。うまそうだよな、そうだろ?」

「そうね、真っ赤に熟れてる。」

「ああ、真っ赤に色づいて、そうなったら終わりだ。」

「さっきからどうしたの、脈絡がないわよ、あなた。」

「これは、脈絡をなくすか、脈をなくすかの瀬戸際なんだ」

「どういう……え。」

妻の動きが止まる。

空気が静まり返る。バカ重いドキュメントをインストールしているかのような空間。

ワシにも分かった。

キッチンの食器棚、そのガラス戸に映る窓の、さらにその外側。


ピンクのスーツが見えた。



『ごめんください。安倍神造です。』

「おい、おい、おまえ、あのスーツ、何色に見えてる。スーツを見ろ。」

「え、なんで神造ここにいるの?」

「知らん。それより、スーツ、何色に見えてんだ、おまえ。何色だよ。」

「え、ス、スーツ?ピンク、」

「そうだよな?ピンクだよな。よし。ピンクだな。あの、安倍さん。ピンクです、まだピンクなんで。まだ来なくていいです、安倍さん。」

『スイカを、持ってきました。』

「ああ、それか………いや、ありがとうございます。嬉しいです。」

なんだ。よかった。

思考がようやくひと段落ついた。

ワシの気が動転していることには目もくれず、神造は蔦のようなものを2本取り出す。

「え、スイカって…あの、スイカの実は…?」

『2個ではなく、2株であります。』

「ああ、え…はい。」

まじかよ。植える場所無いぞ。

『では、失礼します。』

神造の顔が開き、中からジェット機の羽が出てくる。

「うわっ…」

少し助走をつけて、そのまま神造は次の家へと飛んでいってしまった。

どうしよう、このスイカの株…










5年後。

ワシら夫婦は、日本で1番のスイカ農家として名を馳せていた。

もちろん、スーツは白に見えている。先日も表彰状を神造から直々に頂いた。

朝はNHKニュースを視聴し、

昼はスイカに水をやり、

夜は密かに神造の政治体制について探りを入れる。

ショボい加持リョウジみたいな人生に切り替わったのだ。

「今日は太陽が強いな…。」

もっとも、日差しは植物に元気を与える。

「さっさと出荷して寄り道なしで帰るぞ。」

「うん。」

妻もたまに畑に来て、手伝いをしてくれる。

そのおかげもあって、ずいぶん夫婦仲は良好だ。

まあ、ピンクに見えることの危険性を説いたのはワシだし、実質ワシは命の恩人。妻が惚れ直すのも当然のことと思える。

最後のスイカを収穫し、トラックに積み込む。

「収穫の時期が1番腰に悪いかもしれんな…」

自分もまたトラックに乗り込み、

エンジンを吹かし発車しようというところで、

何やら喋りながらこちらへ近づいてくる人影の存在に気がついた。

「ええ…?」

見物客か?

この辺一帯は全てワシの畑で、

見に来たくなるような珍しいものなんて無い。

ワシの畑に、いったい何の用事だろう。

だが、その人影の輪郭がしっかりと認識できた時、ワシは発音を失った。

(言葉は失わない。言葉は、元々自分のものでは無いから)






ピンクのシャツを着た晋平太が、

3人いた。




「ハ……………?」

慌てて妻のいる畑の方へ叫ぶ。

「おい、晋平太。ピンクの、晋平太、3人いんだけど。晋平太って、え?3人?なんで?」

「なんでそんな慌ててんの。」

なんだこの女。

「あなた、朝ニュースばっかり見てるのに、何も知らないのね。」

「晋平太は朝の地上波には出ねえ。」

「あなたもしかして、まだ晋三が平べったくて太かった時の晋平太の話してるの?」

うわグロ。

グロいうどんの話してる?

「何言ってるかさっぱりわからん。説明してくれ。」

「あれは神兵太。晋平太に成り代わって安倍神造に対抗してる、デモ隊の星だそうよ。」

「ウオオオ」

もう、何がなんだかわからん。

勘弁してくれや。


5年前のあの日から、世の中ぜんぶめちゃくちゃだ。

それでもなんとか、目を塞いで耳を塞いで適応してきた。

そのワシの適応力も、流石に限界が来ている。

何故3人に増えているんだ。

いや、晋平太ではないのだから、神兵太は元々3人で1つの設計だったのか。

設計?

誰が?

それに、神兵太とやらがデモ隊の味方をして神造と戦っているのなら、

なんで今こんな所にいるんだろう。

「おい、ダンボール片付けてくれ。気味が悪いからさっさと帰りたい。」

ああ、そうだ。帰ろう。

もう新しい狂気に目を向けている時間は無い。

帰ったら、今日こそ神造の弱点を掴む。

5年かけて調べてきて、ようやく掴めそうなんだ。

神造を壊したら、全部元どおりになるかもしれん。

それに、余ったスイカも食べきらなければならない。

農家と言えど家でやることなんて山のようにある。


再び目をフロントガラスに向けると、その向こう側の景色に何故か違和感を覚えた。

「あれ?」



相変わらず3人の人影がゆっくりこちらへ歩いてきている。


それには変わりないのだが、

神兵太、なんだかさっきより色が濃いような。




さっき、あんな色の服着てたか?

さっきまではたしか、

鮮やかなピンクのシャツを着ていた。


神兵太との距離は近づき、

彼らが険しい表情をしていることに気づく。


目を凝らして視界に集中する。


そしてやはり、3人は、ピンクのシャツなど着ていない事が分かった。




今は、ピンクではなく、

スイカのような、

炎のような、

クソ真っ赤なシャツを着ている。


-END-

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