筑波大学女子ハンドボール部での4年間が与えてくれた人生の軸(自己分析)
はじめまして、信夫咲希(しのぶさき)と申します!
現在、筑波大学院のシステム情報工学研究群でサービス工学を専攻する大学院2年生です。
先日、以前所属していた筑波大学ハンドボール部の新入生歓迎会に参加する機会をいただきました。
それをきっかけに、自分のハンドボール生活を改めて思い返すと同時に、スポーツで得られた価値観が自分の人生に大きな影響をもたらしていると再認識しました。
私と同じような悩み経験している人や、スポーツから自分の価値観を知りたい・分析したい人の参考になれば!と思い記事にしてみた次第です。
就活の自己分析にも役立つかなと思います。
あまりにも長くなってしまったので、「今の自分に生かされている価値観」以降だけでも見ていただけると嬉しいです!
これまでの経歴
よくそんな意思決定ができたね・・・と自分に言いたくなる経歴です笑
当時全国的に無名校&実力なしにも関わらず、日本一を目指す筑波大学ハンドボール部に入部を希望
学業も疎かにしたくなく、筑波大学文系トップ・社会学類を目指す
学部3年生の時に、このままでは思うような人生が描けないと危機感を感じ、文系から理系の大学院へ専攻を変えることを決意
本当にたまたま上手くいったでしかないと思います。ただ、常に行き当たりばったりでいながらも、目の前のことに全力だったことで運を引きつけることができたんだなとは思ってます。
筑波大学女子ハンドボール部に入った理由
大学でもハンドボールを続けることにしたのか?
私は奈良県出身で、中高一貫校でキャプテンとしてハンドボールを6年間続けました。目指せ甲子園!ならぬ目指せインターハイということで、当時は強いチームでないながらに日々練習に取り組んでいました。
当時全国的にみて、奈良県は強い地域ではなかったこともありましたが、春の大会では優勝を経験することができました。しかし、インターハイ予選となる夏の大会で敗北し、目標は達成できませんでした。高校のハンドボール生活を経て思ったことは、
目標を達成できなかった・自分が理想とするプレーを体現できなかった悔しさが残った
チームを目標達成に導くキャプテンとして圧倒的に実力不足を感じた(自分のことしか考えられていなかった)
「自分がハンドボールのスキルをどこまであげられるのかが知りたい」
「もっと立派なリーダーになりたい」
と思い、大学でハンドボールを続けることを決めました。
なぜ筑波大学を選んだのか?
関西出身で、周りに筑波大学に行った人を全く知らなかったため、筑波大学のことは何も知りませんでした。正直、ハンドボールの強豪チームだと言うことも調べてから知ったくらいです。。
大学でハンドボールを続けると決めてから、その環境を選ぶにあたっては自分なりに軸を持っていました。(当時ここまで言語化できてたわけではないですが)
自分に期待をかけてくれないチームには行かない
高校の優秀選手が多く集まり、実力のない選手は活躍するための機会を与えられることがない環境だと、ハンドボールは上手くならないと思っていた。また、自分は期待されてる方が愚直に頑張れるタイプの人間。学業では自分よりも優秀な人と関係性を持てる大学
将来、スポーツ選手として生きていくことは全く考えていなかったため、学業・人生設計で刺激となる人と関係性を持ちたかった。
とはいえ、ネットワークがない&大学スポーツのSNSも活発ではなかったため、判断材料は基本インターネットに転がっている情報を拾うしかありませんでした。そんな時に出会ったのが、入部後1-4年生の関係となるある先輩のインタビュー動画でした。この先輩とハンドボールができたらそんな幸せなことはない!と何もわからないのに直感で思ったことを覚えてます。笑
しかも、学業レベルも(私にとっては)すごく高くて、これ以上ない環境だと思いました。ここまで自分の軸とか語ってきたものの、ほぼほぼ直感で大学を選びました。笑
大学1年生の終わりからぶつかりはじめた壁
そんなこんなで、筑波大学ハンドボール部での活動が始まりました。
なんとか信頼してもらえる選手になるべく、圧倒的な実力不足の中で、自分なりに必死にもがいた一年目が終わろうとする頃からある壁にぶつかりはじめました。
自分の好きなことってなんだ?
筑波大学のハンドボール部は、ハンドボールの魅力を発信することがミッションの一つともなっており、それゆえ選手はハンドボールが大好きでとても楽しそうにプレーをしています。ぜひ、リーグ戦やインカレを見ていただきたい!
一方私はというと、自分がやっていることの実力をどこまで上げられるのか、リーダーとしてどのようなバリューを発揮できるのか、そこが焦点で手段としてのハンドボールでした。そう気づいたのは、筑波大学のハンドボール部に入って一年が経とうとしてる頃でした。そもそも、ハンドボールが好きか?と自分に問うたことはなかったですし、今までの人生で私は好きか嫌いかで物事を選択してきませんでした。今の自分が、将来の自分のために一番成長できることは何か?やるべきことは何か?というべき論で物事を選択してきたことに、大学生になって初めて気づいたのです。
成果だけに焦点を当てることの限界
当時の自分にとって、実力をどこまで上げられるのか?を評価する指標は
試合に出場する機会をもらえるか
でしかありませんでした。それが故に、気づいた時にはどうやって同じポジションの選手に勝つのかしか考えていませんでした。それにとどまらず、勝つためには安定したプレーをする必要があるため、ミスをしないようにしないとと考えるようになっており、挑戦することや自分だけの強みを発揮するといった視点が完全に薄れていました。
練習や試合でプレーすることが、どんどん怖くなったことは昨日のように覚えています。ミスをしない、迷惑をかけない、そんな負のループに陥っていました。
追いつけない・勝てないこともある
誰しも人間にはできること・できないこと、得意・不得意があるはずです。しかし、そんなことすらわからなくなっていました。
努力すれば、トップ選手に近い位置まで追いつけると思っていました。
目の前の選手に勝つと一言で言っても、「これだけは勝てる」と言う強み弱みの視点だとチームとして補完関係になることもあると思います。
しかし、試合に出るためには、総合的に能力を上げるしかないと思い込んでいました。
しかし、負のループに陥っている中で、明らかに体格や秘めているものの違いをリアルに認識しはじめ、物理的にも精神的にも勝てないと悟る時がきました。
存在意義を失った
実力不足で入部したため、チームにとって本当に必要がないと周りから思われるまでは愚直にハンドボールを続けると決めていました。
「明日、私がこのチームからいなくなっても何も変わらない。」と自分で思うようになってからは、周りから言葉として言われていないものの、ハンドボールを辞める条件に達したのでは?と思うようになりました。
自分がこの組織にいる意味を完全に見失っていました。
自分はこんなもんじゃない!
マイナスの感情に押しつぶされそうになっている中、助けてくれたのは自身のマインドセットと新型コロナウイルスでした。
マインドセット
勉強もスポーツも一番になれないけど、そんな私だからこその視点がきっとある。人は誰でもその人にしかない体験や価値観を通じて、バリューを生み出す可能性を秘めているはず。というマインドはいつからか持ち合わせていました。もちろん、負のループの中で忘れ去っていたのですが・・笑
新型コロナウイルスが与えてくれた時間
3年生の頭に、ロックダウンが起こり部活動ができなくなりました。もちろん、大会がなくなることは残念でしたし、チームとしての活動に制限がかかることでストレスは大きかったです。
ただ、私にとってはプラスの部分もありました。ハンドボールとの向き合い方をただただ見つめなおせたことです。練習ができず、外出もできない中、
なぜ、私はハンドボールをしているのか?
なぜ、筑波大学に来たのか?
今のチームで、私にしかできないことはないのか?
と、来る日も来る日も考えていたことを覚えています。そして、中途半端にハンドボールを辞める気は一切ないことも確認できました。
たどり着いた自分の在り方
自分を見つめ直したとは言え、自分が人と比較してしまいやすい性格や、自分のできることが一気に変わるわけではないため、3年生のうちは「自分がどうありたいのか・どうあるべきなのか」を探りながらハンドボールをしていました。
そして、3年生の終わりかけ、自分が最高学年となる前に、「わたしらしさ」をテーマとして、その時のベストアンサーにたどり着けました。
プレイヤーとして、同じポジションの優秀な後輩たちが高いパフォーマンスを維持できるようにスキマを埋める選手となること
チームとして質の高い練習ができるように、組織マネジメント(日程管理・練習場所手配・目的や目標設定)でリーダーシップを発揮すること
今の自分に生かされている価値観
最後の1年を振り返って
まず、選手としては自身の目指すところにいくことはできませんでした。試合での貢献が、ほぼできなかったからです。
しかし、日々自身がどうありたいかを軸として持ててたおかげで、日々前を向いて取り組むことができましたし、落ち込んでも比較的すぐに立ち直ることができました。また、同じポジションの後輩たちとは(個人的に)切磋琢磨しながらも、試合で活躍してくれたらすごく嬉しいと思えていました。
自分の実力がないことはわかっていながらも、自分の中で相対的に得意なプレーが持てたことで、精神的に安定している時間は長かったです。それらが監督には伝わっていたのか、自分が思っていた5倍くらいは試合に出していただくことができました(活躍はまるでできなかったが・・・)。
チームマネジメントについては、反省点がたくさんありつつも、評価してもらえた点になったと思います。
言われたことだけをする主務ではなく、最後の1年は主体的に人を巻き込みながらチーム運営ができたと思います。そして、私がやりたいようにさせてくれた監督には圧倒的感謝です。期待してくれてると感じることができました。
後輩がリーダーシップを発揮して広報活動をしてくれたり、アイデアを提案してくれて実行に移したり、私一人では絶対に生み出せなかったし挑戦すらしていなかったであろうことが実現しました。感動ものでした(少しは貢献できていたら嬉しい・・・)。
大学からもアワードで表彰を受けると言う形で評価してもらえて、嬉しいと言うよりホッとしました。何か新しいことをすることは、あたりまえがあたりまえでなくなり、混乱するプロセスを避けられないと思います。それを乗り越えられて初めて、以前よりも良い状況になれるのだと思います。評価を得られたことで、少しは乗り越えられたのかなと思えました。もちろん、反省点はたくさんありますが。
学生アスリートの活躍を表彰する「TSA-ADアワード2021」
今の自分に生かされてる価値観
やっと本題まできました(長くなりすぎ)。
私が長いスポーツ経験から得た価値観は、
わたしらしさ
私がイキイキと物事に取り組むために重要な要素。人と比べて自分の位置を客観視することは大事だけど、固執することに意味はない。当事者意識
なぜ自分がやるべきなのか?やりたいのか?に答えられる物事でないと、モチベーションが続きにくいし、心が折れる(実は大学院の研究でも実感している)。「やるべき」と「やりたい」のバランスが偏らないことが私にとっての当事者意識につながる。期待をかけてくれる
他人軸と思われるかもだが、自分に対して期待と核心をつくアドバイスが提供される環境は、ポテンシャルを開花させてくれる。
就職活動を通じて言語化してきましたが、自分の意思決定がすごくしやすくなってきているなと感じます。相変わらず直感で物事を捉えてします場面も多いですが、少なくともこれらの価値観が主軸になっていると感じます。
さいごに:私にとってのスポーツの意義
団体競技だったり歴史のある部活動だったりは、チームのビジョンやミッションもあると思います。それを達成すると言う視点は、チームとして成果を出す上で忘れてはならないなと感じます。
ただ、もう一歩踏み込んでみるのが大切な視点になるということを私は伝えたいです。なぜ自分がチームのためにアクションを取るのかを考えることで、自分をコントロールしやすくなったりモチベーションを維持できたりするのではないかなと思います。
その結果として、スポーツを引退した後も、スポーツを通じて得た価値観は私の中に生き続けています。これが私にとってのスポーツの意義だと感じます。
ここまで長い文章を読んでくださった方、ありがとうございました!
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