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人に振り回されていた人生が自分のものになった理由②

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今日も私のことを少し。
前回の続きになります。


共感力があることや、人のことを考えて行動できるところは、本来、素晴らしい個性の一つのはずなのに、そうであるがゆえに、相手に使われたり、善意で行ったことが後から自分のコントロールの範疇を超えたりすること、ありませんか?
 

"いい人でいれば、いつか報われる日が来る"
  

そんなオモイは虚しく、何年、いや何十年経っても神様からのゴホウビがもらえる日はきませんでした。

 
ゴホウビがもらえると思っているのも、おかしな話ですが、なにか素晴らしいことが起きると、そんな子どもっぽいニュアンスで、期待する気持ちでいたと思います。

 

神様がいるとしたって、神様にそんな物差しはないと思いますが、仮にあるとしても、"いい子じゃなくて、自分らしく生きている人を応援する"
、、ということ、、なんでしょうね🥴💦

日本は、いい子、いい子って、、、
明るくて、人の気持ちがわかって、惜しみなく与えて、察して行動できるのが、
美徳であって、、そこを捨てるって難しいんだよっ、
くそぅ…
と逆ギレしたいところですが、、

 
私の場合は、
子供時代に子供でいられなかった。
この大きな傷があとをひきました、、、
 

親の仲が悪く(いつも口論していたので悪いように感じていました)、母親の味方にさせられるということが多くあったのです。

今、思い返すと、母親も若かったので自分のことでいっぱいいっぱいで、長子である私に聞き分けの良さを求めたんだと思います。
 

母親のグチを聞く係だったり、父親への不満や不安を一緒に感じさせられたので、私は、それに忙しくて、自分の気持ちを自分から切り離すしかなかったのです。

それが母親との境界線が引けない要因の一つになりました。




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境界線が引けてないと、

自分が思っている以上に、人との関係性で消耗し、行き詰まってしまいます。

もっと楽にコミュニケーション取れるようになりたいと思うようになり、「大事な人との境界線を大事にし、振り回されない人生を生きる」ことを目指しました。

どんなことに気をつけてきたか、どんな思いであったか、プロセスや方法を主に投稿していきたいと思ってます。

拙い文章ですが、私と同じような思いのある方の
お役に少しでもたてたら幸いです。

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