Kiyoco

27年間勤めた会社を辞めてコロナ禍に大学院生活を送りました。修了後の今もセカンドキャリ…

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27年間勤めた会社を辞めてコロナ禍に大学院生活を送りました。修了後の今もセカンドキャリアを模索中。版画制作もしています。Instagram で日々の何気ない一コマや版画作品をアップしています。

最近の記事

良い言葉を記憶に留めたい

テレビを見ている時、人と話をしている時、すごく良い言葉を聞いたり、美容院で雑誌を読んでいるときにハッとするような文章を読んだりした時、他の人たちはどうしているのだろう。メモに書き留めたりするのだろうか。 最近、自分が出会った良い言葉が記憶からあっという間にこぼれ落ちるので、他の人はどうしているのだろうと思ったのだ。簡単に忘れるぐらいなら、それほどの言葉じゃなかったのかもしれないと自分を慰めることがあるが、偶然に再び同じ言葉に出会ったときに、あ、これ、これ、と思うので、やっぱり

    • すり抜けていく時間

      気がついたら朝晩が涼しくなってきて、スーパーには秋の果物が並び、秋の4連休も終わってしまった。気がついたら、また季節が1つすり抜けていってしまったような寂しさを覚える。何もしなかった訳じゃないけれど、これと言った核もなく貴重な時間がいつの間にか失われてしまったような思いに囚われてしまうのは、今日のどんよりと曇ったお天気のせいなのだろうか。 後になって2020年を振り返った時に、私は何を思い出すだろう。部屋とMacbook。Zoomのディスプレイ。そして、近所のスーパー。それ

      • Feel αt home できる場所とは

        『サードプレイス -- コミュニティの核となる「とびきり居心地のいい場所」』という本を研究室の皆で読んでいる。まだ、序論までしか読んでいないので、この本について語るには早いけれど、読みながら、自分にとってのサードプレイスはどこだろう、とか、サードプレイスをデザインすることは出来るのか、とか色々な考えがぐるぐるしている。 サードプレイスでなくてもいいが、実際の家以外に Feel αt home できる場所をそれぞれに挙げてみたところ、親友と過ごす場所とか、行きつけの居酒屋さん

        • 直接話すということ

          実は電話をかけるのが苦手である。相手が忙しいかもしれない、移動中かもしれない、と思うと躊躇する。だから、私はメールでのコミュニケーションを好む。メールは、相手が読む時間がある時に読んでくれるから、忙しい時に邪魔するのではないか、という心配がない。そして、書いた後に読み返して推敲できるし、やりとりが文字に残るのも「言った、言わない」問題を防げるので、特に仕事上ではメール派だ。(読んでもらえるかどうかは別の話だが) 一方で、電話での直接の会話を好む人もいる。少しでも早く相手に情

        良い言葉を記憶に留めたい

          人と人のつながり

          所属する研究室主催で開催予定のワークショップの参加者を募っているところなのだが、募集開始のタイミングが遅かったので、なかなか参加申し込みが増えていないのが目下の悩みだ。運営チームの一員である私も、参加者を増やすために貢献したい気持ちはあるのだが、私の人間関係はこういう時にあまり役に立たない。 運営メンバーの中には、SNS上のつながりの数が私の何倍も多い人もいて、そのつながりをフルに活かして広報活動をしている人もいる。それに比べ、私の人間関係は、人数もあまり多くなく、業界的に

          人と人のつながり

          たくさんの「初めて」

          年齢を重ねると徐々に「初めて」のことが少なくなってくる。でも、環境が変われば、年齢に関係なく「初めて」をたくさん経験することになる。私にとって今年はそんな年だ。 今年に入ってからの私の「初めて」を考えてみよう。 大学院の社会人入試、そして、退職。その退職に伴う手続きをしたのも初めて。当然の事ながら、大学院の授業も初めてづくし。 大きなライフイベント以外でも、今年なってからいくつかの新しいツール(Zoom・Miro・Slack)を使い始めたし、この note を使うのも初めて

          たくさんの「初めて」

          今年の夏のもの足りなさ。

          気がついたらもう9月…。今年の夏は、これまで何年も続けて受講してきた東京藝術大学の公開講座がコロナの影響でキャンセルになってしまった。私にとって、夏と言えば公開講座。受講期間中、ほぼ毎朝上野公園内のスターバックスで朝のコーヒーを飲む。公園の緑を眺めながらゆっくりコーヒーを飲む時間や、芸大構内のアートプラザに立ち寄る時間。私と同じように毎年公開講座を楽しみにしている友だちとの1年ぶり再会や、学食でのランチタイム。そうした全てをひっくるめて公開講座は私の大切な夏の行事だった。

          今年の夏のもの足りなさ。

          知り合って約4ヶ月。 いよいよ会えそう。

          コロナの影響で、大学院に入学したのにまだ一度もキャンパスに足を運んだ事がない。春学期の授業は全てオンラインで行われた。同じ4月入学の仲間ともオンライン上では何度も言葉を交わしているが、実際に会った事がない。同学年の中では私が最年長でかなりのジェネレーションギャップがあるので、仮に4月から同じ教室で授業を受けていたとしても親しくなれていたかどうかは微妙なところ。そのせいか、私は仲間と実際に会えない事をそれほどストレスに感じていなかったのだが、どうやら皆は違うらしい。 確かに、

          知り合って約4ヶ月。 いよいよ会えそう。

          続けられていることは、適度にゆるい。

          毎日 Instagram に写真を投稿している。現時点で 1,411投稿。1日1投稿なので、これは続いていると言ってもいいと思う。Instagram は自発的に始めたものではないのに続いているのが不思議だ。きっかけは友達からの誘い。自分の投稿にいいね!をつけて欲しいから、アカウントを作らないかと言われたのだ。友達は糸を紡ぎ、染め、織物を作っている。その織物で帽子も作る。そんな彼女が自分の作品を紹介する場として Instagram を選んだのだ。彼女の作品のファンでもある私はも

          続けられていることは、適度にゆるい。

          書き続けたら、少しは変わる?

          以前から薄々気づいていたけれど、書くというスキルが高くない。社会人生活の社内文書・資料の作成やメールのやりとりにおいては特に問題を感じなかったので忘れかけていたが、学生生活に戻ってみて、あらためて自分のスキルの低さにがっかりしている。仕事上の「書く」と学生の「書く」の何が違うのか。自分の意見・感じた事を論理的に書く事がより高度に求められるということではないかと思う。 自己分析してみると、自分の感じた事を言語化してアウトプットする事がそもそも得意ではないようだ。書くことだけで

          書き続けたら、少しは変わる?

          自己紹介に悩む…。

          会社を辞めるまでは、自己紹介に悩む事はあまりなかった。 悩む事があるとすれば、自分がやっていた仕事が説明しにくい時や、タイトルとやっている事が合っていなかった時くらい。つまり、自己紹介=自分の仕事の紹介で、それ以外の要素が必要な自己紹介をする機会がほとんどなかったのだ。 3月末に長年勤めていた会社を辞めた。そして、この春から大学院生になったのだが、途端に何度もやる事になった「自己紹介」に戸惑いを隠せなかった。自分の何をどう紹介したらいいのだろう。これまでの人生で最も長い時間

          自己紹介に悩む…。