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【読書感想文】月、星、闇、風、氷、犬

角幡唯介のノンフィクション「極夜行」を読みました。


探検家にとっていまや、世界中どこを探しても”未知の空間“を見つけることは難しい。大学時代から、様々な未知の空間を追い求めて旅をしてきた角幡唯介は、この数年冬になると北極に出かけていた。そこには、極夜という暗闇に閉ざされた未知の空間があるからだ。極夜――「それは太陽が地平線の下に沈んで姿を見せない、長い、長い漆黒の夜である。そして、その漆黒の夜は場所によっては3カ月から4カ月、極端な場所では半年も続くところもある」(本文より)。彼は、そこに行って、太陽を見ない数カ月を過ごした時、自分が何を思い、どのように変化するのかを知りたかった。その行為はまだ誰も成し遂げていない”未知“の探検といってよかった。

シオラパルクという世界最北の小さな村に暮らす人々と交流し、力を貸してもらい、氷が張るとひとりで数十キロの橇を引いて探検に出た。相棒となる犬を一匹連れて。本番の「極夜の探検」をするには周到な準備が必要だった。それに3年を費やした。この文明の時代に、GPSを持たないと決めた探検家は、六分儀という天測により自分の位置を計る道具を用いたため、その実験や犬と自分の食料をあらかじめ数カ所に運んでおくデポ作業など、一年ずつ準備を積み上げていく必要があった。そしていよいよ迎えた本番。2016年~2017年の冬。ひたすら暗闇の中、ブリザードと戦い、食料が不足し、迷子になり……、アクシデントは続いた。果たして4カ月後、極夜が明けた時、彼はひとり太陽を目にして何を感じたのか。足かけ4年にわたるプロジェクトはどういう結末を迎えたのか。

文藝春秋「極夜行」作品紹介


極夜。
普通の人は生きているうちにまず足を踏み入れることはないであろう、闇の世界。

数ヶ月間、太陽の光を浴びずに真っ暗な世界で生活したら、人間はどうなってしまうんだろう?
あらすじを読んだ時、率直に気になった。

「冬季うつ」という病気がある。
あれに近い状態になるのではないかな、と、読み始める前に予想していた。

冬季うつは、秋冬の日照時間の短さが関係していると考えられています。

日光を浴びる時間が減ることで脳内のメラトニン分泌が遅れて睡眠層が後退してしまい、リズムが後ろにずれることで心身に影響が出ると言われています。

東京横浜TMSクリニック公式サイト


その予想はおおむね当たり、
冒険に出発する前から薄暗い環境で気が滅入ってしまい
「嫌だ…行きたくない…」と言っていてわろた。何年もかけて計画したのに。
角幡氏本人にしたら笑い事じゃないだろうけども。
本書ではその精神状態を「極夜病」と書いていた。
人間にとって「太陽の光」がいかに大切なものか、よくわかる。


数ヶ月間、太陽が昇らないので、本当に真っ暗闇なんだろうな、と思っていたけど、基本的に月明かりを頼りに進んでいくらしい(月すら出ない時期もある)
しかも、GPSを使わないで。正気か。

角幡氏にとっては、GPSを使った冒険など、安心安全すぎて冒険ではないらしい。

月明かりだけの、暗い世界の旅なので、描写の変化に乏しく、途中でだれて飽きちゃうかもな…と思っていたけど、
死に直結する様々なピンチに見舞われ、おもしろおかしく表現されていて、ぐいぐい読ませる。
(さすが元新聞記者)


それに、なんといっても、相棒の犬、ウヤミリックの存在が非常に大きかった。

ウヤミリック、すごく賢くていい子なんだよ。

いくら金と時間をかけて入念に準備しても、厳しい自然の世界は思い通りにならないことばかり。
後半、食糧が足りなくなり、万が一の時はウヤミリックを殺してその肉を食べて生き延びなければならない可能性も出てくる。

ウヤちゃん、助かるのかな…どうか、どうか2人とも生きてくれ…と泣きそうな思いで読み進めた。


4ヶ月ぶりに太陽の光を見た時の、達成感と喪失感。
闇の世界で死の恐怖に怯えて、もう二度とこんなところには来たくない、早く太陽を見たい、と切望していたのに、
終わってみれば、新鮮な感動がどんどん色褪せていく…とさみしくなってしまう。

その感情は、育児に似ているな、と思った。

その時その時はしんどくて仕方なくて、投げ出したくなるくらいなのに、終わってみればあっけない。



さて。
今の時代は、ネットで「北極」「シオラパルク」などのワードで検索すると、その土地の写真まで見られる便利な世の中だけど、延々闇の世界を旅するってどんな風景なんだろう。想像できない。

そう思った人は是非、角幡氏のブログを覗いてみてください。


私は読み終わってから極夜の写真の数々を見たのだけど、月光の美しさに鳥肌がたった。
過去に遡るとウヤミリックの写真もあります。かわいい。


結局、角幡氏は極夜行の冒険を成功させたのち、ほぼ毎年のように北極を訪れている模様。
まさに第二の故郷的な場所なんだろうなぁ。


たい焼き

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